146.微速前進
ハッチェマヒオは、天職の新たな可能性を発見し、それにのめり込んだ。
自身の天職『斧術師』が、どんなときにどんな動きをするのかを解明し、覚える。そして、『斧術師』がその動きをするときがきたら、先読み予想を行って頭に行動を思い浮かべる。
そうして作り上げた『斧術師』の理合。
対『大剣豪』の場合は、高い確率で『斧術師』がどう動くかを予想することができている。
しかし、別の人が相手になると、途端に予想精度が落ちてしまう。
大体の予想は合っているものの、予想を一度外してからは立ち直せなくなり、その後の行動の予想が外れてしまうのだ。
一度は掴んだかに見えた『斧術師』の理合。
しかしそれが、まだまだ雛型でしかないことを、ハッチェマヒオは思い知った。
この世で初めて見出された、天職の可能性だ。実現することに苦労が伴うことは当然ではある。
だがハッチェマヒオは、自分の天職が『斧術師』であることに、行動把握の苦労が潜んでいたことを悟っていた。
「相手との距離で、戦い方が変わることが、こんなにも行動予想が難しくなるとは……」
『斧術師』は、名前の通り、斧と魔法で戦う天職だ。
そのため、相手と距離が離れていたら魔法を、近づいていれば斧を使い分ける戦い方をする。
天職に身を任せる戦い方であれば、遠近両方に強い、なかなかに便利な天職であるといえる。
しかし、ハッチェマヒオが今やろうとしている、行動の傾向を把握し、天職に身を預ける際に次の動作を思い浮かべるという方法においては、この『斧術師』の選択肢の多さが問題となった。
遠距離攻撃なら、どんな魔法を使うのか、相手の何処に放つのか、魔法攻撃をせずに走って接近するのか。
近距離攻撃なら、斧をどう使うのか、体の動かし方は攻撃か防御か回避なのか、距離を取るのか。
そんな様々な選択肢があるのに、天職が選ぶ行動は相手の武器や行動によって変化する。
仮に、『大剣豪』が相手ならこう動くと予想しながら『剣士』と戦ってみたとする。同じ剣の天職でも、両者の動き方には大きな差があり、その差によって『斧術師』は行動を変える。『大剣豪』なら命中率重視の行動を取る場面でも、『剣士』相手だと攻撃を当てやすいのか斧の強撃を選択するといった具合だ。
同じ剣の天職で、この違いだ。
まったく別種の天職が相手だと、全く予想が当たらなかった、なんてことも往々にして起こる。
「ふむっ。なにか、方法が間違っているのかもしれない」
将来的には、『斧術師』の場面場面での行動を全て把握し、その先読みができるようになった方が良いのは確かだ。
しかし今の目標は、今学期中ないしは来期の追い出し大会で、バジゴフィルメンテに模擬戦で勝つことだ。
時間制限がある今、悠長に成長を狙った訓練ではなく、バジゴフィルメンテに勝つための訓練を重ねるべきだ。
ハッチェマヒオは、そう考えて、発想の転換を行うことにした。
「全ての行動を把握する必要はない。バジゴフィルメンテに通用しそうな攻撃を『斧術師』が行う、まさにそのとき。僕様の予想が完遂できていればいい」
ごく限られた行動だけなら、発動条件を絞り込むことは可能のはず。
そこでハッチェマヒオは、まずは『斧術師』の行動の中でバジゴフィルメンテに通用しそうな攻撃を洗い出すことにした。
魔法攻撃は、すべて候補から除外した。
もしバジゴフィルメンテに魔法が通用するのなら、魔法系の戦闘職を授かった生徒との対戦で負けはしなくとも苦戦はするはず。
しかし、そんな事態になったという情報は、ハッチェマヒオの耳に入って来ていない。
「むしろ、魔法使い相手に快勝したなんて話の方をよく聞く」
バジゴフィルメンテには魔法が効かないと考えた方が良い。
では『斧術師』の斧に限定して、どんな攻撃ならバジゴフィルメンテに通用するかを考えていく。
複雑な手順のある攻撃は、予想し辛いという観点から、候補から除外する。
予想しやすいシンプルな攻撃であり、そして確かな攻撃力を持っている、そんな攻撃を候補に選んでいく。
「威力一番な、大上段からの振り下ろし。速度重視で、横への振り回し。妙手に、足への掬い上げ攻撃。これぐらいか」
振り下ろしなら、バジゴフィルメンテの防御ごと破壊できるだろう。
速度を付けた振り回しなら、バジゴフィルメンテが避ける間はないだろう。
足という視界に入り難い場所への攻撃なら、バジゴフィルメンテでも見落とすかもしれない。
そうした希望的観測を込みで、ハッチェマヒオは、この三つの行動についての把握をより深めることにした。
把握する行動を絞ったおかげで、数少ない従来法を学ぶ生徒たちとの模擬戦を重ねていくと、この三つに限り予想を外す頻度が大分少なくなった。
ハッチェマヒオは、これならと自信を深めたが、同時に問題にも気付いていた。
従来法――天職が体を動かす際は、常に最適最善の動きになる。それはつまり、動きのパターンが決まっているということ。
もちろん、ハッチェマヒオが把握に苦労するほど、天職の行動の幅は広い。
しかし、間違いや未熟といった負の行動は一切とらないことは、確約されている。
一方でバジゴフィルメンテ式の方法は、自分の意思で綺麗な動きをすることで、天職の力を引き出す。
それは逆を返すと、綺麗な動きを常にするわけではないということ。
そんな相手の汚い動きを見て、『斧術師』がどんな行動をとるのかは、ハッチェマヒオの蓄積した情報の中にはない。
「なら、バジゴフィルメンテ式の生徒と模擬戦をするか?」
そうハッチェマヒオは考えてみて、一長一短があると気付く。
長は、『斧術師』が取る行動の理解力を深められること。
短は、ハッチェマヒオの試みがバジゴフィルメンテに確実にバレるということ。
そんな利点と欠点を考えて、バジゴフィルメンテ式の生徒と戦うことは今は止めておこうと、ハッチェマヒオは決心した。
「『大剣豪』相手に一本取れたら、その後でバジゴフィルメンテ式の生徒とやるのは悪くないはずだ」
ハッチェマヒオは、そう目標を立て、実現するためにトレヴォーソとの模擬戦を更に重ねることにした。