143.悶々と
学期間休みが終わり、学園に新入生が入ってきた
そして、その新入生の殆ど全てが、バジゴフィルメンテの天職に対する教え方を学ぶことを希望した。
午後の実技授業の様子を見れば誰もが分かる、そんな状況が広がっていた。
運動場の中央では、バジゴフィルメンテ、マーマリナ、そしてアマビプレバシオンが主導して、上級生たちが新入生にバジゴフィルメンテ流の方法を学ばせている。
バジゴフィルメンテが四苦八苦している様子を、ハッチェマヒオは遠くからその光景を見ていた。
ハッチェマヒオが立っている場所は、運動場の脇に設えられた、標的が立ち並んでいる区画。
例年なら――前学期までは、この場所は天職に身を預ける術を修めようと、新入生が立ち並んで的に攻撃をし続ける風景があった。
しかし現在は、新入生のほんの数人だけが的に向かい合っているだけの、侘びしい光景となっていた。
バジゴフィルメンテ式の隆盛が起こっても、王城の雇用最低条件の一つは、就業中は天職に身を任せ続けられることのままだ。
だから、この場にいる数人の新入生は、王城勤務を目指しているに違いない。
「将来は戦闘職に限り、身を任せ続けるのと同じぐらいの技量を、バジゴフィルメンテ式で修められたら、王城へ就職可能にすると噂にはあるが」
いつその政策が行われるかは、出所が噂でしかないため、誰も知らない。
今の新入生が卒業する頃に政策が成立していなければ、バジゴフィルメンテ式を学んだ生徒たちは王城に就職できないことになる。
いつ政策が実現するにしても、少なくとも従来の方法を修めておけば、王城への就職が叶う条件は満たせる。
それなら、例えバジゴフィルメンテ式が有用だとしても、王城勤めを希望する生徒なら従来法を学ばないわけにはいかない。
「なににせよ、忌々しいことだ」
ハッチェマヒオは、運動場を見て、そして標的だらけの区画を見て、その場を離れることにした。
少し歩いた先に、一つの人影があった。
その人影の正体は、トレヴォーソ。
相変わらず『大剣豪』に体を任せっぱなしにしているようで、模擬剣を片手に無表情で立っていた。
ハッチェマヒオとしては、バジゴフィルメンテに負けたのに、どうして普段通りなのだと怒りたくなってくる。
しかし言ったところで無駄なことも分っていた。
なにせ、トレヴォーソの体を動かしているのは天職の『大剣豪』だ。
そして天職は、最適最善の行動以外はやらないし、変わらない。
だからハッチェマヒオが万言を費やそうと、『大剣豪』の行動を変えることは不可能だ。
「おい、『大剣豪』。模擬戦をするぞ」
ハッチェマヒオが模擬戦用の斧を構えると、『大剣豪』も模擬剣を構える。
ハッチェマヒオが『斧術師』に体を任せた瞬間、『大剣豪』が跳び掛かってきた。
『斧術師』は、『大剣豪』に比べて希少性が低い戦闘職だ。
その希少性の差から『斧術師』は『大剣豪』に勝てないことが、この世の摂理となっている。
そうした事実を、ハッチェマヒオは『斧術師』が動かす体の中で、どうしたものかと考えていく。
(バジゴフィルメンテは『大剣豪』に勝利した。『斧術師』は『大剣豪』には勝てない。つまりバジゴフィルメンテに『斧術師』で挑んだところで、勝ち目はないということになる)
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテに勝つためには天職に身を任せる以外の方法を取るべきではないかと、考え始めていた。
しかしバジゴフィルメンテ式を学ぼうとは、欠片も考えていない。
今からバジゴフィルメンテ式を学び始めたところで、開祖であるバジゴフィルメンテを超えることは無理だと、そう直感しているからだ。
だからこそハッチェマヒオは、従来法やバジゴフィルメンテ式とは違う、第三の天職に関わる方法を見つけなければならないと考える。
(しかし、他に方法があるのか?)
従来法は天職に従順する方法で、バジゴフィルメンテ式は天職を従属させる方法だ。
この二つの方法は所有者と天職の主従を取り替える関係であるため、ここに第三の方法が入る余地はないように思える。
(所有者と天職が主導しあったり、従い合ったりするなど、有り得ないからな)
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテに勝つための突破口が見えないまま、今回の模擬戦も『大剣豪』に『斧術師』が負ける結果を迎えた。