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12.襲撃

 エフォルタは、プルマフロタン辺境伯領の貧民区生まれで、少しだけ珍しい天職『剛剣士』を授かった人物だった。

 戦闘職の天職を得たことで、冒険者になることができるという、貧民から脱出する手段を得た。

 冒険者になった後は、薪拾いで小銭を稼ぎ、その小銭を空腹を我慢しながら蓄え、蓄えた少ない金銭で中古の剣と防具を買い、武器と防具が揃ったのでモンスター狩りを行うようになり、モンスター狩りの中で先輩冒険者に天職に身を任せる方法を教わった。

 そうして、どうにか一人前の冒険者となった頃、森の中で一人でいるときに新人狩りをする悪い冒険者たちに出くわした。新人に武器防具が揃い、そして小金を得始めたときに、その装備と金銭を奪う輩だった。

 エフォルタは、天職に身を任せることに集中し、自分の剣を折りながらも敵を撃退することに成功した。

 襲われた証拠として、その悪い冒険者たちの首と装備品や持ち物を全て集めてから、冒険者組合へと提出した。

 エフォルタが一人で相手側は三人だったこと。その三人には悪い噂があったこと。

 それらの証拠から、エフォルタは無罪放免。むしろ悪い冒険者を殺したことを賞賛されるぐらいだった。加えて、エフォルタは倒した冒険者たちの装備と金品を受け取る権利を得た。

 エフォルタは、折れた剣の代わりに殺した冒険者の剣を残す以外は、全て売り払った。

 それで得た金額は、ちまちまと薪を集めて売ったり、こそこそと魔物を殺して討伐証明部位を改修することが馬鹿らしくなるほどの大金だった。

 ここでエフォルタは気づいてしまった。

 魔物を相手にするよりも、馬鹿な冒険者を餌食にした方が実入りが良い。そういう悪い冒険者の気持ちに。

 そこからは、悪路へ続く坂道を転がる丸石のような有様だった。

 まずは他の冒険者に絡まれるように、態度を悪くした。絡んできたら、返り討ちにして、詫び賃として有り金を奪った。

 同じことを何人もの冒険者にやれば、恨まれる。

 その恨みが集まったところで、魔境の森へと向かった。こうすれば、恨みから冒険者たちが襲いに来ると見越してだ。

 読み通りに、エフォルタは襲われた。それを逆襲し、全員殺して身包みを剥いだ。そして冒険者組合に襲われた事実を告げ、切り取った首と装備品を預けた。下手に隠せば強く疑われ、隠さなければ疑いが弱くなると予想して。

 冒険者組合は、エフォルタの態度に問題があると忠告はしても、襲われた被害者であるエフォルタを罰することはなかった。理由がどうあれ、先に手を出したり襲ってきた方が悪いのは自明だからだ。

 しかしエフォルタが同じ手口で次々と冒険者を狩って利益を得続けると、冒険者組合も黙っては居られなかった。

 エフォルタに再度態度を改めるように告げつつ、冒険者たちにエフォルタに先に手を出すなと周知させた。

 こうして、エフォルタが冒険者を食い物にすることは出来なくなった。

 しかし、人間は一度楽な方法を覚えてしまうと、困難な方法には戻りがたいもの。

 エフォルタは、魔境の森で魔物を相手にするのではなく、街の中で用心棒や抗争の剣客の道を歩むようになった。

 依頼者を襲う人物を返り討ちにし、依頼者の敵対者を殺すだけで、大金を得られる。

 そして大金があれば、美味い食事に酔える酒と、貧民時代には強くんでいたものが何時でも手に入れられる。

 楽な仕事と豊かな生活の味を知ってしまい、エフォルタは境遇から抜け出せなくなっていた。



 エフォルタは、謎の依頼者の求めに従い、領主の長男を殺す気で森の中に潜伏していた。

 森の木の裏に隠れながら、領主の屋敷の裏門から出てくる人物を見張る。


「しっかし、いい屋敷に暮らしてやがんな」

 

 領民から取り立てた税で作られたに違いない、魔境の防壁を兼ねた石造りの壁に囲まれた造りの確かな屋敷。

 こんな場所で暮らす領主とその家族は、エフォルタは子供時代に感じたような飢えや渇きとは無縁なのだろう。

 そう思うと、エフォルタは領主の長男への殺意が高まった。

 自分は飢えと渇きに苦しみながら成り上がったのに、貴族の子供というだけでヌクヌクした環境を与えられた。その差が、エフォルタに理不尽な怒りを抱かせる。

 エフォルタが沸々と殺意を煮えたぎらせていると、屋敷の裏門から二人の人物が出てきた。

 一人は、体型にピッタリとあった黒い服を着た人物。胸元に膨らみがあるので女性――標的じゃない。

 もう一人は、安値の革鎧を付け、鞘に入った青銅剣を腰に吊り、背負子を持った人物。肩まである黒髪を首の後ろで一括りにしているが、体つきは少年のもの。こちらが標的だと確信した。

 エフォルタは、その二人が森の中に入っていくのを確かめ、その後を追った。

 エフォルタの得物は、耐久性と打撃力を備えた、剣身の厚い両手剣。開けた場所の方が性能を発揮できるため、標的を襲うのなら森の木々の間が離れた場所の方が望ましい。

 襲うのに適した場所に、あの二人が入ったら、エフォルタは襲う気でいた。

 そして、おあつらえ向きな場所に、二人が入った。

 エフォルタは両手剣を鞘から抜くと、自分が出せる最高速で、標的の少年へと襲い掛かった。

 両手剣の間合いに少年を捉え、両手剣を振り上げ、そして振り下ろす瞬間に天職に身を任せた。こうすれば最高の一撃が放てることを知っていたからだ。

 エフォルタが放った一撃は少年の背中へと向かい――しかしあっさりと、振り向きざまの青銅剣の一閃で弾かれてしまった。


「んな!?」


 エフォルタの口から、驚きの声が漏れる。

 それは渾身の一撃に失敗したこともそうだが、領主の長男なはずの人物の顔を見て、それがバジゴフィルメンテ――冒険者のサンテだと気づいたからだった。


「チッ。冒険者にしてはお行儀の良いヤツだとは思っていたが、まさか領主の息子だったとはな」


 エフォルタは一度距離を取りながら悪態を吐くと、バジゴフィルメンテは苦笑いを返した。


「祖父と父上の悪評は領内に溢れているからね。自衛のために、名前の一部だけで登録したんだよ」

「偽名じゃねえのか?」

「僕の名前はバジゴフィルメンテ・サンテ・プルマフロタン。このサンテは、貴族の習慣にある、子供の頃の名前なんだよ」


 会話をしながら、エフォルタは下手を打ったと認識していた。

 サンテは、数々の功績から、年若くても凄腕だと評判だ。それこそ悪い冒険者たちですら、サンテが成した功績を聞いて、標的にするには相手が悪いと尻込みするほどだ。

 そのサンテが、実はバジゴフィルメンテという領主の長男で、今回の標的。

 悪い冗談だと、エフォルタは笑いたい心境だった。

 しかしエフォルタにも意地がある。

 悪所の中でも腕自慢で通しているため、ここで逃げ帰ったとあっては、後の仕事に支障が出てしまう。

 エフォルタは腹を決め、バジゴフィルメンテを殺す決意を新たにした。

 その後で、視界の一部を、バジゴフィルメンテと連れだって歩いていた女性へと向ける。

 バジゴフィルメンテだけでも強敵だ。そこにもう一人手合いが加わるとなると、エフォルタは勝てる自信を抱けない。

 その危惧を知ってか知らずか、その女性は手出すする気はないと言いたげに、両手を上に上げながら後ろへと下がっていく。

 どういう意図なのか、エフォルタは図りかねた。

 しかし手を出さないでくれるのなら有難いと、バジゴフィルメンテに集中することにした。


「悪いが依頼でな。殺されてくれ」


 そう告げると、バジゴフィルメンテは背負子を地面に下ろしながら理解を示した。


「あー。誰が依頼したか予想はつくから、ご愁傷様と言わせてもらうよ」

「……誰が俺に依頼したと?」

「僕の父上でしょ? いつも、殺す殺すって息巻いているし」

「知っていて、同じ場所で暮らしているのか?」

「父上の実力じゃ、僕を殺せないからね。それに辺境貴族の役目を果たすには、やっぱり屋敷にいた方が便利だから」

「辺境貴族の役目だと?」

「神から授かった天職でもって、領地領民を助け、魔境の魔物を倒して森を切り開く。それが役目だって、誰でも知っているでしょ?」


 エフォルタは、バジゴフィルメンテの――サンテとしての活躍を知っている。

 確かにバジゴフィルメンテが次の当主になれば、その剣の腕前で魔境を切り開く先鋒を担ってくれることは間違いない。

 しかし、そんな父親に嫌われているために訪れるか分からない未来よりも、エフォルタはバジゴフィルメンテを殺して得る大金の方が重要だった。


「悪いが、死んでもらう」


 エフォルタは再びバジゴフィルメンテへと斬りかかった。

 先ほどの不意打ち主体の一撃だけを目的としてものではなく、両手剣の破壊力を乗せた連続攻撃を目的とする攻撃。

 森の木から、ひらりと落ちた葉っぱが、エフォルタの鋭い剣撃の連続に巻き込まれて真っ二つになる。

 しかしバジゴフィルメンテは、何度も振るわれる両手剣をギリギリで避け続ける。

 バジゴフィルメンテの避け方は、エフォルタの連続攻撃に対応できていない――という理由ではない。

 むしろ逆。

 バジゴフィルメンテは、エフォルタの攻撃を完璧に見切っているからこそ、肌に剣先が当たらないギリギリで避けることに成功しているのだ。

 エフォルタも、バジゴフィルメンテが完璧に避けられるのは、攻撃を見切られてしまっているからだと気づいている。

 しかし、天職の動きは理想的であるはず。

 食と酒に溺れる生活を送ってはいるが、剣技が鈍らないぐらいには毎日鍛錬を積んでいる。

 だからエフォルタの動きは理想的な剛剣士の動きであるはず。

 それなのに、どうして攻撃が当たらないのか。

 そんな疑問を抱きながらも、エフォルタは天職に体を任せて攻撃し続ける。

 ここでバジゴフィルメンテが、避けながら反撃をしてきた。

 にこやかに笑いながらの、目の覚めるような素早くも美しい斬撃。

 エフォルタが着けている、高額だった革鎧が真っ二つになった。

 エフォルタは驚愕し、その驚きの気持ちから天職に体を預けることを失敗した。それを機に、一度バジゴフィルメンテから距離をとった。


「な、なぜ、当たらない」


 いままで、天職『剛剣士』に体を任せて、倒せない相手はいなかった。

 特に、いまのバジゴフィルメンテのような気持ちを顔に出している相手――天職に体を任せることができていない相手なら、短時間で倒せていた。

 しかしバジゴフィルメンテは、エフォルタの攻撃を完璧に掻い潜ったうえで反撃してきた。

 しかもその攻撃は、同じく天職に身を任せた戦闘職もしくは魔物でないと傷つけられないはずの、天職に身を任せた者が着ける革鎧を両断してみせた。

 エフォルタは、この短時間で、自分の常識が崩壊していく音が聞こえるかのような気持ちになっていた。

 そんな彼に対して、バジゴフィルメンテは笑顔で説明を始める。


「なぜ当たらないのか。それは貴方の動きが『お手本通り』だからですよ」


 貴族子息の口調に戻したバジゴフィルメンテの言葉に、エフォルタは眉を寄せる。


「お手本、だと……」

「天職が操る体は、理想の通りに動きます。逆に言えば、理想の動きの通りにしか動けません。どう動くのか分かっているのなら、行動を予想して避けることは容易でしょう?」

「どう動くか分かるだと? もしや、俺と同じく天職が剛剣士とでも言う気か?」

「いえ。僕の天職は剛剣士じゃないですよ」

「なら、どうして動きがわかる!」

「そんなもの、肩の位置、肘の向き、剣の握り方、足の力の入れ具合で、見極められるものでしょう?」


 足を前に出せば歩けると同じぐらいに簡単だと語る口調に、エフォルタはバジゴフィルメンテの異常性を感じ取った。


「……昔、噂で聞いたことがある。領主のお子様は、領主と違って戦う才能に溢れた人物だとな。あれは、お前のことだったのか」

「今や、その評価は逆転してますけどね。父上が不適職者だって喚き散らし、いまもそう信じている所為で」

「本当は違うと?」

「天職の力を使う能力がなければ、貴方の鎧を切り裂けない。それが証明になるはずですが?」


 笑顔で告げられた言葉に、エフォルタはそれもそうだと納得した。

 しかし腑に落ちない点が一つある。


「だが天職に身を任せてはいないはずだ。お前は、にやけ面のまま戦っているんだからな」

「えっ。そんなにニコニコしてました?」


 バジゴフィルメンテの顔の向きが、エフォルタから黒づくめの女性へと向けられる。女性は『それはもう』と言いたげに、深々とした頷きを返した。

 この瞬間のバジゴフィルメンテの姿は、傍目からすると、隙だらけに見えるだろう。

 しかしエフォルタは、悪事で成したとはいえ、多数の人と戦った経験を持つ。

 その経験から、バジゴフィルメンテに隙はないことを理解していた。

 いま襲ってもバジゴフィルメンテは顔を女性に向けたままで強烈な反撃を放ってくる、と確信していた。

 だからエフォルタは攻撃しないまま待機していると、バジゴフィルメンテの顔の向きが女性からエフォルタに戻った。 


「確かに、天職に体を任せたりはしてませんね。でも、天職を掌握はしていますよ」

「掌握? なんだ、それは?」

「天職を、僕の意のままに操っている――未熟な部分があるので、意のままという部分は誇張ですね」


 バジゴフィルメンテは説明に悩む素振りの後で、言葉を加えた。


「僕と天職は社交ダンスの相手パートナーで、僕が正しくリードをすると天職は素直に踊ってくれて、間違ったリードをすると天職はそっぽを向いて踊り止めます。例えると、そんな感じです」

「いや、判らねえよ。ダンスとか、貧民の出が知るわきゃねえだろうが」

「あー、そうですよね。困ったなあ。他に良い例えが思いつかない」


 バジゴフィルメンテは再び説明に悩む顔になり、やおら再び笑顔に戻った。。


「ともあれ、僕は天職の力を使える。そう理解してください」

「ああそうかよ。最悪の情報だな」


 エフォルタは、ここに至って、バジゴフィルメンテには勝てないことを理解した。

 ここで逃げ帰って依頼失敗となれれば、悪所での地位は落ちるだろう。

 だが、そうも言ってはいられない。

 バジゴフィルメンテは想像すらしなかった強敵だ。戦って勝てる相手じゃない。

 エフォルタは、表面上は意気軒昂とした様子を装いつつ、重心をやや後ろに下げて逃げ出す準備をし始める。

 その瞬間、バジゴフィルメンテの方から斬り込んできた。

 エフォルタは慌てて両手剣で応戦してしまい、逃げる準備が無駄に終わった。


「残念ですけど、逃がしません。依頼を受けて人殺しをするような人物は、領地のためになりませんからね」

「俺の心を読みやがったのか!」

「そんな真似、できるはずがないでしょう。ただ貴方の戦意が萎むのを感じ、重心が後ろ足に傾いたのを見て、逃げる気だと気づいただけですよ」

「そんな情報だけで気づく奴がいてたまるか!」


 エフォルタは吠えながら、両手剣を振り回した。

 バジゴフィルメンテを下がらせようと思っての行動だったが、意味がなかった。

 この攻撃の際にエフォルタは天職に体を任せていない――つまり、その剣撃には天職の力が乗っていない。

 そして天職の力が入っていない攻撃は、天職の力を纏うものには無力。

 振り回した両手剣の刃が、バジゴフィルメンテの胴体に当たり、天職の力によって弾き飛ばされる。


「んな!?」


 自分の失敗に気づいたところで、遅かった。

 エフォルタの胴体は、バジゴフィルメンテの綺麗な横振りの攻撃によって、真っ二つに分かれてしまったのだから。

 両断されたエフォルタは驚愕の顔のまま地面に仰向けに倒れる。下半身は逆にうつ伏せに倒れた。

 両断された傷みと出血のショックで、もうエフォルタの自意識は消失してしまっている。

 バジゴフィルメンテは、ちゃんと死んでいることを確認すると、エフォルタの死体から財布と両手剣を略奪した。

 そこに黒づくめの女性――ラピザが近寄ってきて非難の声をかけた。


「死体から金品を奪うなんて、まるで盗賊ですね」

「こんなの、魔物の死体から肉や皮を取るのと変わらないって。というか今更だよ、その指摘は」

「今更、とは?」

「僕が使っている、この革鎧も青銅剣も、森で死んだ冒険者から頂いた物だからね。指摘するのなら、僕が革鎧や青銅剣を使い始めた頃じゃないとね」


 バジゴフィルメンテは、財布は懐に入れ、両手剣は鞘に入れてから背負子に積むと、エフォルタの死体を茂みの中へと投げ入れてから、ラピザを伴って薪集めの作業に戻っていった。

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インガオホー
もしも、テグスが良家の坊ちゃんに生まれたらこんな感じかな?って思える主人公だ
おもろくなってきた
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