132.トレヴォーソの欠点
昼食後。
学園生徒たちの行動は二極化した。
森へ戻る者と、街中へ戻る者に。
ハッチェマヒオは、ノードンジの森で得るものは無いし、同道していた生徒三人が疲労困憊なのを見て、街に戻る方を選択しようとした。
その直前で、誰かに呼び止められた。
「ハッチェマヒオ様! お願いがあります!」
呼ばれて顔を向けると、声をかけてきた相手は、学園生徒の一人だった。
その生徒の周りには、他二名の生徒の姿――その内の一人に、ハッチェマヒオは覚えがあった。
トレヴォーソと組ませた三人の生徒の中にいた、ハッチェマヒオにぞんざいな口調をしていた生徒だ。
ハッチェマヒオは、どうせなら彼が声をかければ良いのにと思うのと同時に、お願いをするのなら紳士な口調で呼び止めてきた生徒の方が適しているだろうなとも思った。
「トレヴォーソなら、あの程度の魔物は問題なかったはずだ。それでお前たちは無事に帰ってきた。僕様が頼んだ通りのことは出来ているぞ?」
ハッチェマヒオが疑問を告げると、声をかけてきた生徒が言い難そうな態度の後で口を開く。
「それが、トレヴォーソ様が一人で、現れる魔物を全部倒してしまって。僕たちが戦うことが出来なかったんです」
言われて、この課外授業の目的は生徒が魔物と戦うことにあることを、ハッチェマヒオは思い出した。
「トレヴォーソは常に天職に身を預けている。そして戦闘向きの天職の役割は、魔物を倒すことだ。つまり、魔物を見かけたら自動的に倒しに動いてしまう。つまり、お前たちの出番が井地ども来なかったことが不満なわけだな」
「はい。だからハッチェマヒオ様。僕らが魔物と戦う手助けをしてほしいんです!」
要望は理解した。
ハッチェマヒオは、自身の体力の残りを把握して、森に戻って魔物と戦うことが問題ないことを自覚する。
そして目の前の生徒三人は、天職に身を預けることに難がある者たちであることも思い出し、魔物という危険な相手を使った荒療治で、天職に身を預けるコツを掴ませられるかもしれないと画策した。
「分かった、僕様に任せろ。それで、トレヴォーソは?」
「彼ならあそこに」
指し示された方を見ると、トレヴォーソが血まみれ姿で立っていた。
血を拭いもしていない姿に、ハッチェマヒオは眉を顰める。
「あれほどの返り血が、どうやったらつくんだ?」
「それは、全ての魔物を真っ二つにしたからです。戻ってくる前は、もっと酷い状態でしたよ」
「酷いとは?」
「飛び掛かってきた魔物を真っ二つにしたとき、魔物の臓物が撒き散って、トレヴォーソ様に振りかかったんです。でろでろでした」
「それは、たしかに酷い状態だっただろうな」
ここでようやく、ハッチェマヒオはトレヴォーソの長所と欠点を正確に把握した。
『大剣豪』に身を預けている、トレヴォーソは強い。
森の魔物は言うに及ばず、バジゴフィルメンテ派の教導役のマーマリナに勝てる実力が証明されている。
もしかしたら、バジゴフィルメンテにも勝てるんじゃないかと思えるほど、『大剣豪』の戦闘力は高い。
しかし、トレヴォーソは常に『大剣豪』に身を預けている関係で、それ以外の部分が壊滅的に駄目なようだった。
今回の生徒の引率もだが、貴族的な役割をこなすにも期待ができなさそうだと感じる。
こうした浮世離れな感じの人物は、象徴として祭り上げるには良いが、派閥の代表者には相応しい人材ではない。
つまるところ、ハッチェマヒオが従来法を学ぶ同級生の統率者にならなければ、バジゴフィルメンテ派に対抗できないだろうと、ハッチェマヒオは結論付けた。
「武力だけの存在だと考えれば、扱いやすくはあるのだろうがな」
「ハッチェマヒオ様、なにか言いましたか?」
「いや、独り言だ。お前らは、昼食を取ったか? まだなら、森に行く前に腹を満たした方が良いぞ。森の中では買い食いなんてできないからな」
「それがその。僕ら食欲がなくて」
「……もし魔物の臓物を見て気分が悪いと感じているのなら、魔物と戦ったらもっと気持ち悪くなる。その覚悟はあるのか?」
「覚悟している、つもりです」
本当のところは怪しいなと感じながらも、ハッチェマヒオはこの生徒たちと森に戻ることにした。
午前中にやった事と同じことを、ハッチェマヒオはやった。
連れてきた生徒たちは、ハッチェマヒオが押さえつけている魔物を倒すために、必死になって天職に身を預けようと試みた。
動けなくされて脅威度が下がっているといえど、魔物は人を殺し得る敵だ。
その緊張感が良い方に作用したのだろう、生徒たちは天職に身を預ける方法をどうにか体得した。
しかし、魔物と自由に戦わせる場合だと、魔物の攻撃を避けるほうに執心してしまうようで、天職に身を預けることを成功させられなかった。
あと一日ノードンジには滞在するからと、ハッチェマヒオはこの生徒たちを明日も森に連れていき、どうにか魔物との戦闘中に天職に身を預けることを成功させようと予定を組んだ。