131.戦果
ハッチェマヒオは、連れてきた生徒三人に一匹ずつ魔物を倒させてから、三人で協力して一匹の魔物と戦わせた。
三人は戦闘中に度々天職に身を預けることに失敗した。
だがハッチェマヒオが魔法で魔物を攻撃することで、魔物が三人を傷つけることを防いだ。
そんなこんなで、だいぶハッチェマヒオの助けがあったものの、三人が魔物を倒すことに成功した。
「もう一回か二回、やらせたいところだが」
とハッチェマヒオが言葉を口にすると、疲労困憊といった様相の三人が大急ぎで首を横に振ってきた。
どうやら、今日はもう魔物と戦うのは懲り懲りのようだ。
「まあ昼時になったからな。一度森の外に戻って、昼食にするべきだな」
ハッチェマヒオの言葉に、三人が大喜びする。そして直ぐに森を出ようと、森の外を目指して歩き出した。
ハッチェマヒオは護衛の騎士に対して身振りし、先に行った三人を追わせた。
騎士が三人の前に移動して護衛しながら森の外を目指すのを見てから、ハッチェマヒオは倒した魔物をつる草でひとまとめにすると、それを持って森の外へと歩くことにした。
ずりずりと魔物の死体複数を引きずりながらの移動なので、ハッチェマヒオの移動速度は遅い。
これがプルマフロタン辺境伯領の魔境の森なら、横合いから魔物が襲ってきてもおかしくない。
しかし、ノードンジの森は比較的平和なのか、死体を引きずる音を立てながら移動しているのに、新たな魔物が登場してくる気配がない。
そのことに、ハッチェマヒオは物足りなさを感じていた。
(これでは、僕様がこの森で得られるものはないな)
これほど温い環境だと、自分の腕前を上げる魔物と出会う機会なんてないだろうと、ハッチェマヒオは感じた。
もちろん森の奥に行けば、強力な魔物は出てくるだろう。
しかし、これは課外授業だ。
自分の目的のためだけに、一人で森の奥へ行くなんて真似はできない。
(そもそも僕様は、次期プルマフロタン辺境伯だ。一人で森の奥へ入り、強力な魔物に出くわして死んで良い人材ではない)
跡継ぎという観点からしても、魔境の森で無理をするべきではないと判断し、この課外授業では他の生徒たちの成長を促す役目に回ろうと決意した。
森の外を出て、街の門の近くまで、ハッチェマヒオは戻ってきた。
すると、朝出発するときとは違った光景なことに気付いた。
朝は、まばらに冒険者が移動する姿があるだけだった。
なのに昼時の今は、多数の商人と思わしき人達が、門の近くに集まっている。
その商人の中には、出張で食料や料理を売っている人もいるようで、冒険者たちが買って食べる姿も見えた。
「ああいう姿が、商魂たくましいというのだろうな」
そうハッチェマヒオが納得していると、近くに誰かが寄ってきた。
顔を向けると、整った制服を着た男性がいた。
その男性は、ハッチェマヒオが引きずっている魔物の死体に目を向けてから、改めてハッチェマヒオに向き直ってきた。
「失礼ですが、貴方は学園の生徒でらっしゃいますか?」
「そうだが、そちらは?」
「失礼しました。私は、冒険者組合から来た、魔物の死体を買い付けている者です」
「出張買取というわけか?」
「はい。貴方が、その魔物を食料にする気がないのであれば、こちらで買い取りたいのです」
「僕様は、冒険者ではないが?」
「この時期は、特例で誰が仕留めた魔物であろうと、組合が買い取りを行っています」
話を聞いて、ハッチェマヒオは新たな推察が浮かんだ。
「学園の生徒が倒した魔物狙いというわけか」
「一、二年ほど前から、学園の生徒の方々が大量に魔物を狩るようになりましたので。それの対処です」
「冒険者組合に属していない生徒の場合は、商人に直接売り払うこともできると思うが?」
ハッチェマヒオが視線で示すのは、門の近くにいる商人たち。
森から帰ってきていた学園の生徒や、身なりの見すぼらしい冒険者たちが、何かしらを商人に売っていた。
組合職員の男性は、そちらを見てから、薄笑いを浮かべる。
「珍しいものなら、商人は大金を積むでしょう。ですがありふれたものなら、大した金額はつきませんよ。我が組合の心証を悪くしてまで得る金額にしては、とても少額だと言えるでしょう」
「ふんっ。僕様は冒険者組合の気持ちなど、知ったことではないな」
ハッチェマヒオは、次期プルマフロタン辺境伯だ。
その立場で考えるのなら、冒険者組合は付き合う相手ではあっても、おもねる相手ではない。
しかし商人も、従わせる相手であって、交渉相手とは言えない。
「いい加減重たいからな。お前に売ってやってもいい」
ハッチェマヒオがそう告げると、組合職員の男性は微笑みを返してきた。
「では、規定の料金で引き取らせていただきます。貴方は冒険者ではないそうなので、貢献度はつきませんが構いませんね?」
「構わない。仲間が仕留めた魔物もあるが、僕様が手伝わなければ倒せなかったからな。あいつらに文句は言わはしない」
「わかりました。では査定に入らせていただきますね」
職員は手振りして、筋骨逞しい男性を呼び寄せる。その男性は、荷車を牽いて近づいてきて、職員が査定し終わった魔物を荷車に乗せていく。
そうした作業がひと段落ついたところで、職員が査定金額をハッチェマヒオに手渡してきた。
その金額を見て、ハッチェマヒオは職員に尋ねる。
「この金額で、この街だと、どれぐらい食事ができる?」
「普通の人なら十日分。冒険者パーティーなら打ち上げ一回分といったところですね」
「ふむっ。そんなものか」
ハッチェマヒオにとっては端金で、大切にするひつようのない金だ。
そんな金なら、懐に入れるよりも、先ほど森に同道した生徒と騎士とで全て使ってしまう方がいいだろう。
ハッチェマヒオはそう判断すると、顔を巡らして探し、門の近くでへたり込んでいる生徒三人と、その隣に立つ騎士を見つけた。
彼らの近くへと移動してから、ハッチェマヒオは売り上げ金を広げて見せた。
「僕様たちが倒した魔物が、こうして金になった。昼食は、この金で賄う気でいるが、構わないか?」
ハッチェマヒオの言葉を受けて、生徒三人は疲れた様子の顔を上げた。そしてハッチェマヒオが手にしている金銭を目にして、幾分か顔色が良くなった。
三人は、ハッチェマヒオの提案を受け入れるように、そして早く昼食を食べたいと示すように、大きく首を上下に動かして見えてきた。
「よしっ。では誰かが買って――っと、お前たちは疲れて動けなさそうだな。仕方がないから、僕様が買ってきてやろう。有難く思えよ」
ハッチェマヒオは偉そうに告げると、門近くで商売している商人に近寄り、人数分の料理を買うことにした。
買ったのは、葉っぱを四角に編んで作られた箱の中に料理を色々と詰めてあると説明されたもの。
先ほど得た金銭を全て使い切るために、色々と種類があるらしい箱の中でも一番高いものを、騎士の分も含めて五つ購入した。
その購入した料理を運んで配り、昼食を取るため、葉っぱの箱をあけた。
一番高い箱だけあり、中身は大ぶりの黒パンと香辛料の匂いがする肉塊に干し果物がいくつかという、量と内容に満足がいきそうな内容だった。
その料理にハッチェマヒオが舌鼓を打っていると、やおら少し遠くで歓声が聞こえてきた。
なんの声かと顔を向けてみると、歓声の中心に学園の生徒たちの姿があることに、ハッチェマヒオは気付いた。
その生徒たちは、バジゴフィルメンテ派の生徒たちだった。
そして生徒たちは協力して、枝で組んだソリを引いている。
ソリの上には、小山のように積まれた、なん十体もの魔物の死体。
どうやら、大量の戦果物を見たからこその歓声だったらしい。
「ふんっ。だいぶ無理をしたようだな」
ハッチェマヒオが呟いたように、バジゴフィルメンテ派の生徒の多くは大なり小なり被害を受けているようだった。
小さくは、体の皮膚に浮かぶ程度の傷。
大きくは、体に付けている革鎧が破損していたり、手にある武器が折れていたり、体に巻いた包帯から血がにじんでいたりだ。
ああした被害を許容する戦い方はするべきではない――つまりバジゴフィルメンテ派のやり方は間違っていると、ハッチェマヒオは結論付けた。
その上で、バジゴフィルメンテ派の功績に浮かれる人達を見て、ハッチェマヒオは独り言を零す。
「所詮は、バジゴフィルメンテめの考えたやり方だ。真っ当とは言い難いな」
やっぱりバジゴフィルメンテは辺境伯になるべき人間ではないと再認識し、ハッチェマヒオは葉っぱの箱にある肉を口に入れて噛みしめた。