129.ノードンジの朝
領主館の使用人の部屋に泊まらされるという、問題が起こった翌朝。
ハッチェマヒオは装備品を身に着けると、自身の使用人に使用した部屋の清掃と待機を申しつけてから、街の外――魔境の森がある方へと歩いていく。
その途中、領主館で出された朝食の量が物足りなかったので、冒険者向けの屋台で肉の串焼きを買い食いすることにした。
腹具合を考えて五本の串焼きを購入して代金を払ったところで、屋台の店主に声をかけられた。
「見たことのない顔だし、見た目の年齢からすると、もしや学園の学生さんかい?」
「そうだが。なにか用か?」
「あんたに用ってわけじゃないが、仕入れが安くなるのは学生さんたちのお陰だからな。感謝しないとと思ってな」
店主は言いながら、オマケだと串焼きを一本追加してくれた。
ハッチェマヒオは、くれるのならと受け取りつつも、店主の発言に首を傾げる。
「学生のお陰とは、どういうことだ?」
「ここ最近の学生さんたちは、魔境の森で大量の魔物を狩って、それを冒険者組合に売ってくれるからな。その売った魔物の肉を、こっちは買い付ける。生ものは痛み安いからな。大量に持ち込まれれば、組合は安値で放出するしかないのさ」
「その安くなった肉を買い込んで、通常と同じ値段で売って稼ぐわけか?」
「通常の串焼きだけじゃなく、塩漬けやタレ漬けにして肉を長持ちさせ、特別品として学生さんたちが居なくなった後に売るってこともやるよ」
「商売上手だな」
そんな会話をしてから、ハッチェマヒオは串焼きを手に街の外へと歩く道のりを再開させた。
プルマフロタン辺境伯家でもそうだったが、魔境の森近くにある街の領主館は、魔境の森から魔物がやってきた際の対処のために、魔境の森の近くに作られている。
そのため、程なくして街の外に辿りついてしまった。
ハッチェマヒオが串焼きを食べつつ周囲を見ると、冒険者らしき格好の人達が森に向かっていく姿があり、門の近くで教師たちや護衛役の騎士と兵士が会話のやり取りを行っていた。
「例の新たな方法を観察するため、前回までとは違って騎士を数人付けることになっている」
「あの『大剣豪』の護衛はどうする。腕に間違いがなく、勝手に行動しない人物なら、兵士に任せてもいいのではないか?」
「万が一に『大剣豪』が死んだら、兵士の身分では責任を取り切れませんよ」
どうやら受け持つ生徒をどうするかを話し合っているようだった。
生徒の身としては聞くのは野暮だなと、ハッチェマヒオは気にしないことにした。
ハッチェマヒオが六本の串焼きを食べ終えた頃になると、他の生徒たちもちらほらと登場していた。
ハッチェマヒオの次に来た生徒は、バジゴフィルメンテ派の生徒たち。武器ないしは革鎧に同じ意匠が見て取れるため、どことなく見た目に統一感がある。
その生徒たちは、どうやら冒険者登録を組合でしてきたようで、認識票の見せあいなんてことをやっている。
それからパラパラと宿暮らしを選択した貴族子息子女の生徒たちが、それぞれが設えた武器防具の姿でやってきた。魔境近くの街にある宿では十分な身繕いが出来る環境ではなかったようで、生徒の何人かの頭髪に寝ぐせが付いたままだったり、衣服にヨレがあったりしている。
もしかしたら領主館の使用人の建物で寝泊りした者があの中にいるかもしれないが、ハッチェマヒオには区別が付かなかった。
そして最後に、領主館で寝泊りしたらしき、見た目をバッチリに決めた生徒たちが登場。その生徒たちの中心には、相変わらず『大剣豪』に身を任せっぱなしの、トレヴォーソの姿がある。
一番最後に来たわりに、自分たちが主役だと言わんばかりの態度をしている。
しかしその態度も、待機している生徒の中にハッチェマヒオを見つけるまでだったようだ。
「これは、ハッチェマヒオ様。お姿が見えなかったと思えば、もうすでに準備を整えていらっしゃったとは!」
ハッチェマヒオは嫌味かと感じたが、言葉をかけてきた生徒の様子が媚びへつらうものだったので、勘違いだと判断した。
「気にするな。朝食の量が少なくてな。早く外にでて買い食いをしたんだ」
証拠を見せるように、手の空串六本を振って見せる。
すると太鼓持ちのように、生徒たちが持ち上げる言葉を吐いてくるが、ハッチェマヒオは耳に入れる気がしなくて無視をした。
そんな一幕があった後で、教師が集合を命じて、生徒たちが一ヶ所に集まった。
「これから魔境の森に入るが、注意事項を伝える」
教師は、ノードンジの森では大人数で入ると人数に応じて魔物が大量にやってくる、という習性を教えた。
「そのため、森に入る際は、少人数の組を多数作ることが望ましい」
「先生! うちの派閥のマーマリナ先輩から、大人数で入っていって大量の魔物と戦い慣れた方が良いって教えられてます!」
生徒の一人が声を上げると、彼と同じバジゴフィルメンテ派の生徒たちも「そう教わった」と発言した。
説明途中だった教師は、苦々しい顔をしながら、説明を続ける。
「大人数で入っても良い。ただし、少人数で入るよりも危険であること。魔物との戦いは、下手をすれば死ぬこと、それらを、ちゃんと理解したうえでならだ」
教師が怪我や死ぬ目に合う覚悟はあるのかと問いかければ、バジゴフィルメンテ派の生徒たちは『もちろんだ』と言うかのように胸を張っている。
その一連のやり取りを見て、ハッチェマヒオは笑いと溜息が混ざった鼻息を吹いた。
(ふっ。本物の魔物の恐怖を、あいつらは知っているのか? 天職の力を出せなければ、人は一方的に狩られる側であることを分っているのか?)
何も知らないゆえの蛮勇か、それともバジゴフィルメンテから教えを受けて重々承知しての勇気なのか。
ハッチェマヒオは気になったものの、自分が気にするべきは自分自身の事だと気持ちを入れ替える。
魔物が危険な相手なことは、『斧術師』に過不足なく身を預けられるハッチェマヒオとて同じ。魔境の森は気を抜いて良い場所ではないことを、故郷での訓練で身に染みている。
教師からの一通りの説明を受けた後で、生徒たちそれぞれが自由に組む時間となった。
バジゴフィルメンテ派の生徒たちは一団になると、護衛の騎士二名と共に森へと向かっていった。
そうして、この場に残ったのは、従来法の生徒と教師と護衛たちになった。
すると生徒の一人が、ハッチェマヒオに話を向けてきた。
「ここは成績優秀者である、ハッチェマヒオ様が指示をするべきかと」
請われては仕方ないと、ハッチェマヒオは自分の考えを口にすることにした。
「教師の指示通り、少人数の組に分れて、森に入ることにする。そう決めた上で、僕様は魔物を倒した経験があり、トレヴォーソの戦績は知らないが『大剣豪』に身を任せ続けられるのだから、魔物相手に遅れはとりはしないだろう。それを考えると、僕様とトレヴォーソは別々の組にして、その下には戦闘が苦手なものが来るのが好ましいだろう。それ以外の生徒は、顔見知りとかで組むと良い」
戦闘が苦手という評価を下された生徒は、ノードンジまでの隊列を思い返せば分かる。
あの隊列の最後尾近くに居た生徒たちは、成績が劣等なのだから。
条件に当てはまる生徒が六人、ハッチェマヒオとトレヴォーソの近くにやってきた。
ハッチェマヒオは、その生徒たちの顔を見ると、勝手に自分とトレヴォーソに誰を入れるかを割り振った。
ハッチェマヒオのもとには、女生徒二人に男子生徒一人。トレヴォーソのもとには、男子生徒三人。
傍目から見ると、ハッチェマヒオが女子生徒を全て囲ったように映るが、もちろんそんな色狂いな理由なわけがない。
「トレヴォーソは常に『大剣豪』に身を預けていて、受動的にしか動かない。そしてお前ら三人は、我が強いからこそ天職に身を預けられないことを、僕様は知っている。お前らがトレヴォーソを操縦して、森の中で活動するんだ。分かったな」
ハッチェマヒオが理由を語ると、トレヴォーソの下につけられた三人が驚いた顔をする。
「お、おれたちのことを、知っているのか?」
「同級生を知らんわけがないだろ」
「いや、成績のこととか」
「魔境の森に入るのは命がけだぞ。肩を並べるかもしれないのだから、大まかに誰がどんな奴かを把握しておくのは当然だ」
「知ったうえで、トレヴォーソ様を任せてくれると?」
「ふんっ。トレヴォーソの心配は要らん。森に放置しても生き残る。お前らの役割は、トレヴォーソを森に連れて行って、連れて帰ることだけだ。それだけやってくれればいい」
以上だと告げて、ハッチェマヒオは身振りでさっさと森に行けと指示した。
すると、トレヴォーソがその指示を受け止めたようで、勝手に先に森へと向かいだしてしまった。
三人の男子生徒は慌ててトレヴォーソの後を追いかけ、さらにその後ろに兵士が一人ついていった。
その姿を見送ってから、ハッチェマヒオは自分の下につけた生徒三人――押しの弱そうな見た目の連中に目を向ける。
「お前らの身は守ってやる。だが、ちゃんと魔物と戦っても貰う。覚悟するように」
ハッチェマヒオが宣言すると、三人からは怯えた表情を返されてしまった。