128.領主館
王都北に位置する辺境、ノードンジ。
この場所に着いた直後、ハッチェマヒオは、トレヴォーソの使用人のテオに頼まれた。
「領主館に滞在の許しを貰ってきますので、トレヴォーソ様と共に来てください」
テオは頼みごとを口にした直後に、領主館へと走って行ってしまった。
歳なのに大丈夫なのかと、ハッチェマヒオは気になった。
しかし、他の貴族子息子女の使用人たちも領主館や高級宿へ向かって走り出しているからと、気にすることを止めた。
「あのー、ハッチェマヒオ様」
そう声をかけてきたのは、ハッチェマヒオの使用人。
使用人の表情には、他の使用人と同じことをしなくていいのかという、困惑が浮かんでいた。
それを見て、ハッチェマヒオは気にするなと身振りする。
「僕様の当初の予定では、上位冒険者向けの宿を取る気でいた。価格と部屋の内装の釣り合いが取れているからな。けれど、あのテオが領主館に部屋を取る骨折りをしてくれるというのだ。ここは甘えるべき場面だ」
「そうなんですか」
使用人が納得したところで、ハッチェマヒオはトレヴォーソを連れて、領主館のある場所へと歩いて向かう。
道中、長年魔境の森近くにある場所のため、街中の光景には冒険者の姿を多くみかけた。
ハッチェマヒオにしてみれば、故郷の街と似たような景色なので、驚きは少ない。
しかし多くの学園生徒――特に貴族の子息子女にとっては違うようで、冒険者だらけの街中をおっかなびっくりな様子で歩いている。
一方で街中の人達の様子はというと、学園生徒の姿を見かけると、風物詩を見る暖かな視線を向けてきている。
しかし冒険者たちの中には、競合する相手を見かけたような、警戒する目もあった。
学園生徒たちは、魔境の森で魔物と戦う――冒険者の飯のタネを奪うような存在だ。
実入りが減る心配から、生徒たちに厳しい目を向けているのだろうと、ハッチェマヒオは印象を抱いた。
そんなこんなで、ハッチェマヒオたちは領主館へと辿り着いた。
すると門前にテオが立っていて、その隣には見知らぬ男性もいた。
その男性は、なかなかに仕立ての良い服を着ていて、それなりに鍛えられた肉体を持っている。
そうした姿形と立っている場所から察するに、恐らくは領主館の主だ。
館の主らしき人物は、テオに視線を向けて何かを確認すると、ハッチェマヒオたちを歓迎する様子で声をかけてきた。
「今期のノードンジを任されている、オトイトル男爵である。『大剣豪』の子はどちらかな?」
口調と態度から、このオトイトル男爵とやらが真に歓迎しているのはトレヴォーソなのだと、ハッチェマヒオは悟った。
それならとハッチェマヒオは、トレヴォーソ背を押して一歩前に行かせつつ、トレヴォーソを代弁するように声を出す。
「こいつが『大剣豪』トレヴォーソだ。見ての通り、常時天職に体を預けていて返答ができない。だから僕様が世話をしてやっている」
ハッチェマヒオの言葉に、オトイトル男爵は怪訝な目を向ける。だが次の瞬間には、トレヴォーソへと笑顔を向けていた。
「君が『大剣豪』なのか。館の中を案内しよう。ついてきたまえ」
オトイトル男爵はトレヴォーソの背に手を当てて、屋敷の敷地内へと案内し始める。そして途中で、再びハッチェマヒオに顔を向けてきた。
「『大剣豪』の世話役の君にも、部屋を与えてやろう。有難く思うのだな」
そう告げると、もう興味はないとばかりに、オトイトル男爵はトレヴォーソと共に屋敷の中に入っていった。
テオは、何度もハッチェマヒオに頭を下げてきたが、彼の主であるトレヴォーソを追わなければならないので屋敷の中へと行ってしまった。
「……全く。失礼な男爵だ。だが寝泊りする場所を貰えたのは良い点だな」
ハッチェマヒオが貰えた部屋はどこだろうと考えていると、屋敷の使用人らしき女性が近づいてきた。
「貴方と連れを泊める部屋は、こっちにあるわ」
端的な物言いの後で、ついてこいとばかりに先導し始める。
そういうことならと、ハッチェマヒオと彼の使用人が後に続いた。
やがて着いたのは、領主館とは別の建物で、明らかに使用人用の建物だった。
「この一室が、僕様たちが寝泊りする場所ということか? ここに泊まるということは、食事も使用人と同じと考えていいのか?」
「嫌なら、外に宿を取ったら?」
「この時期に学園の生徒が来ることはわかっているんだ。なら館の中には、余っている部屋があるはずだろう?」
「そっちは、有力な家の子を泊めることになっているわ。貴方は、そういう家の子なの?」
「うーむ。そうだとは言い切れないのが悩みどころだな」
ハッチェマヒオは馬鹿ではない。生家のプルマフロタン辺境伯家についてのことも、良く知っている。
プルマフロタン辺境伯家は、その名称の通りに辺境伯という偉い家格ではある。
しかし、その成り立ちと二代続けて無能な当主という事情から、現在では寄子以外の貴族家との関りが薄い状態でもあった。
そしてオトイトル男爵家とはというと、少しも関係性のない間柄だ。
オトイトル男爵の立場で考えるのなら、関係のない辺境伯家よりも、関係のある別の貴族家の子息子女を屋敷に招きたいことだろう。
それらを総合して考えると、辺境伯家という名前を使えば屋敷の中に部屋を用意させることは容易いが、引き換えにオトイトル男爵家はプルマフロタン辺境伯家に悪感情を抱くことになるだろう。
自分の家に不利になることを、ハッチェマヒオは好まない。
「まあいい。ノードンジには課外授業に来たんだ。そして寝床は貰えた。なら欲張る必要はないな」
必要最低限は確保できているという納得をしながらも、このオトイトル男爵の仕打ちは自分が辺境伯になった後の後まで覚えておいてやろうと、ハッチェマヒオは心に決めた。