127.課外授業
魔境の森近くの辺境へ行く、課外授業。
その道中は、護衛を務める騎士や兵士を先頭にして、その後ろに学園の生徒たちと教師、食料を載せた荷馬車や使用人が乗る馬車が続く隊列をとる。
列に並ぶ生徒の順番は、基本的に成績優秀者順である。
そのため、従来法の生徒の近くにバジゴフィルメンテ派の生徒が並ぶという場所も、当たり前にある。
反目関係にある生徒たちが近くにいれば、自然と争いは生まれるものだ。
「似非を学んでいい気になっている馬鹿の近くなんて、居心地が悪くて仕方がない」
「朽ちかけの古い方法を大事だと考えている、カビの生えた頭のヤツがなにか言ってら」
隊列のあちこちで、独り言に偽装した文句の押し付け合いが行われる。
小声で言い合っている間はいいが、段々と声が大きくなっていけば、声を聞きつけた教師が叱るために現れる。
そんな光景が、王都の外に出てからずーっと続いている。
ハッチェマヒオは、座学も実技も優秀なので生徒たちの最前列に位置している関係で、それらの声を背後に聞いていた。
「学園の思惑は予想がつくが……」
ハッチェマヒオの予想では、従来法とバジゴフィルメンテ派の生徒が近くにいるのは、成績順というだけではない。反目し合う生徒たちの仲を、この課外授業の中で少しでも良くしようという思惑があるに違いない。
しかし、そんな学園の思惑が上手くいくのだろうかと、むしろ仲が悪いものを拙速に近づけたことで関係が更に悪化するのではないかと、ハッチェマヒオは考えていた。
事実、時間が経つに従って、隊列にいる生徒たちの空気は更にギスギスしたものになっている。
それこそ移動初日にもかかわらず、生徒間で騒動が勃発しそうな空気になったと、ハッチェマヒオは背中で感じていた。
(どちら側の生徒が先に切っ掛けを作るかの段階になってそうだな)
ハッチェマヒオは、一度爆発すれば落ち着くだろうと楽観していた。
その楽観よりもより良く事態が推移し、とうとう今日泊まる畑の町に到着しても、生徒間での争いは生まれなかった。
到着した以降も、生徒間での争いが生まれないであろうとも悟ることができた。
なぜなら、農村の住民たちが、バジゴフィルメンテ派の生徒を畑に連れ出して行ってしまたからだ。
争う相手が居なければ、争いは生まれない。自明の理である。
ハッチェマヒオは、自身の寝床の世話を自分の女性使用人に、トレヴォーソの世話とを彼の使用人のテオに任せると、バジゴフィルメンテ派の生徒たちの様子を見に行くことにした。
農作物が実りつつある畑には、住民と生徒の姿がある。
生徒たちは全員、彼ら彼女らの天職に適した武器を剥き身で持っている。
その生徒たちに、住民は畑の作物や土地のどこを傷つけて欲しくないかを伝えているようだった。
「よろしくお願いします」
「やり方は教わってる。まかしてっくれ!」
住民に願われた後で、生徒たちは安請け合いして畑に散っていった。
生徒たちは畑の中を慎重にゆっくりと歩きながら移動していき、そして歩いている最中に何人かが地面に向かって武器を繰り出した。
「チッ。害獣じゃなくて、大き目な石だったか」
「よし! 一匹仕留めたぞ!」
石を畑から掘り起こし、畑の外へと投げる生徒。武器で仕留めた害獣を土の中から拾い上げ、用意していたらしき頭陀袋の中へと仕舞う生徒。
そんな感じの光景が、畑の一面が終われば、また別の畑へと移動して続けられていく。
「害獣駆除か。バジゴフィルメンテ派の生徒による点数稼ぎか?」
農村で害獣駆除をすれば、住民たちのバジゴフィルメンテ派への心証は良くなる。
一方で従来法の生徒たちは、その多くが貴族の生まれということもあって害獣駆除を行う気はないため、住民からの心証は悪くなる。
そうした心証の差を利用して、国中にバジゴフィルメンテ派の教えこそが学園の正統だという認識を広めようとしているのではないか。
ハッチェマヒオがそんな考察をしていると、住民と生徒数人が近寄ってきた。
そして生徒の一人がぞんざいな口調で声をかけてきた。
「おい、あんた。列の先頭近くにいたよな。大物狩りに付き合わないか?」
やらないと返してくる前提での問いかけのように、ハッチェマヒオには感じられた。
辺境伯子息としての意識では、なぜ害獣駆除を手伝わないといけないのかという気持ちが湧く。
しかしバジゴフィルメンテ派と目する生徒が考えていそうな通りに、拒否する言葉を吐くのも良い気がしない。
ハッチェマヒオは少し考え、辺境での魔物駆除のようなものだと、自身を納得させる言い訳を考えついた。
「大物といえど、単なる害獣だろう。僕様の敵じゃないな。どこにいるんだ。連れていけ」
ハッチェマヒオが偉そうな口調で了承の言葉を告げると、声をかけてきた生徒は意外そうな顔をした後でニヤリと笑った。
「その自信ある腕前を見せてもらおうじゃねえか。大物の寝床はどこか、わかってんだろ?」
「は、はい。その場所にお連れします」
住民に先導されて、ハッチェマヒオと生徒たちは移動する。
着いた場所は、農村の外れにある最外周にある小麦畑の一画だった。
その小麦畑を見て、ハッチェマヒオは害獣がいることを理解した。
なぜなら、畑に植えられている小麦のうち、ある部分だけが倒されていたからだ。
恐らく、大物の害獣とやらは、麦を倒して柔らかな寝床を作ったのだろう。
ここまで先導してくれた住民は、その倒れている麦の場所を指してから、頭を下げてきた。
「あそこにおります。あとはお任せいたしますので」
住民は、害獣に襲われてはたまらないとばかりに、生徒たちから距離をとって畑の中に隠れた。
そんなに恐れる相手なのかと、ハッチェマヒオは首を傾げながら、腰から片手斧を引き抜いた。
他の生徒たちも、それぞれが得物を構える。
戦う準備が整ったを見てから、ハッチェマヒオはずんずんと倒れている麦へと近寄っていく。
その姿が危険に見えたのか、害獣駆除に誘ってきた生徒が声を上げた。
「お、おい! 不用心だぞ!」
「馬鹿を言え。天職に身を預ければ、天職の力を持つ者や魔物以外の攻撃は、この体に通用しなくなるんだ。恐れる必要があるものか」
ハッチェマヒオはズンズンと進んでいき、やがて倒れた麦の場所を視界にとらえられる場所までやってきた。
その場所の中には、四匹の害獣の姿――正確に表すなら、親一匹と子三匹だ。
四つ足の獣で、乾いた泥で汚れた茶色い毛を持ち、突き出た鼻がある。
親の体高は、ハッチェマヒオの腹の位置。子の体高は、膝の位置。
そんな害獣の姿を目にして、ハッチェマヒオは大したことのない相手だと結論付けた。
「魔物に比べると、危険な感じが全くしないな」
ハッチェマヒオは、害獣に更に近づきながら、『斧術師』に体を任せた。
害獣の親は、子を守るためか、四つ足を動かして突進を仕掛けてきた。
『斧術師』は素早く反応し、素早く近寄ってきた害獣の頭に、片手斧を叩きこんだ。
片や天職の力があり、片や魔物ではない単なる害獣だ。
片手斧はすんなりと害獣の頭を両断し、害獣の割れた頭から血が吹き出てハッチェマヒオの顔を汚した。
ハッチェマヒオは心の中で汚いなと感じつつも、日頃の特訓の成果もあって『斧術師』に体を預けたままにすることとができている。
『斧術師』は、仕留めた親から片手斧を引き抜くと、そのまま次々と子の害獣も斧の一撃で仕留めていった。
あっという間に四匹の害獣を仕留めたところで、ハッチェマヒオに続いてきた生徒たちが姿を現した。
生徒たちは、頭をかち割られて息絶える大型の害獣の姿を目にして、ぎょっとした様子になる。
「こ、これは大物だったな」
害獣の大きさに狼狽えている生徒を見て、ハッチェマヒオは『斧術師』から体の支配権を戻してから鼻で笑った。
「――ふんっ。この程度の害獣で驚くな。課外授業では、魔境の森で魔物を倒すんだぞ」
「この害獣よりも、魔物の方が怖いってことか?」
「当然だ。僕様の故郷では、魔物を倒す生業の冒険者が、毎年数十人は死ぬ。魔境の魔物は、そういう存在だぞ」
脅しが効いたのか、生徒たちの顔に恐れが浮かんでいる。
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテ派の生徒といえどそんなものと得意げになりつつ、畑に隠れている住民を呼び寄せる。
ハッチェマヒオは魔物や害獣を倒すことはわけないが、倒した後にどう処理すればいいのかは知らないので、住民に任せようと思ったからだった。