126.特訓中
バジゴフィルメンテ派の教導者である、マーマリナ。
彼女を、トレヴォーソが模擬戦で撃破した。
その事実は、天職の扱い方を従来の方法で学んでいる学園の生徒たちを、大いに勇気づけることに繋がった。
「新入生に負けたんだ。実は、バジゴフィルメンテ派のやり方は大したことがないんだ!」
「やっぱり、昔から続いている方法が正解なんだ!」
そんな風に言って自身を取り戻した従来法の生徒たちは、希望を与えてくれたトレヴォーソを歓迎しようとした。
だが、ここでトレヴォーソ自身のことが問題になった。
生徒たちが歓迎や激励の言葉をかけても、トレヴォーソは常に『大剣豪』に体を預けているため、トレヴォーソの意思による反応が返ってこないのだ。
そのため、やがて声をかけても無駄という判断が広まり、トレヴォーソの扱いは従来法の象徴的な存在として扱われるようになった。
この一連の流れを、ハッチェマヒオは見て、呆れてしまった。
(トレヴォーソがマーマリナに勝ったからといって、従来法の勝利と声高に語るとはな)
マーマリナは、バジゴフィルメンテ派の教導者であることは間違いない。
しかし、その実力はバジゴフィルメンテよりも弱いと、マーマリナ自身が語っていた。
つまり真に従来法が優れていると証明するには、バジゴフィルメンテを倒す必要がある。
そうなっていないのに、従来法が正しいと語る姿は、ハッチェマヒオの目からは滑稽にしか見えなかった。
加えて、ハッチェマヒオの目標は、天職『斧術師』でもってバジゴフィルメンテに勝利し、次期プルマフロタン辺境伯の立場を明確にすることだ。
その目標を考えれば、マーマリナに負けてしまった今の自分では力不足だと、そう実感していた。
だからこそ、より一層従来法が正しいなんて思考に耽溺する気にはなれなかった。
(しかし『大剣豪』が勝てた。この事実は大きい)
その勝利の仕方も、理に適っていた。
バジゴフィルメンテ派が天職の力を引き出す肝心な部分は、適切な動きを披露すること。
つまり適切な動きをさせないようにすれば、バジゴフィルメンテ派の生徒は天職の力を発揮できずに負ける。
その事実が分かった今、天職に身を任せてバジゴフィルメンテ派の生徒と戦えば、天職はこの勝ち方を最善とした動きを行うはず。
勝利の最適解が分っていて、その最適解の通りに動くのだから、勝てないはずがない。
となれば問題は、天職に体を預け続けられるか否かになる。
(攻撃を食らって痛みを感じようとも、相手が予想外の動きをしてこようとも、常に天職に身を任せられる、確固たる精神力が必要だ)
ハッチェマヒオはそう結論付け、日々の訓練に邁進することにした。
実技の時間は、武器と魔法による的当てを行った後でトレヴォーソとの模擬戦に費やす。
『大剣豪』の打撃が鋭く当たり、ハッチェマヒオの体は模擬剣でもって痛みを与えられる。あまりの痛さに体が硬直して、つい『斧術師』から支配権を戻してしまう。
これではいけないと、ハッチェマヒオは意思の力を総動員して、どんなことがあっても模擬戦中は『斧術師』に体を預けたままにできるように訓練を積んでいく。
訓練の結果は少しずつついてきて、一度攻撃を食らったら駄目だったものが、二度くらっても大丈夫なようになり、三度四度と平気になり、やがては致命的な一撃を食らうまでは大丈夫なようになってきた。
これならマーマリナと再戦すれば勝てると、ハッチェマヒオは自信を持つことができた。
では早速再戦を申し込もうとしたところで、課外授業が目前に迫る時期になっていることに気付いた。
そして課外授業が終われば、それから直ぐに卒業生追い出し大会が始まる。
「ふむっ。大会のときに再戦するように手を回せば良いか」
ハッチェマヒオがそう考えたのには、理由がある。
隣室に住むトレヴォーソは、常に『大剣豪』に体を預けているため、課外授業の準備ができない人物だ。
ハッチェマヒオは、隣室の住民でありトレヴォーソの友人という立場から、準備を手助けする気でいる。
もちろんトレヴォーソの使用人であるテオが、課外授業で必要になる物品を揃えてくれはするだろう。
その揃える物品に不足や不備がないかは、テオは生徒ではないため判断が付きづらいところがある。
そうした部分を、トレヴォーソが手伝う必要がある。
「寝泊りする場所では使用人の手が借りられるとはいえ、道中の行軍中は手を借りられない。そこの補助も、僕様がしなければいけないしな」
ハッチェマヒオにとって、常日頃から世話になっている友人に手を貸せるという場面だ。マーマリナに再戦を申し込むよりも重要だと判断するのは当然だった。