124.雑談
ハッチェマヒオは運動場に寝ころびながら、マーマリナに尋ねる。
「僕様の『斧術師』の動きは、マーマリナに勝っていたはずだ。なぜ負けた」
「こちらは勝者であり先輩ですわよ。呼び捨てではなく、マーマリナ先輩とお言いなさい」
「教えてくれ。マーマリナ先輩」
「その口調も気になりますけれど、まあいいですわ」
ハッチェマヒオが言い直すと、マーマリナはそれで良いと言いたげな頷きと共に講義をし始める。
「たしかに、わたくしの身動きは天職の動きと比べれば、まだまだ拙い部分や無駄な部分がありますわ。真っ当な勝負では、わたくしが負けてしまうはずですわね」
「なにかズルをしたということか?」
「ズルって、酷い言い方ですわね。わたくしは、傾向と対策を行っただけですわよ」
「傾向と対策?」
ハッチェマヒオは、意味が分らなかった。
マーマリナと対戦するのは、今日が始めてだ。
初対戦の相手に、傾向も対策もないはず。
そんなハッチェマヒオの疑問が分っているのか、マーマリナの講義は続く。
「『斧術師』と戦うのは初めてでも同系統――『斧士』や『術師』などの動きを知っていれば、対策を立てることは可能ですわ。なにせ天職は、最適な動き『しか』してこないんですもの。似通った動きが多くあるんですわ」
「それじゃあ、こちらがどう動くか分っていたから、優位が取れたと?」
「わたくしほどの実力者となると、もう一歩踏み込んだ領域に居ますわ。すなわち、こちらがどう動けば、貴方の天職がどう体を動かすか、その予想がついているんですのよ」
その説明に、ハッチェマヒオはることを思い出した。
「僕様の視界を手で塞いだ後で、そうやってくるなんて言葉を口にしていたな」
「目を塞がれると、その塞いでいるものを排除しようとする。全ての天職にある、典型的な動きですわ」
「どの天職でもなのか?」
「天職は最適な動きを行いますわ。その最適な動きを決定する要因として、目からの情報が重く用いられているという調査結果があるんですのよ」
「そんな話、知らないぞ」
「当たり前ですわ。バジゴフィルメンテ派の生徒たちが見つけた事柄ですもの。他に共有しておりませんわ」
「……なら、僕様に教えてしまったら、問題になるんじゃないか。対策を立てることができてしまうぞ?」
ハッチェマヒオの指摘に、マーマリナは笑い顔を返してきた。
「対策って、誰が立てるんですの? 貴方ですの?」
「それはもちろん――」
『斧術師』がと答えようとして、ハッチェマヒオはそうならないことに気づいてしまう。
そう気付いたことを、マーマリナに悟られてしまったようだ。
「天職は最適な動きしかできませんわ。バジゴフィルメンテ派の生徒が視界を塞いだ際の天職の動きを分っているからと、その最適な動きを変更なんてできませんわよ」
「そうとも限らないだろ。対策済みの動きは、最適ではなくなる。なら新たな最適な動きだって起こるはずだ」
「残念ながら、それは出来ないと確認済みですわ。バジゴフィルメンテ様は、地元で暮らしているときには、既にそう悟っていたそうですけれど、ご存じありませんの?」
「知らん! バジゴフィルメンテと僕様は、余り仲が良くなかったからな!」
「ふーん、そうですの。バジゴフィルメンテ様から聞いた話とは違っているようですわね」
マーマリナは、話が信じられないのか、不思議そうにしている。
ハッチェマヒオの方も、バジゴフィルメンテが周囲に自分のことをどう語っているのか、不思議に感じた。
「なあ、バジゴフィルメンテは僕様のことを、どんな風に言っていたんだ?」
「弟は、父親の期待を一身に受けている、プルマフロタン辺境伯家の跡取りだと。隔意のない表情で、そう語っていましたわ」
その説明だけで考えれば、バジゴフィルメンテがハッチェマヒオに期待していると受け取ることもできる。
だが実際はそうでないことを、ハッチェマヒオ自身が分っていた。
「……ふんっ。バジゴフィルメンテは、自分の剣技の腕前を上げることにしか興味のないヤツだ。プルマフロタン辺境伯家当主なんていう邪魔な肩書など、弟にくれてやっても構わないということなのだろうさ」
「あー、そういう認識ですのね。バジゴフィルメンテ様らしくはありますわね」
「納得という感じだな」
「バジゴフィルメンテ様の一方面を見れば、確かにと思ってしまいますわね。でも、別方面を知っていると、また違った評価になりますわ」
「別方面?」
そんな物があるのかと問いかけると、マーマリナが苦笑と共に教えてくれる。
「バジゴフィルメンテ様って、なんだかんだと面倒見が良い方なんですのよ。剣技の向上につながると考えているのか、他者への施しは貴族の義務と考えているかまでは分らないですけれども」
「信じられないな。バジゴフィルメンテに面倒見があるなんて」
「意外ではありませんわよ。真に自分のことだけしか考えてない人物に、人はついていきませんもの。それこそ、多数の人が集まる派閥の長に収まったままで居続けるなんて、とてもとても」
ハッチェマヒオは信じられない気持ちでいっぱいだが、マーマリナがバジゴフィルメンテを評価しているとだけは受け取った。
そして、これ以上バジゴフィルメンテの話題をするまいと決めて、話題の転換を図ることにした。
「マーマリナ先輩は、ある程度は天職の動きが分かるって言ったよな?」
「言いましたわ。それがなにか?」
「どんな天職にも負けない自信はあるか?」
「天職に身を任せている方であれば、勝てると思ってますわよ」
その答えを聞いて、ハッチェマヒオは次にしようとしていた発言を躊躇った。
自分が勝てなかった相手に、別の誰かをぶつけることは卑怯のように感じたからだ。
しかし、天職に身を預けて戦う人物の中で一番強い者とマーマリナが戦う光景、それを見てみたいという欲求は止められなかった。
そしてハッチェマヒオが知る、天職に身を任せて一番強い人物といえば決まっていた。
「なら僕様の友人である、トレヴォーソと戦ってみてくれないか。彼の天職は『大剣豪』だ」
ハッチェマヒオがそう要望を出すと、マーマリナの顔には話に興味が湧いたといった表情が浮かんでいた。