122.マーマリナ・プルプラ・コリノアレグル
襲来した女生徒は、蹴っ飛ばした生徒を引きずって、どこかへ持っていってしまった。その後、少ししてから戻ってきた。
「道すがら、話は聞かせて貰いましたわ。どうも、こちら側の生徒がご迷惑をおかけしたご様子。代表して謝らせていただきますわ」
貴族らしい仕草を伴っての謝罪だったが、ハッチェマヒオは眉を寄せる。
「代表? 貴女が?」
ハッチェマヒオの疑問を込めた問い返しに、女生徒は不愉快そうに目を細める。
「あら。わたくしが代表なのが、変だといいたい口ぶりですわね」
「そっちの代表者は、バジゴフィルメンテだろ?」
「……派閥の違いはありますが、バジゴフィルメンテ様は、新入生から見れば先輩ですわよ。最低でも、バジゴフィルメンテ『さん』と呼ぶのが正しいのではなくて?」
「ふん。僕様は、あいつの弟だ。だからいいのだ」
ハッチェマヒオの宣言を受けて、女生徒は納得する顔になる。
「そういえば、今期からバジゴフィルメンテ様の弟が入学するという話がありましたわね。そうですの。貴方が」
女生徒の視線が、ハッチェマヒオの全身を移動する。
その目の動きから察するに、ハッチェマヒオとバジゴフィルメンテの見た目を比べたのだろう。
ハッチェマヒオは、骨太な骨格で肥満に見えるような膨らんだ筋肉を持つ、大柄な体格をしている。こげ茶色の頭髪も、良く汗をかくため、拭きやすいように短く整えらえている。
バジゴフィルメンテは、成長して高身長にはなったが、鍛えた肉体を絞り込んでいるため、見た目は細身だ。黒色の頭髪も、かなり長く伸ばしている。
そんな大きく見た目が違う二人だから、一目見ただけで兄弟だと見抜ける人は少ないだろう。
ハッチェマヒオの目の前にいる女生徒も、二人の姿形の違いに戸惑い、とりあえずは発言を信じてみよう、という態度を取った。
「バジゴフィルメンテ様の弟様とあれば、ご挨拶しないわけには行きませんわね。わたくし、コリノアレグル辺境伯家の三女。マーマリナ・プルプラ・コリノアレグルですわ。学園では、バジゴフィルメンテ様が提唱する教育の教導役を任じられておりますの。だから、派閥を代表しても、なにもおかしくはないのですわ」
その自己紹介に、今度はハッチェマヒオが女生徒――マーマリナの全身を、しげしげと見る。
そして疑いの目を向ける。
「コリノアレグル辺境伯家は、曾祖父『大将軍』を裏切って独立した裏切り者の家だったはずだ。どうしてバジゴフィルメンテに従っている?」
この問いかけに、マーマリナは顕著な反応を見せた。
まずは、裏切者と言われたことに対して怒った。そのすぐ後に、ハッチェマヒオを蔑む目になった。
そうした態度の変化――特に蔑んでくる目に対し、ハッチェマヒオは苛立ちを覚えた。
「なんだ。何が言いたい」
「いえ、なんでもないですわ。ただ一言告げるとするならば、バジゴフィルメンテ様の方が、貴方よりも懐が広い良い男ですわ」
「裏切者を許して抱えているからか?」
「ふふっ。我が家の過去を正しく理解し、独立は裏切りではなく、正当な行いであったと、そう評価してくださいましたわ」
その証言は、ハッチェマヒオにとって驚きだった。
聞きようによっては、プルマフロタン辺境伯家がコリノアレグル辺境伯家を許してると受け取られかねない内容だからだ。
もしそんな噂が出回れば、プルマフロタン辺境伯家に身を寄せている貴族家から離反を招く可能性がある。
そうハッチェマヒオが危惧するが、さらなる情報は、もっと驚きなものだった。
「バジゴフィルメンテ様には感謝しておりますわ。新しい天職との関り方を教えてもらっただけでなく、派閥の幹部として遇していただいて、我が家と他の貴族家との繋がりが増しました。加えて、王都の貧民街にいた方々を再度働けるように方策を立て、その人達を我が領へと誘致する手助けのしていただきましたわ」
バジゴフィルメンテの功績を称える内容ながら、マーマリナの口調は、ハッチェマヒオに同じような功績を立てることができるかと問うものだった。
しかしハッチェマヒオにとって、そんな問いかけはどうでもいいことだった。
「バジゴフィルメンテが貴様を通して、コリノアレグル辺境伯家を利する行動をとったというのか」
「そうなりますわね。わたくしが学園に入って以降、コリノアレグル辺境伯家と領地は発展目覚ましいですわよ。それこそ最近では、プルマフロタン辺境伯家を老いた辺境伯、コリノアレグル辺境伯家を新鋭の辺境伯と、王都にお住まいの貴族の方々は考えているそうですわよ」
「バジゴフィルメンテめ。何を考えているのか」
ハッチェマヒオは、話を聞いてイライラとした気分になった。
(コリノアレグル辺境伯家が隆盛になったというのなら、同じ方法をプルマフロタン辺境伯領で行っていたのなら、プルマフロタン辺境伯家の方がより躍進できたはずだ。それなのに、生まれ故郷よりも、同級の女性への点数稼ぎに使うなど、嘆かわしい)
ハッチェマヒオは、バジゴフィルメンテの所業を、そう心の中で詰った。
そうして苛立った後に、ふとした思い付きが浮かんだ。
マーマリナを懲らしめ、バジゴフィルメンテに勝つための段階を一歩上がる、そんな両得な思い付きを。
「ふん、終わったことなど、語っては居られん。この場は、あの無礼な連中の謝罪の場であったはずだ」
「そういえばそうでしたわね。わたくしとしたことが、歯止めをかけるのに失敗していましたわね。それで、こちらの派閥の馬鹿たちのこと、許してくださるのかしら?」
マーマリナは、謝罪する側だというのに、そうとは思えない態度だ。
これは、先ほどハッチェマヒオがコリノアレグル辺境伯家を『裏切者』と語ったことを、怒っているに違いなかった。
しかしこの状況は、ハッチェマヒオにとって使えるものだった。
「謝罪だけで、済むはずがないだろうに。謝罪料を払ってもらおうか」
「お金ですの。どれぐらい包めと仰る気で?」
「金などいるか! 貴様は、バジゴフィルメンテ派の代表で教導者なのだろう。ならば強いはずだ。僕様と戦え!」
そう斧を向けて宣言したところ、マーマリナの反応は唖然からの微笑みだった。
「模擬戦してほしいということですわよね。ふふっ。なるほど、バジゴフィルメンテ様の弟らしい要望ですわね」
ハッチェマヒオにとって聞き逃せない評価だったが、苦情を口にする前に、マーマリナの返答がきてしまう。
「わかりましたわ。謝罪料代わりに、模擬戦をやらせていただきますわ。わざと負けるなんて真似は、しなくて良いのですわよね?」
「当たり前だ! 全力でこい! 僕様の実力を確かめさせてやる!」
マーマリナは余裕な態度で、ハッチェマヒオは意気込んだ様子で、模擬戦が開始された。