120.言いがかり
ハッチェマヒオとトレヴォーソが、新入生の中で頭抜けて戦闘技量が高い。
それは何日かに一回ある、新入生だけでの戦闘訓練の時間で判明済みの事実だ。
では弱い新入生はというと、それはバジゴフィルメンテ式の天職の関り方を選んだ者たちだった。
弱い理由は明白だ。
従来法を選んだ生徒は、ごく短時間でも天職に身を預けることができる――天職の力を発揮できる。
逆にバジゴフィルメンテ式の生徒は、そう教えられているからか、模擬戦の中で天職に体を預けずに個人の実力だけで戦う――天職の力を発揮できないから。
天職の力を発揮した者は、そうでない者の防御を容易く突破できる。逆に攻撃を受ける場合は、一切傷を負うことがない。
この世界の道理に照らせば、バジゴフィルメンテ式を習い始めたばかりの新入生が勝てるはずもないと分かる。
そうして容易く負けてしまったバジゴフィルメンテ式の生徒たちを、勝った従来法の生徒が嘲る。
「へへっ。新しい方法とはどんなものかとおもえば、大して役に立たねえでやんの」
「さっさと諦めて、もともとの方法に戻せばいいのによお」
調子に乗る生徒たちに嘲られて、バジゴフィルメンテ式の生徒たちは悔しそうだ。
その光景を、ハッチェマヒオは見て、不快に感じていた。
(弱い相手が負けるなど、そんな『当たり前な事』の何が楽しいのだ。嘲るのならば、強いと思い上がっている者を実力で下し、見返してみせてやってからだろう・例えば入学から負けなしなバジゴフィルメンテを負かし、それを嘲ることができたのなら、極上の悦楽を得ることができるはずだ)
そうハッチェマヒオは考えつつ、自分の実力はそれに足りていないことも自覚する。
その足りない実力を補うために、嘲り続ける生徒たちの事は放っておいて、トレヴォーソとの模擬戦を始める。
勝手に模擬戦を始めた二人だが、周りからの干渉はない。むしろ『またやっているのか』という呆れ顔で見られている。
ハッチェマヒオはトレヴォーソとの訓練を通して、また一歩、天職に身を預ける極意に近づいた実感があった。
そんなことがあった次の日、ハッチェマヒオとトレヴォーソが上級生との合同訓練を行っていると、来客があった。
その来客とは、バジゴフィルメンテ式の方法を学んでいる上級生たちだった。
「昨日、うちの新入生が、そっちの新入生にコケにされたそうじゃないか。なら、言うだけの実力が、その先輩にあるのか確かめに来たぜ」
勝手な言い分に、従来法の上級生がどういうことかと混乱する。
その姿を見て、ハッチェマヒオは昨日新入生たちの間に起こった出来事を伝えた。
すると、上級生たちはバジゴフィルメンテ式の生徒たちに弁明を始めた。
「物を知らない新入生同士のことじゃないか。上級生側が出張ってくるようなことじゃないだろ」
「バジゴフィルメンテ式全体をコケにされたんだ。習い始めたばかりの者ではなく、それなりに方法を修めた者が実力を示すべきだろう?」
口ではもっともらしいことを言っているが、つまりは仕返しがしたいのだ。
ハッチェマヒオは、そう気づいて情けなくなった。
バジゴフィルメンテの派閥の者というのは、この程度の小物なのかと。
だがすぐに、ハッチェマヒオは自分の意見を撤回した。
(いや、バジゴフィルメンテらしいとも言えるか)
バジゴフィルメンテが実家に暮らしていたとき、天職の儀を行う前も後も、常に自分中心な行動をしていた。
自分第一で行動し、膨大な才能という余裕があるから他者に助けの手を伸ばす、そんな性格だった。
あの性格を考えれば、派閥の同士の技量を伸ばすために手を貸しても、その性格を矯正しようとはしないだろう。
それは自分の役目じゃないと言い切って、剣振りの訓練に戻っていく姿が、ハッチェマヒオの想像にはありありと浮かんだ。
そんな結論を出した後で、従来法の上級生たちの腰が引けていることに、ハッチェマヒオが気になる対象が移った。
その様子は、戦いたくないという意思がハッキリと見えるようだった。
それならと、ここまでの話の流れも勘案して、ハッチェマヒオはバジゴフィルメンテ式の上級生たちに声をかけることにした。
「バジゴフィルメンテ式をこき下ろしたのは新入生。つまりは僕様たちだ。文句を言うのなら、僕様にするんだな」
ハッチェマヒオが前に出ると、彼の上級生たちは獲物を見つけたような目になった。
「いい度胸だ。新入生を代表するっていうのなら、お前が俺らと戦え」
「いいとも。戦ってやる」
あれよあれよと模擬戦を始める流れになり、ハッチェマヒオとバジゴフィルメンテ式の上級生の一人が対峙することになった。