118.一日の終わりに
ハッチェマヒオとトレヴォーソは、上級生相手でも模擬戦で負けなしだ。
しかし負けなしといっても、真に連戦連勝はトレヴォーソだけ。
ハッチェマヒオの方は、格下の天職を相手にすれば快勝だが、同格や格上の天職を相手の場合は育んできた体力に物を言わせた持久勝ちが殆どだ。
そうした状況のため、実技の授業が終わると疲労困憊になる毎日を、ハッチェマヒオは送っていた。
「食わねば、体がもたん! おい、お代わりを持ってこい!」
ハッチェマヒオは、実家から連れてきた女性使用人に命じて、新たな料理の皿を持ってこさせる。
バクバクと料理を食べ進め、満腹の更に一歩先まで料理を腹に詰めていく。
周囲の視線は、食べ過ぎだろうと咎めるものが多い。
中には小声ではあるが「あんなに食べるから太るんだ」と、ハッチェマヒオの体型を詰る言葉もある。
それらの視線や声に対して、ハッチェマヒオは気にしない。
なぜなら、ハッチェマヒオは自分の体型を太っているとは思っていないからだ。
なにせ、単純に太っているだけの重たい肉体なら、同格や格上の天職を相手に粘り勝ちするような持久戦はできないという事実を、批判者はわかってないとすら思っている。
確かにハッチェマヒオの見た目は、大柄かつ腕も足も太くいため、太って見える。
しかし実際は、骨太な体型に重厚な筋肉がついているだけのこと。
量多く食事を取るのだって、厚い筋肉に栄養を行き渡らせ、さらに成長さるために必要な行為でしかない。
(下手に遠慮した量を取ると、夜に腹が減って間食を取らないといけないしな)
食料を詰め込んで膨らんだ腹を抱え、ハッチェマヒオは席を立つ。
「使い終わった食器は片付けておけ。部屋に戻るぞ、トレヴォーソ」
ハッチェマヒオが、使用人の後でトレヴォーソに声をかける。
すると食事を終えて静かに席に座り続けていたトレヴォーソは、言葉をかけられた直後にが立ち上がり、そしてハッチェマヒオの後ろについて歩き始めた。
そうして自室の部屋についたハッチェマヒオと、その隣の部屋の自室へと進むトレヴォーソ。
ハッチェマヒオが自室に入ろうとすると、トレヴォーソを部屋の中に入れた彼を世話する老使用人に呼び止められた。
「ハッチェマヒオ様。ここで改めてお礼を申しあげたく」
「なんだ、急に」
ハッチェマヒオが眉をひそめながら問いかけると、老使用人は目に感謝の念を浮かべて見つめ返してきた。
「トレヴォーソ様が健やかに学園生活を送れているのは、ハッチェマヒオ様のご尽力のお陰でございます。物を喋れぬ主に代わり、私めがお礼を言わねばと思いまして」
「ふんっ。感謝などしなくていい。僕様はトレヴォーソのことを友だと思っている。友の世話をするぐらい、普通のことだろうからな」
「トレヴォーソ様のことを友と口にしてくださることも、私めには大変に嬉しいことなのでございます」
「ええい、止めろ。僕様がやりたいからやっているんだ。感謝を欲しくてやっているんじゃない」
ハッチェマヒオは迷惑だと手振りで伝えると、さっさと自室へと引き上げて扉を閉じてしまう。
その後で制服を脱ぐと、濡れ手ぬぐいを用意して体を拭いてから、部屋着に着替える。
そうして一心地ついたところで、実技の疲れと満腹感とに導かれるようにベッドの上に寝ころんだ。
そのままウトウトと、就寝には至らないものの、仮眠にしては深い眠りに意識を他湯垂らせる。
少し時間が経ち、部屋の扉が開く音で、ハッチェマヒオは意識を眠りから覚醒させ起き上がった。
部屋に入ってきたのは、先ほど食堂で使用済みの食器の片づけを命じた、ハッチェマヒオを世話する使用人だった。
「起こしてしまい、申し訳ありません」
そう謝る使用人に、ハッチェマヒオは手振りで近くに寄れと命じる。
使用人は、部屋の扉を閉め、鍵をかける。その後で、ベッドに座るハッチェマヒオに近づく。
ハッチェマヒオは、その使用人へと右腕を伸ばした。
「今日も頼む」
「はい。精一杯、お癒し致します」
使用人は両手を上げると、ハッチェマヒオが差し出している腕を取った。そしてハッチェマヒオが座る横へと、腰を下ろした。
使用人はその座った状態のまま、ハッチェマヒオの腕に滑らせるように手を動かしていく。そしてある場所に差し掛かったところで、ぐっと指で腕を押した。そして続けて、ぐっぐっと押し込み始める。マッサージだった。
「ぐっ。やっぱり、斧を振り回し続けて、疲労がたまっているようだな」
「最近は同格以上の方とばかり模擬戦をしてますから、かなり体が傷んでいる様子です。揉み解しだけでなく、湿布をはる必要があるかと」
「あの湿布は臭いから嫌いなんだが、そうも言ってられないか」
「よりよく体を育てるためには、我慢も必要かと」
使用人に促されて、ハッチェマヒオはベッドの上にうつ伏せになる。
使用人はハッチェマヒオの背中に跨ると、ハッチェマヒオの発達した背中を指圧していく。
ハッチェマヒオの背中に、使用人の女性らしい尻と太腿の柔らかさが伝わってくる。
しかしその感触よりも、マッサージされている背中の気持ちよさの方が上だと、ハッチェマヒオは感じていた。
「はふう。父上には悪いが、君を連れてきてよかったと実感する」
この使用人は、元は執務仕事ばかりで肩こりが酷いオブセイオンが囲っていた『按摩士』だった。
ハッチェマヒオは、ある日に連日の訓練で痛めてしまった体を『按摩士』に治してもらって以降、度々世話になっていた。
そして学園でバジゴフィルメンテに勝つには、『按摩士』の癒しが必要だとオブセイオンを説き伏せて連れてきたのだ。
欲を言えば『治癒師』や『医者』の方が、体を癒し育てることに優れている。
しかしそれほどの貴重な天職は、流石の辺境伯領といえど、存在する数がとても限られる。
それこそ辺境伯権限だからと連れていったら、領民に暴動を起こされかねないほど貴重さだ。
つまり『按摩士』ぐらいが、ハッチェマヒオが我が侭を言って連れていける上限だった。
そういう打算はあったものの、ハッチェマヒオにとって『按摩士』が体に合っているという感じもしている。
学園の授業で怪我を負った際に『治癒師』の治療を受けた際、あっという間に傷は治ったものの、呆気なさと素っ気なさを感じてしっくりと来なかった。
単なる感じ方なので、なにかの意味があるというわけでもないだろう。
しかしハッチェマヒオは、多少時間がかかっても、施術の際の気持ちよさと疲労や怪我が治っていく感触がある按摩の方が好きだった。
「ハッチェマヒオ様。関節の可動域を伸ばす施術をしますので、少し痛いですよ」
「ああ、やってくれ」
ハッチェマヒオは使用人に体を預け、存分に按摩で癒された。