115.話題性
ハッチェマヒオは、自分と同じ新入生たちの会話を聞いて、苛立ちを覚えていた。
新入生たちが、ハッチェマヒオの事を悪く言っているわけではない。むしろハッチェマヒオは関係のない話題だ。
それにも拘らず苛立ってしまうのは、話題がバジゴフィルメンテが提唱する天職との関り方だからだ。
「なあ、お前らはどうするよ? 天職に身を任せるか、自分の意思で天職の力を出せるよう頑張るのか?」
「あの先輩の強さを見ると、自分の力でって方に興味が傾くよな」
「でも、もの凄い苦労するって噂だぞ。将来、実家で役割を貰える立場なら、従来の方法で学園を楽に卒業した方が良いんじゃないか?」
「そもそも、あの新しいやり方は、教えるのが先輩とはいえ生徒だろ。ちゃんとした教育を受けられるか、あやふやで怪しくないか?」
貴族家の子息子女は、バジゴフィルメンテの方法について、半信半疑といったところ。
しかし、平凡職を授かった子息子女に限ると、バジゴフィルメンテの方法に強い興味を持っているようだった。
「平凡職だと希少職には勝てないことが、常識だった。でも、自分の意思で戦うのなら、そうはならないって噂がある」
「俺も聞いた。バジゴフィルメンテ先輩のところの生徒は、『剣士』と『豪剣士』とがいい試合をしているって。天職に任せる状態だと、絶対に『豪剣士』が勝つはずなのにな」
「貴族なら強くあらないとな。やっぱり、新しい方法を学ぶべきだ」
加えて、平民階級出身者や不適職者の烙印を押されたものは、初っ端からバジゴフィルメンテの方法しか頭にない様子だ。
「希少職を得たって、平民が貴族の一門には入れはしないんだ。辺境で暮らして名を上げるのなら、少しでも強くなれる方法を選ぶべきだよな」
「どうせ将来苦労することがわかりきっているんなら、学生の内の苦労も背負ったところでってな」
「不適職者を詰ってきた親類たちに目にものを見せるには、これしか方法はない」
「バジゴフィルメンテ先輩の方法を学んで、強くなって、見返してやる!」
そんな感じで、新入生たちの話題はバジゴフィルメンテを中心にしたものばかり。
そのバジゴフィルメンテが注目されている状況に、ハッチェマヒオは面白くないのだ。
「バジゴフィルメンテめが語るまやかしに、踊らされてしまって、恥ずかしいとは思わないのか」
ハッチェマヒオが不満の声を漏らした。
すると、他の新入生たちの目がハッチェマヒオに向けられ、しかし直ぐに視線を外された。
その仕草は、まるでハッチェマヒオにかかわりたくないと言っているかのよう。
その理由について、ハッチェマヒオは分っていた。
新入生たちの間で、ハッチェマヒオがプルマフロタン辺境伯家の子息――バジゴフィルメンテの弟だという情報が知れ渡っているようなのだ。
加えて、ハッチェマヒオがバジゴフィルメンテを敵視しているという情報も伝わっているらしい。
つまるところ、これからお世話になるかもしれないバジゴフィルメンテ先輩の不評を買わないよう、バジゴフィルメンテと敵対しているハッチェマヒオから距離を取ろうという魂胆なのだ。
(ふんっ。バジゴフィルメンテめが、僕様のことを気にするはずもないっていうのにな)
バジゴフィルメンテは、実家で暮らしていた時から変わらず、超然とした態度を崩さない人物だ。
戦意を立ち上らせて戦うことはあれど、怒気を込めて怒声を放つバジゴフィルメンテの姿は、ハッチェマヒオは一度も見たことがない。
それどころか、常に笑顔を絶やさず、使用人にも平民にも優しい態度を崩さない。
一応、敵対者には冷たい対応を取ることもあるが、それは常識の範囲内に収まる態度でしかない。
押しなべて、バジゴフィルメンテは良くできた人物であるという評価ができる。
しかし、そんなバジゴフィルメンテだからこそ、ハッチェマヒオは敵愾心を抱えずにはいられない。
(あの、自分が強者だと信じて疑わない態度が気に食わない)
常に微笑んでいるのも、基本的には他者に優しいのも、対戦を快く引き受けるのも、敵対者を冷徹に対処するのも、バジゴフィルメンテが強者だという自覚があったうえでのこと。
その強者という看板を引きずり下ろすことができたとき、初めてバジゴフィルメンテの本性が見えるに違いない。
つまり今のバジゴフィルメンテの姿は、強者という仮面を被った偽物で、本性はその裏にある。
ハッチェマヒオは、そう信じて疑わない。
その本性を暴くためにも、ハッチェマヒオはバジゴフィルメンテに勝つ必要がある。
「そのための切り札になりそうだと、そう期待しているんだがなあ」
ハッチェマヒオが愚痴りつつ視線を転換させた先には、トレヴォーソの姿。
トレヴォーソは、相変わらず無表情のまま、何処を見ているのか分らない目つきをして、自発的に動こうとする素振りがない。
自分の意識では動かず、天職が周囲から受ける刺激によって動く様子は、不気味に感じてしまう。
(常に体を天職に預けることが、王宮に採用される条件とは聞いているが。こんな調子の人物が、王宮にはゴロゴロいるっていうのか?)
ハッチェマヒオは、そんな風な場所を想像してみるが、薄ら寒い光景にしか感じない。
だが同時に、国を営むのには適しているのではないかとも感じた。
(天職によって動かされるということは、仕事に私心が入り込む余地がないということ。国を健全に治めるには、私心なんて無い方がいいはずだ)
ハッチェマヒオの父であるオブセイオンは、私心の塊のような人物だ。
そのオブセイオンの統治だからこそ、プルマフロタン辺境伯領の民はオブセイオンを領主として認めていない。
翻り、私心なき統治を行えば、民はその統治者を歓迎するに違いない。
そんな風にハッチェマヒオが結論付け、やっぱり天職に身を任せることこそが最上であるという思いを新たにした。
「となれば、僕様もトレヴォーソのように、常日頃から天職に身を任せる時間を取るべきかもしれないな」
さしあたっては、授業が始まるまでの空き時間に試みてみようと、ハッチェマヒオは決意して実行することにした。