114.新入生の授業
学園で授業が開始する日の朝、ハッチェマヒオは不機嫌だった。
なぜなら前日に、貴族寮の隣の部屋がトレヴォーソであり、その世話役のような役目を負わされたからだ。
なぜ世話をしなければならないのかというと、トレヴォーソに生活不適合者という判断が下されたからだ。
「日常生活中ぐらいは、天職に身を任せるのを止めてもいいだろうに」
ハッチェマヒオは愚痴りながら、食堂で食事をとる。
対面には、ここまで連れてきたトレヴォーソがいて、無表情のまま食事に手を付けている。
ハッチェマヒオとトレヴォーソは、それぞれの使用人に料理を配膳してもらいながら、食事を食べ進めていく。
トレヴォーソは、天職『大剣豪』が体を動かしているだけあり、食材を切り分けるナイフ捌きと、食材を突き刺すフォーク捌きは、目を見張るほどに上手。ただし、その他の食事の作法に関しては、可もなく不可もない動きだ。
その綺麗な動きとそうじゃない動きとの差が激し過ぎることと、その無表情な顔に、ハッチェマヒオにはトレヴォーソが仕方なしに食事をしているようにしか見えない。
「同席する甲斐のないヤツめ」
軽い貶し言葉を放っても、トレヴォーソに反応らしい反応はない。
ハッチェマヒオは団欒を諦め、食事に集中することにした。
ハッチェマヒオは大柄で恰幅も良い。その体格を保つために、多くの食事を必要とする。
使用人にお代わりを持ってこさせながら、バクバクと食べ進めた。
ハッチェマヒオが満腹になるまで食べ、トレヴォーソは自己の使用人が配膳した文を食べきってから、食堂を出て教室へと向かう。
教室の前で使用人と分れると、ハッチェマヒオはトレヴォーソの腕を掴んで引っ張り、教室の席に座らせた。
担当教師がやってきて、午前の授業が始まる。
ハッチェマヒオは、しっかりと授業内容を学んでいく。
だが、トレヴォーソの方は無表情で座っているだけ。とても授業内容を覚えようとしているようには見えない。
午前中いっぱい、トレヴォーソはそんな調子だった。
昼食の後に午後の授業――実技になった。
ハッチェマヒオは、使い慣れた手斧に近い感触の模擬斧を手に取りつつ、トレヴォーソ用の模擬剣を選んで渡してやった。
「まったく、手がかかる」
愚痴りつつ、運動場に新入生の集まりへと合流する。
その後で、運動場には新入生とその教師以外の人物が居ることに気づく。
その人達は、年の頃はハッチェマヒオと同じぐらいだが、身に着けているのは使い込まれた運動着――要は上級生だった。
そして上級生の一人に、つい先日に見た顔があることに、ハッチェマヒオは気付く。
「バジゴフィルメンテ……」
一番に乗り越えるべき相手を目にし、手に戦うための道具があることで、ハッチェマヒオの心に戦意が沸き上がる。
しかし、幼い頃のように、意味もなく突っかかりには行かない。
それに予想が合っていれば、これからバジゴフィルメンテと戦う機会はあるはずだと、ハッチェマヒオは逸る気持ちを抑えた。
そんなハッチェマヒオの逸る気持ちに促されるかのように、午後の授業が始まった。
まずは教師からの言葉だ。
「これから君たちには、二つの道のどちらかを選択してもらう。一つは、天職に身を任せることに長じる道。もう一つは、自分の意思と技量とで天職の力を引き出して使う道。既に君たちは学び始めているため、前者の道は容易いだろう。だが逆に、後者の道は一から学び直す必要があり、険しい道のりとなる。どちらの道も、自分に合わないと感じれば、もう一つの道に移行することは何時でも可能だ。だが、よく考えてから選んでほしい」
教師は言い終わると、手でバジゴフィルメンテに前に出るようにと促した。
バジゴフィルメンテは素直に前に出ると、新入生たちに向かって発言し始めた。
「天職に身を任せる方法で問題ない人は、そのままで構わないよ。ただし、身を任せる方法に違和感を抱いて居たり、そもそも上手く身を預けられない人は、僕らが提唱する意思と技術で天職の力を引き出す方法が合って居るはずだ。特に、不適職者、なんて蔑まれてきた人なら、こっちの方法が合っていると保証するよ」
不適職者と言葉を告げた瞬間、生徒の中で数人が身を固くしたことを、ハッチェマヒオは感じた。
(バジゴフィルメンテと同じ不適職者が、学園に入学できているのか?)
バジゴフィルメンテが不適職者であっても学園に入学できたのは、天職が『剣聖』という希少戦闘職であったことと、王子に力量を認めてもらったためだと、ハッチェマヒオは思っていた。
(なら学園にいる他の不適職者も、バジゴフィルメンテと同じぐらいの強者なのだろうか)
ハッチェマヒオは、そう疑って、さっき身を固くしていた生徒を観察する。
しかし、どの生徒もハッチェマヒオが簡単に勝てそうな相手で、とても強者には見えない。
認識と現実との齟齬に、ハッチェマヒオは内心で首を傾げる。
そうしている間にも、バジゴフィルメンテの言葉は続いていた。
「従来の方法を否定するような話だから、とても信じられないと思う。だから、実際に僕たちが、本当に天職の力を引き出せている様子を見せるよ」
バジゴフィルメンテが手振りすると、他の上級生が動き出し、それぞれが用意していた演武を始めた。
上空へ火の魔法を放ったり、助手によって軽く投げられた石を手足の攻撃で砕いてみせたり、壊れた金属鎧を双剣で細切れにしたりする。
どの演武も天職の力無しには達成できないように見えるが、上級生たちの表情は溌溂としていて決して無表情ではなない。その表情は、天職に身を預けていない証明だった。
そのため新入生たちは、バジゴフィルメンテの発言が本当であると見直した様子に変わっていた。
そうした演武の後で、バジゴフィルメンテがとんでもないことを言ってきた。
「天職の力を発揮している人は、同じく天職の力を発揮している人か魔物の攻撃でないと傷つかない。その性質は知っているね? 知っているようなら、話は早い。君たちの誰か、僕を本気で攻撃してみて。もちろん、天職に身を預けないようにしながらね」
そう言われてもと、新入生たちは困惑顔になっている。
それもそうだろう。
本人が大丈夫だと語っても、例え使うのが模擬武器だとしても、本気で殴りつけるには覚悟がいる。
だが、ハッチェマヒオにとってみれば、これは千載一遇の機会だった。
「じゃあ、僕様が相手をしてやる」
ハッチェマヒオが挙手しながら、バジゴフィルメンテの前に立ち、手にある斧の模擬武器を握りしめる。
ハッチェマヒオが戦意一杯な様子なのとは裏腹に、バジゴフィルメンテは相変わらずのニコニコ笑顔だ。
「思いっきり殴って良いからね」
「言われなくとも!」
ハッチェマヒオは、力の限りバジゴフィルメンテへと斧を振るった。
思いっきり踏み込み、全身の力を使って、斧の刃を叩きつけるようにしての、技術のない力任せな一撃。
ハッチェマヒオは、この攻撃を放ちながら、バジゴフィルメンテの様子を観察していた。
バジゴフィルメンテは、ハッチェマヒオの体の動きと斧の動かし方を見て、これなら平気だと言いたげに攻撃を体で受け入れる体勢をとった。
ハッチェマヒオの斧がバジゴフィルメンテに命中。
その瞬間、ハッチェマヒオに感じられたのは、分厚い何かに攻撃の威力を全て吸い取らたような手応えだった。
まるでバジゴフィルメンテの直前で急停止させられたような感覚に、ハッチェマヒオは覚えがあった。
(天職に体を任せないときに、魔物を殴った時と同じ)
ハッチェマヒオは、本当にバジゴフィルメンテが天職の力を発揮していると理解して、さらに連撃を放つ。
その全ての斧の攻撃が、先ほどと同じような手応えの後で、バジゴフィルメンテを傷つけることは叶わなかった。
最終的には、バジゴフィルメンテが素手でハッチェマヒオの斧を掴んで、実演は終了になった。
「天職に体を任せなくても、同じようなことはできると分って貰えたはずだ。技術を修めるのは少し大変かもしれないけど、学んでみたいって人には丁寧に教えるから、選択肢の一つとして考えてみてね」
バジゴフィルメンテは新入生たちに声をかけると、斧から手を離した。
ハッチェマヒオは、口惜しい気持ちを抱えながら、新入生の集まりに戻る。
(バジゴフィルメンテに、僕様の攻撃は見切られていた。やはり『斧術師』に体を任せきらない限り、勝ち目はない)
ハッチェマヒオは、自分とバジゴフィルメンテの実力差を感じつつも、勝ち目がないとまでは考えなかった。