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104.お話合い

 兵士は、目の前の光景が信じられなかった。

 粗末な武器を持つ、貧民街の襲撃者たち。

 その多数を前に、学園の男子生徒は、腰にある剣を抜かずに、素手で戦っている。さらに言えば、常に笑顔を絶やさないことから分るように、天職に身を委ねているわけでもない。

 いわば素の状態と言えるのにも関わらず、男子生徒は襲撃者一人につき一発の打撃で昏倒させている。

 圧倒的な光景に、兵士は見惚れてしまっていた。

 そんな兵士に、男性生徒が笑顔で振り向く。


「捕縛、お願いしてもいいですか?」

「は、はい!」


 兵士は思わず、上官に対するような声で返事をしてしまった。

 しかし、それを恥ずかしいとは思わなかった。

 むしろ当然のように感じていた。

 恐らく、あまりの男子生徒の強さに、自然と敬意を抱いてしまったんだろう。

 兵士は、そう自己分析しながら、気絶している襲撃者たちの手足を縄で縛っていく。

 その作業の中で、この場に残った方の同僚が、言葉を耳打ちしてきた。


「なあ、気付いているか?」


 兵士はなんの事かと目を向けると、さらに声を潜めてきた。


「もしかしてと思っていたが。あの男子生徒な、噂のバジゴフィルメンテだぞ」


 その人名を聞いて、兵士はどこかで聞いた名前だなと、自分の記憶を探った。

 そして遅ればせながら、あの男子生徒の正体に気付いた。


「生徒なのに変な教育を広めていて、学園で横暴に振舞っているって、あの噂の?」

「そうだ、そいつだ」


 兵士は、改めて男子生徒――バジゴフィルメンテへと顔を向けた。

 兵士たちの作業を急がせることもなく待ち、周囲を警戒している。

 その姿からは、噂からはほど遠い人物のように見える。

 ただ唯一、バジゴフィルメンテの強さだけについて、兵士は理解していた。


(この生徒が横暴に振舞うに足る実力者なのは間違いない)


 なんて考えていたところで、また新たな襲撃者たちがやってきた。

 襲撃者たちは、仲間を縛っている兵士に目もくれず、バジゴフィルメンテへと襲い掛かる。

 この段階で、兵士にバジゴフィルメンテへの心配はなかった。

 あっさりと一人一発ずつの打撃で、襲撃者全員を昏倒――いや、一人だけ意識を保っている者がいた。

 しかし、その唯一の人物も、よほど腹部を強く殴られたようで、痛そうに腹を押さえながら蹲っていた。

 バジゴフィルメンテは、その人物の傍らに落ちている剣を拾い上げ、しげしげと剣の品質に目を向けている。


「貴方だけ、装備が良いんだよね。僕を襲うように命じた組織の構成員じゃないかな?」


 バジゴフィルメンテの何気ない口調での問いかけに、腹を押さえていた襲撃者が身を固くする。

 その反応は、兵士の目から見ても、その襲撃者は貧民街の犯罪組織の構成員で間違いないという証明だった。

 バジゴフィルメンテは笑顔を深め、その襲撃者の肩に手を置いた。


「どこにアジトがあるか、教えてくれるよね?」

「だ、誰が――アッツ!」


 急に襲撃者が身を捩り、顔に苦痛の表情を浮かべる。

 兵士が見る限り、バジゴフィルメンテは相変わらず肩に手を置いているだけだ。

 何が起こっているか分らない兵士をよそに、バジゴフィルメンテの尋問が続く。


「教えて、くれるよね?」

「肩が、肩が壊れ、ああぐううう!」

「君の肩に、アジトがあるわけじゃないよね?」

「い、言うもんか、あぐうぅ!」


 よほど痛いのか、襲撃者の目からポロポロと涙が滴り始めた。

 その後もバジゴフィルメンテの尋問は続き、少しして襲撃者は心が折れたようでアジトの場所を口にした。



 兵士は、先を進むバジゴフィルメンテに続きながら、同僚と小さな声で会話する。


「アジトの場所を聞き出したってことは、そこを襲撃する気なんだよな。止めた方がいいか?」

「どうだろうな。いざというときのために、逃げ道を確保することに集中するべきじゃないか?」

「強いって言っても、学生だぞ」

「強いよな。俺たちよりも確実に」


 そうした内緒話をしている間に、聞き出したアジトにたどり着いてしまった。

 犯罪組織の建物は、ここら一帯にある建物の中では一番立派な建物。

 造りを見るに、元は大型の商店だったものを住居に改造したようだ。

 そのアジトの玄関は、まるで来るものを拒むように、分厚く見える木の扉がはまっていた。

 兵士が、どうやって開けようかと考えていると、バジゴフィルメンテが動き出した。

 バジゴフィルメンテは玄関に近づくと、足の裏で分厚そうな木の扉を蹴りつけた。

 ノック代わりの軽い蹴り――に兵士には見えたが、実情は違った。

 バジゴフィルメンテのその蹴り一発で、アジト建物が大きく揺れて、玄関扉が建物の中に向かって吹っ飛んでいった。


「開いたから、中に入るよ」


 その発言の通りに、バジゴフィルメンテはスタスタと建物の中に入っていく。

 信じられない光景に、兵士と同僚は固まっていた。だが、建物から怒号が聞こえてきて、慌ててバジゴフィルメンテの後を追った。

 建物の中に入ると、既にバジゴフィルメンテと犯罪組織の構成員たちの戦闘が始まっていた。

 構成員たちは、犯罪組織の装備らしき、金属製の武器を手にしている。

 剣、短剣、鉈、斧、そんな感じの物を、それぞれ一つは手に持っている。

 一方でバジゴフィルメンテは、相変わらず腰から剣を抜かないままの、素手の状態。

 その上、構成員たちは戦闘に慣れているようで、無表情――つまり彼ら自身の天職に身を任せている状態だ。

 一方でバジゴフィルメンテは、先ほどまでと変わらない状態――天職に身を任せていない様子だ。

 そんな両者が戦う姿を見て、兵士はこう感想を抱いた。


(これ、戦闘じゃなく、蹂躙だな)


 もちろん、蹂躙している方は、バジゴフィルメンテだ。

 構成員が武器を振りかざして襲ってくるが、バジゴフィルメンテはひらりと避けて拳を一閃。

 急所に攻撃を食らった構成員は、道端で襲ってきた襲撃者たちと同じように、その一発で昏倒する。

 他の構成員が、気絶した仲間を踏みつけながら攻撃するも、バジゴフィルメンテは同じように対処してみせた。

 そんな風に構成員を倒しながら、バジゴフィルメンテはどんどんと建物の奥へ。

 そうして、一階の奥まった場所にあった部屋――玄関扉のように分厚い木の壁がある場所にたどり着く。

 バジゴフィルメンテは、当たり前の行動のように、扉を蹴破ってから中に入る。

 その瞬間、左右から刃が伸びてきたように、兵士の目には見えた。

 部屋の手前側の壁際に、中に入ってきた人を刺そうと待ち伏せしていた人がいたんだ。

 そう兵士が気づいたときには、刃はバジゴフィルメンテに届きそうなほどに接近していた。

 これでは引き戻すのも間に合わないと、兵士は護衛対象を守れなかったと後悔する。

 しかし、そうはならなかった。

 バジゴフィルメンテが一歩前に進み、その場でくるりと回る。すると、左右から出てきた刃が刺さらずに通り過ぎた。

 その直後、バジゴフィルメンテとは違う悲鳴が二つ上がった。


「ぐあぅ!」「ぎえっ!」


 悲鳴の後で、左右からバジゴフィルメンテの背後へと、二人の男性が現れる。

 その二人はお互いの急所に剣を刺し合った姿をしていて、ばたりと床に倒れた。

 どうやらバジゴフィルメンテが躱した際に、勢いづいた剣が互いの仲間を貫いてしまったようだ。

 今日初めての死者に兵士が驚いている間に、バジゴフィルメンテは部屋の中頃まで進み入っていて、その先にいる誰かに話しかけていた。


「こんにちは。僕に会いたがっていると聞いて、会いに来ました」

「学園の制服、黒髪で長髪の男のガキ! お前か!」


 会話の最中に、兵士と同僚は部屋の中に入り込む。

 バジゴフィルメンテと向かい合っているのは、筋骨隆々の体に多数の切り傷の古傷を持つ男性。高級そうな机の向こうにいて、革張りの椅子に座っている。恐らくは組織のボスだろう。

 そのボスらしき男性は、無傷のバジゴフィルメンテと部屋の出入口で死んでいる仲間を見て、現状を悟った顔になった。


「チッ。手を出しちゃいけねえヤツに、手えだしちまったってわけか」


 ボスは、机から小瓶とグラスを取り出す。小瓶の中身は酒のようで、グラスに注いでいく。

 ボスはグラスの酒を一呷りすると、バジゴフィルメンテを睨みつけた。


「用件はなんだ。俺の命か?」


 その問いかけに、バジゴフィルメンテが首を傾げる。


「僕に用があるのは、そちらでしょう?」

「なんだと?」

「僕がどこにいるかわからないから、学園の生徒を襲わせようとしたんでしょ?」


 ボスは、言われたことが分らないという顔をしていたが、考え込む素振りの後で合点がいったという表情に変わった。


「ああ、そうだな、その通りだ。俺は、お前に用があった」

「用件を聞くよ。なんの用?」

「貧民街から人をたくさん連れ出しやがって。お陰で、俺の組織を含め、この街の犯罪組織の実入りが減った。どうしてくれる」


 ボスが破れかぶれという態度で苦情を口にすると、バジゴフィルメンテは再び首を傾げた。


「僕が連れ出したわけじゃないよ。それは別の貴族の子の仕業だよ」

「あん? お前さんだろ、天職を自力で扱うっていう、変なやり方を教えていたのは」

「それは合っている。けど、連れ出したのは僕じゃない。身近な関係者ではあるけどね」

「……なら、こちらの勘違いだってのか?」

「僕だと誤解するような情報を掴まされた、って覚えはない?」

「そいつは、どうだろうな」


 ボスは、言葉の上では惚けてみせた。

 しかし兵士は、犯罪者の取り締まりをやった経験から判断するに、ボスの言葉には嘘のように感じた。


(嘘の情報を渡してきた相手に、心当たりがあるんだろうな)


 そう兵士が感じたのと同じことを、バジゴフィルメンテも思ったのか。

 バジゴフィルメンテは、ボスににこやかに語りかける。


「誤解が解けたようで安心したよ。それで、どうする?」

「どうするって、なにがだ?」

「学園生徒っていう、貴族の子供に手を出そうと考えるほど、この貧民街の犯罪組織たちって困窮しているんだよね。このままだと、金欠で潰れるんじゃない?」

「……そうはならねえよ。他の組織をぶっ潰せば、生き残れる」

「なるほど。入ってくる金が少ないのなら、その金で賄えるまで数を減らせば良いってわけね」


 バジゴフィルメンテは、うんうんと頷いた後で、更なる提案を口にする。


「犯罪組織で荒事ができるなら、辺境で冒険者になったらどう? 後ろ暗い真似しなくて良くなるよ?」

「ケッ。そんな気概がありゃあ、こんな場所で暮らしてねえよ」

「それは貴方が? それとも手下の人たちが?」

「どっちもだ。ひと様の役に立とうなんて考えねえからこそ、俺らは犯罪組織に身を置いてんだ」


 悪党なりの矜持なのだろう。兵士としては、全く賛同できない考えだが。

 だがバジゴフィルメンテは、その理由に十分満足できたのか、あっさりと身を翻して、部屋を出ようとする。

 兵士と同僚は、血も怪我も水に終わった犯罪組織のボスとの邂逅に、混乱しながらバジゴフィルメンテの後を追った。


「あの、放っておいていいんですか?!」


 同僚が質問すると、バジゴフィルメンテは相変わらずの笑顔で答える。


「お話合いは終わったからね。あの人が主導して、他の犯罪組織も大人しくなるはずだよ。これで学園の生徒が街中で狙われることはなくなるだろうから、僕の役目は終わり――」


 バジゴフィルメンテは言葉の途中で、少し考える素振りの後で、再び口を開く。


「――マーマリナとアマビプレバシオンが頑張りすぎて、他の犯罪組織を壊滅させている可能性もあるか。でもその場合でも、学園の生徒が襲われることはなくなるから、やっぱり僕たちの役目は終わりになるね」


 バジゴフィルメンテの言葉を受けて、兵士と同僚は顔を見合わせる。


「そういえば、あっちの状況はどうなってんだろうな」

「流石に壊滅までは、させてないだろうけど」


 後の報告が怖いという思いを抱いて、兵士は同僚と共に犯罪組織のアジトの玄関を出ようとする。

 その直前、唐突に『バギャギン』と不可思議な音が響いた。

 兵士が音のした方向――建物の外へと目を向けなおす。

 すると、今まで抜かれていなかった剣を手に立つ、バジゴフィルメンテの姿があった。


「なにが――」

「建物の中にいて!」


 バジゴフィルメンテに鋭く命じられて、兵士も同僚もその場で動けなくなった。

 そのまま、十秒二十秒と過ぎていき、百秒手前でバジゴフィルメンテは警戒を解いた様子になる。


「ごめんね。建物から出た瞬間に、弓矢で狙われてね」


 兵士の方に笑いかけながら、バジゴフィルメンテは足元にあった矢を拾い上げる。

 その矢は、金属の矢じりから尾羽にかけて真っ二つになっていた。

 先ほどの音はバジゴフィルメンテが矢を斬った音なのだろうと、兵士は納得した。

 それと同時に、犯罪組織の構成員を全て素手で倒していたバジゴフィルメンテが、剣を抜いて対処した矢に関心を抱く。


(射手は、少なくとも犯罪組織の構成員以上の腕前ってことだよな)


 それほどの人物に狙われる理由がわからないのか、バジゴフィルメンテは剣を右手に携えたまま、左手で拾った矢に困惑した視線を向けていた。

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― 新着の感想 ―
暗殺者ではないので、気配を辿れば殺れるのだろうか あるいは弓の天職には気配遮断まで備わってるのかな
こんばんは。 まぁひょっとしてひょっとしなくても、貴族連中の手のものでしょうなぁ射手は。
潰しあってバジゴフィルメンテが倒れればよし ダメなら始末、したかったんだろうねえ 本当に相手が悪い
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