103.護衛要望
王都で勤める男性兵士は、ある日、変な命令を受け取った。
「学園の生徒が貧民街を歩くので、その護衛でありますか?」
思わず聞き返したところ、同僚の兵士たちもそれが聞きたいという顔になる。
一方で、兵隊長は困り顔になった。
「なんでも、貧民街の荒くれ者が、学園の生徒を狙っているという噂があってな」
「その荒くれが手出しできないよう、我々が守るということですか?」
話の流れからするとそうだろうと予想して質問したのだが、兵隊長の困り顔は続いている。
「いや。護衛というのは名目だけで、我らの役目は、証人と襲ってきた荒くれ者どもの逮捕だ」
「護衛が名目ってなんです? それと証人?」
意味不明だと首を傾げると、兵隊長は溜息交じりに詳しい事情を話してくれた。
「血気盛んな生徒がいてな。狙ってくるのならばと、自分から動いて誘い出そうとしているらしい。そして出てきた荒くれ者が襲ってきたら、返り討ちにして捕縛する気でいるようだ」
「つまるところ、その生徒は自分で倒すから護衛は要らないけど、正当防衛の証人として兵士を貸して欲しい、って言ってきたってところですか?」
「兵士を付けるのは、学園長の発案らしい。元は、その生徒が全て片付ける予定だったようだ」
なんとも、ぶっ飛んだ作戦を行おうとする生徒だと、兵士は呆れた。
でもそれが役目ならと、兵隊長と兵士たちは、貧民街に行くという生徒の護衛をするために、集合場所へと向かった。
集合地点にいたのは、三人の学園の制服を着た男女。
男性一人、女性二人。
男性は、すらりとした身長の、長い黒髪を後ろで束ねている美男子で、腰には安物そうな二つ剣を下げている。
女性の片方は、赤い短髪をした胸元が薄い美人で、鍛えられて筋肉がついた両手両足に装甲を付けている。
女性のもう片方は、長い金髪を持ち、長い前髪で碧眼の片方が隠れている。顔の半分が隠れているのに目の覚めるような美人で、豊満な胸元と合わせ、兵士の目に毒な絶世の美女。腰には装飾が綺麗な剣を二本下げている。
その生徒たちを見て、兵士が思ったのは――
「生徒って、一人じゃないのか」
――と、別の兵士が口にした言葉の通りの感想。
それにしても、この生徒たちは誰なんだろうと、考える。
兵士を護衛にとは学園長からの要望という話だったが、兵士側は基本任務じゃないからと拒否可能だったはず。
それにもかかわらず、護衛任務に従事する命令が出るということは、この生徒たちはやんごとなき身分なのだろうか。
そう兵士が考えていると、近くにいた同僚が口を耳に寄せてきた。
「あの男子は、学園の大会で卒業生複数人に圧勝したやつ。あの金髪の女子は、王の姫様だ。赤髪の子は、ちょっとわからん」
その言葉に、兵士は納得した。
金髪の姫様なら、兵士が護衛に着くのも当然だなと。
生徒三人と共に、兵士たちは貧民街にやってきた。
ここで生徒たちは、三方向に分れて進むらしい。
「姫様。護衛の人数を分けるのは」
そう兵隊長が苦情を言うと、姫様は分っているとばかりに頷きを返した。
「では、私と彼女の護衛を厚めに。彼の護衛は薄くでどうでしょう?」
兵隊長は少し考えて、了承した。
その後で兵士は、男子生徒の少ない護衛という任務を、兵隊長から与えられた。
野郎の護衛という、目に楽しくない役目に、兵士とその他二名が肩を落としたのは仕方がない仕草だ。
その仕草を見られていたようで、分れて歩き出して少ししたところで、男子生徒は苦笑いに近い表情で謝罪してきた。
「申し訳ないね、貧乏くじを引かせる形になっちゃって」
「いえ、そんな」
兵士が慌てて否定したが、バジゴフィルメンテの次の言葉に固まることになる。
「予想では、僕のところに襲撃者が多く来るはず。だから、お三方には色々と手間を取らせちゃうと思うんだ」
何を言われたのか、兵士も同僚たちも瞬間的には理解できなかった。
しかし、すぐに理解させられることになる。
男子生徒の前に、ボロボロの服を着た、垢だらけの浮浪者が複数人立ちふさがってきたからだ。
「おい、お前。その服。学園の生徒だな」
獲物を見つけたとばかりに、目をらんらんと輝かせながらの問いかけ。
よく見れば、浮浪者たちの手には、折れた木材や陶器の破片などの武器が握られている。
「おい!」
兵士が制止を呼びかけようとするが、それよりも浮浪者たちが動き出す方が早かった。
浮浪者たちは一斉に走り出し、男子生徒へと襲い掛かる。
兵士は、対処に遅れはしたが、自分の天職に身を任せようとする。同僚たちも同様に、表情が抜け落ちていく。
しかし兵士と同僚たちが天職に身を任せきるより先に、男子生徒が迎撃に動き出していた。
その男子生徒の身動きは素早く、襲い来る浮浪者たちを腕振り一発ずつで、それぞれ昏倒させてしまった。
「……はぁ?」
兵士は目の前で起こった事が信じられなくて、思わず天職に預けかけていた体を取り戻してしまっていた。
そうして驚いている兵士に、男子生徒は笑顔で振り向いた。
「この人達の捕縛、よろしくお願いいたしますね」
「お、おう」
兵士は、自分の役目を思い出し、腰から編み縄を取り出すと、その縄を解いてから襲撃者たちの手足を拘束していく。
一通り終わったところで、襲撃者たちの人数を見て、どうしようかと悩む。
学園生徒を襲ったからには、この襲撃者たちは逮捕拘束の後に取り調べをしないといけない。
しかし兵士の数は、同僚たちも合わせて三人しかいない。
三人でなら、この人数の襲撃者でも近所の詰め所に運ぶことは出来るだろう。
だがそうなると、男子生徒の護衛が居なくなってしまう。
「仕方がない。応援と荷車を呼ぶぞ」
兵士が主導して、同僚の一人を詰め所へと走らせることにした。
その同僚へ、男子生徒が要望を伝えてきた。
「人を運ぶものを、できるだけ多く持ってきてください。これからも襲撃者は沢山来るはずなので」
ニコニコと笑いながら、物騒なことを言ってきた。
同僚は、どうするんだと、視線で問いかけてくる。
兵士は、少し考えてから、言われた通りにしろと身振りし、同僚を行かせた。
どうして兵士が男子生徒の言葉を受け入れたのかというと、こちらに走って近づく多数の足音が耳に入ったから。
その足音は時を経るに従って大きくなり、そして兵士たちの前に姿が現れた――新たな襲撃者だ。