100.悪巧み
学園で、バジゴフィルメンテ式の天職を扱う訓練方法が、新たな学園長の下で大っぴらに許可された。
『賢王』が主導してのことだが、そのことに不満を持つ者もいる。
神に祝福された土地を領土とする、神地貴族たちだ。
王都の貴族街にある館の一つに、バジゴフィルメンテの存在を許容できない貴族当主が集まり、秘密の会合を開いていた。
「彼奴が新入生のときの卒業大会。あの強さには目を見張った。あれのどこが、不適職者なのだとな。だが奴が天職に身を任せず、それどころか天職を意のままに操っていると知り、神を恐れぬ所業だと震えた」
貴族の一人が口火を切ると、続々と他の面々が言葉を発し始める。
「天職とは、神の慈悲で与えられる力。それを自分の意のままにしようとするのは、神を操ろうとする蛮行に他ならない」
「土地に神の祝福がない辺境で生まれ育った者は、神への敬いを持たぬと聞くが、神への畏れもないと見える」
「だが、あやつだけなら、未だ許容できた。単なる一個人の暴走だとな。しかし学園では、次々と同じ真似をしている者が現れている。これは由々しき事態だ」
「学園に通う生徒の多くは貴族の子息子女だというのに、個人の強さに目がくらんで怪しげな方法に身をやつすなんて、分別のない者が多すぎる」
口々に、バジゴフィルメンテを、そしてバジゴフィルメンテが提唱する訓練方法を罵倒する。
その中で、とある貴族が恐怖混じりの声を放った。
「過日の王は、神に無礼な要求をしても、それは国や民のことを思ってのこと。だから神は、天職を戦闘職だけでなく生産職を含めることで罰となさった。では、天職を神の恩恵と捉えない、あの馬鹿どもの行動にお怒りになられたら、いったいどんな罰が待っているのか」
心底神が恐ろしいと語る言葉を受けて、別の人物からの言葉が重なっていく。
「もしも、天職の扱いが悪いからと、天職を取り上げられてしまったら、世は大混乱に陥る。切り開いた辺境は再び魔物に取り返され、そして失地を回復する機会も得られなくなる」
「天職という人生の道しるべを失えば、全ての人が将来に迷う。悩み多き人生を送ることになるぞ」
「天職だけなら、まだよい。神が怒りに怒り、土地の祝福まで取り上げられでもしたら、人は生きていけなくなる」
「種を撒けば自然と豊作になる祝福された土地に比べ、祝福のない土地では必至に管理せねば凶作になるという。そんな土地ばかりになってしまったら、今の人口はとても支えられん」
「そうなれば、あとは奪い合いだ。その際に天職を失っていたのならば、土地を守る戦力もなくなる」
嫌な予想が積み重なり続け、会合の貴族たちの顔の沈鬱度合が深まっていく。
「一刻も早く、馬鹿な真似は止めさせねば」
「だが『賢王』は、不適職者を戦力にできる唯一の方法だと、あやつの方法を学ぶことを奨励している」
「不適職者など、全員殺してしまえば良いのだ。手を下すのが嫌だというのなら、辺境に送って魔物に始末してもらえばいい」
「そも『賢王』の、この判断は正しいのか。再考を要望するべきでは」
「教会に掛け合い、バジゴフィルメンテを神敵認定させ、それを公表するというのはどうか?」
「天職を意のままに操る方法が、神の意に沿っているはずがない。つまりバジゴフィルメンテは、神の意に反する神敵というわけだな」
「教会の者たちは、神の目と手足になるべく働く者たち。神敵認定などは、神がそう告げでもしない限り、やろうとはせんよ」
「教会の者とて人だ。物も食べれば、金への欲もあろう。そこを突けば、出来得るのでは?」
「止めろ。神の膝元といえる教会で悪だくみを行えば、それこそ神罰が下るに違いないぞ」
会話が二転三転していくが、その中で常に貴族たちの心にあるのは、神への恐怖。
しかし、その心の芯にあるものは、神への畏敬ではなく、神の祝福を失った際に被る損害を恐れる気持ちのようだ。
そんな利己的な欲求からくる恐怖から、話し合いは変な方向へと進む。
「バジゴフィルメンテの方法が、従来の天職に身を任せる方法より優れていると勘違いされているのは、あやつが強いからだ。その強さを失墜させることができたのなら、やつの方法を学ぼうとする者は減るはずだ」
「それが出来たら苦労せん。卒業生との模擬戦でも、辺境での課外授業でも、奴は実力を証明してみせた」
「奴は、学園に入る前に、白髪オーガを殺した者だ。生中な実力者や、木っ端魔物では、相手にならないのは当然のこと」
「つまり、オーガよりも手強い相手をぶつけると? そんな実力者が、どこにいる?」
「分かっておらんな。過去に現れた希少な戦闘職は、誰の持ち駒だったか思い出せ」
「多くは、王族を守る騎士団に入っていると、記憶している」
「他は、平民出身なら辺境に流れ、貴族出身なら生家の土地に戻ったり――」
つまり、バジゴフィルメンテに匹敵するような強者を囲っている貴族家もいなくはない。
「『剣聖』を超える天職の者がいると?」
「少し歳はいっているが、『天弓』がいる」
「弓の方が剣よりも強い。ならばバジゴフィルメンテを倒すことも」
「待て待て。全てを『天弓』にかけるのではなく、次策も用意しておくべきだ。それも、違った方向からのものをだ」
「心配はいらん。次の学期に入る生徒には、希少な戦闘職を授かった貴族家の者が多くいる。その中には『剣聖』に負けぬ剣の天職もいる」
「新入生が勝てるとは思えないが?」
「なに。バジゴフィルメンテめが卒業するまで時間はある。その時間で、勝る様になれば良いだけのことだ」
貴族たちの悪だくみは続く。
バジゴフィルメンテの評価を失墜させることが、神の怒りを買わない唯一の方法だと信じて疑わないままに。