第2話「セリとナズナとふたりの宇宙戦」②
「ちっ、シケた惑星だぜ」オレは思わず口に出していた。星間航路の主幹航路から別れて伸びたクソみてーな酷路に散々揺られて出た先は、ここがホントに帝国領土なのかって疑うほどにクソ田舎だ。
「恒星系データ照合。……合致します。太陽系、第3惑星『地球』。本当にあったんですねえ」
「シュリンよぅ、地球なんておれがガキの頃にはお笑い芸人のネタでしか聞かない星だったんだぜ。ババーン!地球から来ましたぁーッ!!ってな」
「ははは、それ自分が生まれる前の話ですよ軍曹どの」
ケッ、浮かれてんじゃねえぞ馬鹿共。遊びに来たんじゃねえんだからな。「私語は慎め。偵察任務中だぞ」
「し、失礼しましたベラ隊長!」「へーい、了解っス」
「シュリン兵長は連絡筒を射出、文面は現着報告だけでいいから3本出しとけ。ロブス軍曹は周辺宙域警戒。何が待ち受けてるかわからんのだぞ。オレは余剰次元探索をやっとく」機動ユニットのウェポンベイから高次元に向けて艦紋探知機を射出する。まさか潜航艦の類がいるとも思えんが、用心するに越したことはない。
なにしろこの太陽系、地球星域に帝国正規軍の艦が足を踏み入れるのも十数年ぶりのことだ。状況が不明過ぎる。今回に限らず時折調査船は送り込まれていたらしいが。
「ベラ中尉」「なんだロブス」「妙スね。文明レベルは確かに原始的で、人工衛星の数も質もたかが知れたもんですが、門周辺には帝国航事局の標準航路標識が置かれています」「別に妙でもなんでもねえだろそりゃ」
「そいつがね、なーんかおかしな信号を送ってんスよ何処かに。これ航路標識のフリをした監視衛星じゃないスかね」ふーむ。
「潰しときますか?」「いや、どうせ探知はされてるだろう。誰だか知らんがそれを仕掛けたヤツが動いてくれりゃあ、むしろ好都合だな。ほっとけ」
「連絡筒、射出します」シュリンの艦から小型のカプセルが3つ放たれる。そいつらは光子帆装を展開して無事に門をくぐり、超空間の彼方へ飛翔した。何者かが待ち受けてるにしろ、来たからには返さないって手合いでもなさそうだな。ま、あの酷い航路を連絡筒が無事に通り抜けられるかはわからんけどな。
「ふたりとも、長槍銃は準備しておけよ。どこから何が出てくるか知れんのだぞ」出てきてくれりゃあむしろ楽なんだけどな。探索なんぞ性に合わん。
「しかし本当にこんな最果ての星系に提督艦級戦列艦が隠匿されているスかね?あの“勾かされた白雪姫”ブランシュ・ネージュが」ロブスが言う。迂闊に信用できる話じゃねえのは確かだ。何しろ情報の出処が胡散臭い。
「民間人が調査中に目撃、通報後に消息を絶ったって話ですけど」表向きはなあ。「連隊司令部に同期がいるんですが、そいつが言うには遭難したのは民間人ではなくさる皇家の間者だって話で……」やれやれだな。
「シュリン兵長」「はい、ベラ隊長」「それ以上言うな」「は、はッ!」
本当に皇家の諍いならばやんごとなき御方同士で殴り合いでもしてりゃあいいのに、ケツ持ちをオレたちにやらせようってのが腹立つ話だ。そんな話が青二才のシュリンにまで伝わってるのも気に食わねえ。
それも全部噂話の伝聞と推定で、実際のところ何が何だかわからんままに、このクソ田舎に十数年前何者かに持ち逃げされた戦列艦がいるかどうか見てこいだなんて、馬鹿げた任務だぜまったく……。
目の前にあるデカいだけでロクに開発もされてないクレーターだらけの岩衛星なんざ風情があって、年寄りが隠居するにはうってつけだろうけどなあ。
見ろよ、船が行くぜ。こんな田舎でもいるもんだなあ。へー。
「たっ隊長」「おう、なんだシュリン」「あ、あれ人型宇宙船ですよ!我々が探索している戦列艦なのでは!?」へっ……!?
言われてみればその通りである。確かに、衛星の向こう側から現れたのは人型宇宙船だ。しかし光子帆装を展張もせずになにやってんだあれは。慣性航行してんのか?いや……。
「あれ、墜落してますぜ隊長」どういうことだこりゃ。モニターには戦列艦がそのまま衛星の表面に落下する姿が映された。表土が立ち込めるが、艦のセンサーは重力波を検知している。激突寸前に起動したようだな……。
「シュリン兵長、ヤツの艦籍を照合しろ」「了解しました!」「ロブス軍曹、周辺に他の艦艇はあるか」「まるで感無し」むぅ……。
表土が巻き上がるクレーターの中には、確かに戦列艦が1隻いやがる。白と銀の派手な外観は高級指揮艦クラスだな。「艦籍照合、あれは提督艦級戦列艦、ブランシュ・ネージュです!」「うひゃ、大当たりっスよ隊長!」むぅ……。大当たりは結構だがな。
「シュリン、ロブス、周辺宙域を再度索敵しろ。提督艦級が護衛も付けずに単独でウロウロしてるってのはどう考えても異常だ」クソ田舎で平和ボケした野郎が乗ってんだろうかね。「艦影を認めず。小型艇やドローンの類も探知されません」「こっちも同様でスぜ」余剰次元にも感応は無い。やはり単独行か。
先にオレたちに気づいて、事故に見せかけて動力を切ったのか?索敵範囲も能力も提督艦級の方が遥かに広く、高い。その可能性はある。衛星に降りたのは、偽装と攪乱のためかも知れない。
いや、提督艦級に動きがある。あの野郎立って腕振ってやがるぞ!「おいシュリン、ブランシュ・ネージュにも腕部に火器は内装されているな」「はい、中性子ビーム砲やレールキャノンなど多数搭載しています。14年前の艤装データではありますが」ケッ、贅沢三昧なフネだな。ありゃこっちを狙ってるつもりなのか。「むしろ警戒すべきは渦動破壊砲でしょうね。両腕で誘導伝路を形成し始めたら危険です」「両腕を振ってまスぜ」くそっ、マズいなこの状況は。あん?何か出したな。なんだありゃ。げ!
「ブランシュ・ネージュが戦闘旗を掲げています!あれは挑戦警告です!!」見りゃわかるよ。「ヤバいっスよ隊長」それもわかるっつーの。
「全艦集合、三錐戦闘隊形。長槍銃構え!」
提督艦級が相手じゃあ遠慮している余裕はねえ。撃たれる前に撃つ。3隻の機動戦列艦が長槍銃を中心に合わせた射撃体勢を取る。
「各艦、次元徹甲射準備。トリガーは本艦が越権する。権限委譲せよ。アイハブコントロール」ターゲットマーカーが3つ浮かび、ブランシュ・ネージュを捉えてひとつに重なる。
「三重螺旋射撃、撃えーっ!」
3門の長槍銃から放たれた光状が螺旋を描いて1本の渦になる。提督艦級の防御能力がどれほどのものだろうとも、こいつを喰らって無傷では済むまい。が、回避運動もとらずに棒立ちのまま受けるつもりか。舐めやがって。衛星の表面でブランシュ・ネージュが防雷障壁を展開した。
だが、それだけだ。オレたちの長槍銃でも3重攻撃ならば、護衛艦の支援を受けずに提督艦級単艦で展開されただけの防雷障壁は撃ち抜ける。直撃!ヤツは再び衛星表面に倒れ込み、表土が舞い上がる。
「命中です!やりましたよベラ隊長!」
「またえらく簡単に当たったもんでスね」
「……簡単すぎだろ。なんだありゃあ」
余程の素人が動かしてるのか、あるいは無人操舵でAIが壊れているのか、そんな感じだろうか。
「もしや、ひょんなことからたまたま戦列艦に乗り込んだ年端も行かぬ子供が初歩の操舵も戦術の基礎も知らずに出鱈目に動かしたりしてたんでしょうか……」「なあシュリンよ」「なんですかベラ隊長」「大した想像力だな、お前兵隊やめて作家にでもなれ」「ええっ!?」
少し様子を見ておきたいが、動きを止めねえことには危なっかしくてしょうがねえな。
「ロブス、シュリン、重力擲弾を落とすぞ。あれを拘束する」
ウェポンベイから放たれた3発の重力擲弾がブランシュ・ネージュの上空で炸裂した。重力光がヤツを包み込む。これでしばらくは動けまい。
「オレは降下して接触を試みる。お前らは上空で援護せよ。周辺監視も怠るな」「お気をつけて、隊長」応よ。長槍銃に穂先を形成させて、オレは艦の高度を下げた。
衛星表面に四肢を投げ出して重力光に曝される戦列艦ブランシュ・ネージュ。噂に名高い絶白と真銀の装甲を纏った乙女。確かに、この船は美しいな。いまはあられもない姿、艶めかしいと言うべきか。
「そんな顔しなさんな。別に取って食おうってわけじゃねえよ」
ケッ、どうもやりにくいな。こっちが一方的に弄ってるみたいで落ち着かん。誰が乗ってるのか知らんが、呼びかけてみるか。通信回線を開くと、飛び込んできたのは絹を裂くような女の悲鳴だ。
「―――、――――!!」
なんだ?現地語か?そらまあ怯えもするわなあ……いや待て、救援を求めているのか!?それはつまり、
「全艦全周警戒!敵の増援が来るぞ!!」
余剰次元で艦紋探知機が新たな敵影を捉える。やはり護衛は潜航艇か!しかしなんだこの数は。次々に増加している艦影はクソッ、囮か!!
本命はどいつだ!ひとつ非常識な加速で突っ込んできやがる。衝角突撃を仕掛けるつもりか!?いや違う!!長槍銃を向けても間に合わねえぞ。
「隠密特務艦だッ――」
かろうじてそれを部下に伝えたところで、激しい衝撃が操舵室を襲った。