第2話「セリとナズナとふたりの宇宙戦」⑤
「……そういうわけで、わたしは宇宙の旅に出ることになったのね」なんてこれまでのことを説明したら、ベラさんボロボロ泣き出しちゃった。なんだか感情の起伏の激しい人ね。
「ウゥッ……なんと、なんとおいたわしいことか姫殿下。こんな辺境の星系にただ御一人残されてなお、前に進み御自身の運命を切り開いて行こうとなさる決意に感服いたしましたぜ!」
いや、まあ、そこまでオーバーに受け止めてもらわなくても、大丈夫です。なんだかちょっと、こそばゆいな。
「それにしてもそのセリとか言うガキは、とんだ腑抜け野郎ですね」「えっ、そんなことないよ?」セリにも事情はあるんだしね。あんまり無理を言うのもよくないよ。
「いやいや、姫殿下の決意とお誘いを無碍に断るたあ、男の風上にも置けねえ。いっそオレが今すぐあの星に降りてそのガキをフン捕まえてわっひゃあ!なにしやがる!!」
「おっとすまんな。つい手が滑って開けたばかりの飲料水のボトルを全部オヌシの頭にぶち撒けてしまった」「なんだとこの野郎!」
やー、いまワザとやったでしょう。このカラスエンドって人は、やることなすことどうもあやしい。強い人なんだろうなってことは、わかる。あと、すごく器用だ。ヘルメット被ったままペットボトルのお水を飲んでる。ストローも無しにどうやって?あやしい。
「ベラさんは、そもそもどうして地球にやって来たの?」そもそもこの星が征天大銀河星間帝国の一部だなんて全然知らなかった。誰も知らないんじゃないかしら。でも「せいてんだいぎんがせいかんていこく」って名前、長過ぎじゃない?
「オレですか?オレはただ命令で派遣されただけなんですが……」そう言って彼女は自分のことを話してくれた。お互いなにも分からず成り行きでぶつかっちゃったのはよくないね。最初からこうして話し合えればよかった。
「だいたい、なんで姫殿下は戦闘旗なんて掲げたんです?あれじゃこれから打ち掛かりますよと言ってるようなもんです」
「あれはねー、もっと目立つようにしてってブランに言ったらねー」「なんか全般、好戦的過ぎませんかねこの艦」そ、そうなの?
あれ、でもいま話、なんかひっかかるな?なんだろう……うーん。「では次は拙者の番であろうか」「ちょっと待って!いま話しかけないで!!」なにかが分かりそうな気がする。「なッ……」
そうだ何かがおかしい。ちょっと落ち着いて考えよう。お水をひとくち。ホントはお茶がいいんだけれど。あっわざわざお水を分けてくれたカラスエンドさんに、悪いことしちゃったなあ。
こうしてわたしがみんなと普通に話せるのも、カラスエンドさんが貸してくれた機械のおかげだし、お水は普通においしいし……!!
「ああっ、そうだ!」「なんすか姫殿下?」「どうしたのじゃナズナ」「拙者の話の番かな?」
「ごめんねカラスエンドさん、そうじゃないの」「左様か……」
「ベラさん、いまの話、帝国から地球に調査に来た人がブランシュ・ネージュを目撃したって、言ってたよね?」「ええ、その後消息不明になったという話ですが」「それ、変だよ」
ブランシュ・ネージュを目撃できるわけがないんだ。
「だってブランシュ・ネージュはわたしたちの前で起き上がるまで、ずっと地中に埋まっていたのよ。目撃なんてできないよ」「なるほど……」それこそ、食べ物も飲み物もだめになっちゃうぐらい、ずっと放置されていたんだから。
「しかしナズナよ、帝国の科学技術ならば、地中の投影像を映し出すことも可能ではあるぞ。目撃と言っても肉眼とは限るまい」えっ、そうなの?「だがその後消息不明というのは判らんな」「まあオレもね、その目撃者云々の話を鵜呑みにしてる訳じゃないんですがね」えっ、そうなの?
「姫殿下がボットやら円盤型宇宙船やらに襲われたなんて話を聞いたら、こっちのほうが一層信憑性が高まるんですが、地球に派遣されたのは民間の調査員なんかじゃなくて、さる皇家の送り込んだ間者だって噂が……」
「さる皇家の?」「はい」「間者?」「はい」「えっとね」「お」
「なぜふたりして拙者のことを見るのだ」
カラスエンドさん。やっぱりあやしげな人だ。いまだに真っ黒のヘルメットを被ったままで、素顔も見せてくれないのは、忍者だから?
「いやいや、いまの流れだったらテメ―こそどこぞの間者か密偵かって話になるだろうがよ」「拙者はフリーランス忍者ゆえ、何者にも雇われてはおらぬ」「だーかーらー、信頼できねえって言うんだよ。顔も見せない相手を信じられるかよ」
「む、顔を見せれば信用を得られるというのか。それはお安い御用だな」カラスエンドさんがヘルメットのどこかをいじったら、急にぶしゅーっと湯気みたいなのが噴き出した。脱いでいいものなのこれ?
「お、おぅ……。案外普通の顔してんなあ」ヘルメットの下からあらわれたのは、ぱっと見映画にでも出て来そうなハンサムな男の人だ。ハリウッドのアクション映画の主演俳優みたい。
というか、ポスターか何かで見たことある顔だ。あまり映画に詳しくないから名前は知らないけど。あれ?
「納得していただけたかな」ヘルメットを被り直してカラスエンドさんは言う。「ま、まあな」「しかし納得されては困るのだ」「なんだとお」カラスエンドさんがまたヘルメットを脱ぐと、そこには。
赤毛のショートヘアに褐色の肌、精悍な顔つきの女性がってベラさんじゃん!なにこれ!「どういうつもりだこの野郎、馬鹿にしてんのかぁ!」
「そうではない」今度こそヘルメットを被り直してカラスエンドさんは言う。「目に見えるものが正しいとは限らん。口に出したことが正しいとは限らん。今拙者が見せたのは忍者の技の中でも他愛ない手品のようなものだ。いま我らは対等な立場で情報交換をしているが、ここで交わされる会話の全てが真実とは限らぬ。皇女殿下よ」はっはい、わたし?
「先程お貸しした会話器という道具は、決して真実を翻訳する機械ではない。我々は皆水面に浮かぶ木の葉のように、不確かな状態でお互いの波紋を共鳴させているだけにすぎないのだ」う、うん?突然なんか難しいことを言われた気がするぞ。
「それはつまり」時々考えなしにこういう返事を返しちゃうのはよくないんだけど、「あなた嘘つきなの?」なんて言ったらカラスエンドさんはビクッと震えて、そして笑い出した。えっなにこれ。
「ハ、ハハハハハハ!」「なにがおかしいんだよインチキ野郎め」「さすがに皇女殿下はよいことを仰る。いかにも拙者は嘘つき故、軽々と信じるものではありませぬ。よく言われる言葉に曰く『すべての忍者は嘘つきであると忍者は言う』さて、それを言った忍者は真か偽か、いずれでありましょうな」
えっ、えっ、なに?なぞなぞ??「……ごめんなさい、わからないわ」「左様、それこそが答えであります」うーん。なんで「嘘つき」なんて言われて楽しそうなんだろうこの人。わからないなあ。
ああ、そうか。わたしはなにもわかってないんだ。それこそが答えか。じゃ、じゃあさあ――
「さて御一同、拙者の話を聞く準備は出来ましたかな?」ああ、ここは耳を傾けなきゃいけないところね。「えっめんどくせーよ」ベラさんもさぁ、子どもじゃないんですからね。
「先程オヌシは『間者』と申しておられたが、そういう事なら拙者にひとつ、情報の持ち合わせがある」うんうん、それで?
「この地球星域に、さる密命を帯びたひとりのまあ、傭兵のようなものだな。殺し屋、賞金稼ぎ、暗殺など汚れ仕事なら何でも請け負う手合い。そういうものが潜入したという話だ」「そーゆーのを忍者って言うんだろうがよ」「違うぞ」違うの?
「果たしてそやつが誰のどんな命でこの星に来たのかまでは知らぬが、名前だけは聞いている。『千手のソウジャ』だそうな」
「――『千手のソウジャ』だと!!」わっおじいちゃん起きてたの?てっきりスリープモードに入ったと思ってた!「御存知かな?御老体」
おじいちゃんのスマホがブルブル震えて熱くなってる。あんまり興奮するとバッテリーに悪いよ?
「……それはワシにとっては長年の宿敵、仇敵の名じゃ。ヤツが地球に来ていたのであれば必ずや決着を付けにワシの前に現れるはずじゃが。む?」
「左様、この話には続きがあってな。千手のソウジャはさる密命を帯びて地球に潜入し、しかし現地でさる帝国剣豪に討たれたという」「さるばっかりじゃねーか」「拙者の眼前にも一匹居るな」「おうおう、いい度胸だなおう」おじいちゃん?どうしたの?
「ワシは本来の自分の記憶・記録から再構成された仮想人格じゃが、死の直前の行動は保存されていなかった。もしや生前のワシは、千手のソウジャと出会っていたのかも知れぬな」「この星に、御老体以外にも帝国剣豪と呼ばれるほどの手合いは居るのかな?」「うーむ、聞いたことがないのう……」「ではおのずと答えは明らかであろう」「相打ち、か……」えっ、それはたぶん違うと思うよおじいちゃん。
「それは違うと思いますぞ御老体。千手のソウジャは剣豪に討たれたのだ。相打ちとは聞いていない」「ふむ……」
「あのねおじいちゃん、おじいちゃんが亡くなったのは誰かに切られたとか刺されたとか、そういうことじゃなかったよ」「おお、そうなのかナズナ」「お医者様のお話では、急に激しい運動をしたか何かでの、動脈瘤破裂でしょうって」「激しい運動、のぅ」
河川敷で倒れていたおじいちゃんを最初に発見したのは、たまたま通りがかったスズシロさんだそうだ。そのことを伝えに家まで来てくれたのはセリで、でも話し出す前にセリの方がわんわん泣き出しちゃって大変だったな……。
「しかしまーしゃべる時はぺらぺら饒舌なヤツだなテメーは。どこでそんな話を聞き込んだんだか知れたもんじゃねえな」「地球の忍者ネットワークにそういう話が流れていたのだ」いやいや忍者ネットワークって、なにそれ?「あのーカラスエンドさん。あなたの他にも地球には忍者がいるの?」うん?『地球に忍者はいるのか』って、なんだか変なこと聞いてるなあわたし。
「無論居りますぞ皇女殿下。人数その他詳細をお伝えすることは出来ませぬが」「ヘッ、どうせ3人ぐらいだろうぜぶひゃぁっ!!」「失敬、つい手を絞って新しいボトルの中身を全部オヌシにぶっかけてしまった」「やっぱ表に出ろや!!」「はっはっは、いま外に出たらオヌシは即死してしまうぞ。操舵服が機能すまい」はいはい、ふたりともケンカしないの。
「おふたりに、お願いがあります」これはとても大事なことだ。人にものを頼むときには真摯に振舞わねばならない。それはね、おじいちゃんが教えてくれたことなんだよ。わたしはスマホを、祖父を傍らに置き背筋を伸ばして座り直す。「なにかね?」「なんです、あらたまって」
「わたしは宇宙のこと、帝国のこと、これからわたしが赴く場所のことを、なにひとつ知りません。どうかわたしの旅に同道し、おふたりのお力添えを頼めないものでしょうか。お礼のひとつもできる立場ではありませんが、どうか力を、お貸しください」深々と頭を下げる。いま出来るのはこれだけだ。空約束も、皮算用も出来はしない。そんなのやらないほうがいい。でも――「無論でござる。頭をお上げくだされ」えっ。
「先に拙者はフリーランス忍者と申したでありましょう。故にどこに向かいどこに赴こうと自由の身。皇女殿下の御頼みとあらば、どこへまでなりともお供しましょうぞ」
「おいおいおいおい、こんな胡散くせーヤツとふたりで道連れなんて、そりゃ姫殿下も無謀が過ぎますぜ。命を助けていただいた御礼もある、オレがきっちり護衛して差し上げますよ。それにその……はじめてのキ」えっなに、顔赤いよ??
「ほほう、ではオヌシは今日から脱走兵だな。難儀なことよな」えっ、そうなの!?それはダメだ。「バ、馬鹿言うな、こちとら辺境で右も左も存じ上げない皇族様を保護して差し上げようってんだ。なにが脱走だよ馬鹿野郎」あ、ありがとうベラさん。ありがとう、カラスエンドさん。それと、わたしは部屋を見上げた。この先ずっと見上げる天井だ。
「ブラン、あなたもよろしくね。力を貸してね」「はい。たとえ敵は幾千幾万有ろうとも、悉く皆撃沈せしめて見せましょう。万事お任せください」うんうん、そこはおてやわらかにね。
ああ、いまこのときわたしの傍らに、心の底から信頼を寄せられる友達がいたら、それはどんなに嬉しいことだろう。同じものを見て、同じように感じ、共に笑って共に泣いて、同じように並んで歩ける友達がいたならば、不安は消え去り共に希望を携えて、旅を始めることができるだろう。
でも、いまその友達はここにはいない。ここにはいないけどでも、わたしはその友達が確かにこの世界にいることを知っている。元気でいるって知っている。それだけで、力を分けてもらえる。行って来よう、そして帰って来よう。これからわたしが見て、聞いて、感じたものを伝えれば、きっとわたしと同じように、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだりすることだろう。そういう友達を、私は信じているから。だから――
「待っていてね、セリ。」
「ぶぶえっくしょーい!!」「うわっ、きったねぇーなおい、メットの継ぎ目から鼻水もれてるぞテメ―」「失礼した、表砂が鼻に入ったようだな……」
そしてまた、二人に向き合う。
「わたしが思うに、まずはじめにやるべきことは――」