第2話「セリとナズナとふたりの宇宙戦」④
ブランシュ・ネージュの掌甲板から僕をにらんでたナズナが、きびすを返して大破した敵艦に舞い降りていく。
姿勢安定装置があるから低重力下でも普通に動けているけれどえっ危ないよさすがにそれは。まだ敵艦は生きてるかもしれないし、それに他の艦はどうした。
あらためて周囲を索敵する。増援が来た様子はない。先に撃破した2隻の兵卒艦級機動戦列艦は……いないな。とどめは刺さなかったから、指揮官がやられてんのを見て門の向こうに逃げ出したか。忠義に薄い人たちですね。僕と違って。
ナズナは……なんだ、大破した小隊指揮艦級の艦体上にしゃがみ込んで、何かしているぞ。おいおいおいおい。
もしも敵艦の操舵手が生きていたら、ナズナが危険だ。もしも死んでいたら、それはやっぱり見せたくないな。僕は慌てて噴進長靴を装着した。そして声紋偽装もセットする。これで完璧。絶対正体バレしません。
ラーベ・クレーエからナズナのもとに飛んで行くとあーやっぱりあれ、乗船口を開けようとしているみたいだな。なんでわざわざ?傍らに降り立って通信してみる。「なにを……」
しているの?とたずねる前に、こっちの音声に気づいたナズナが振り返って僕を見上げる。いや、にらみつけてる。まなじりを上げて口はきつく閉じてヒィッ!そんな顔いままでしたことないのに、何故!?
「あなた、あの黒いロボットに乗ってた人ね!?」うっわ、めっちゃ怒っていますねナズナさん?
「……そうだが」そそそそそうです。なんで怒ってんの?僕が君を護ったんだよ??
「助けてもらったことにはお礼を言うわ!」はい、はいはいはいはいどうもどうも。
「でも、いくらなんでもこれはやりすぎよ!!」
えっ。
やりすぎたかな?僕はボコボコにぶっ壊した戦列艦の残骸を見回して見る。やあ酷いねまるで何度も何度も何度も何度も踏みつけられた後みたいだね。一体誰のしわざだよ?はっはっは、それは僕です。
うーん、ちょっと、やりすぎたかな?
ううーん、だいぶ、やりすぎたな?
……すいません、やりすぎました。
言うだけ言ったらナズナはまた戦列艦の乗船口を叩いたり引っ張ったりしている。例え操舵服がブランシュ・ネージュからパワーアシストされていても、あれは手じゃ開かないだろー。
「君は一体……、何をしているのかね」なるべく年齢も誤魔化せるよう、ちょっと大人びた口調でたずねてみたら、ナズナはまたこっちをキッ!とにらみつけてヒィッ!!新鮮な感覚ッ!!
「中の人を助けるのよ!あたりまえでしょう!!」
あたりまえ?そんなあたりまえがあるのかな?だってこの艦の乗員は、君を狙っていたんだよ。攻撃していたんだよ。僕が間に合わなかったら、ナズナは死んでたかもしれないんだよ。
それなのに、なんでそんなヤツを助けようだなんて思うの?それが、あたりまえなの?わからない。本当にそれはわからない。
でも、君がそれを望むなら、僕はそれを手伝います。わからなくても、構わないから。
「ぼ、……拙者と代わりなさい。力任せで無理にこじ開けられるようなものでは無いぞ」帝国軍の戦列艦ならば、どれも乗船口を外部から強制開放するスイッチが備わってる……けど、あーだめだなこれ。壊れてんなあ。背面ハッチはそもそも開かない位置だしな。すいません、やっぱやりすぎました。
「乗船口を爆砕する。危険だから君は自分の艦に戻りなさい」「だめよ!」えっなんで?「あなたは……その、信用できません」ええーっ、ひどいよぅ……。
「ではせめて距離を開けなさい。君の艦の、掌甲板が盾代わりにはなるだろう」
あんまり納得が行ってないようだけど、ナズナはブランシュ・ネージュに向かって呼びかける。
「ブラン、聞こえる?手を伸ばしてわたしを乗せてちょうだい」
うん?ブランって誰?ゴギョウさんじゃないの??
ナズナの身体がブランシュ・ネージュの手の中で防護される。それを確認してから僕は、棒状の指向性爆薬を取り出した。
爆砕というより焼き切ることを考えて、要所にセット。4つ……いや2つで十分でしょう。スイッチポンでパッと弾けてロックが外れたハッチを持ち上げる。
内部は当然真っ暗闇で、ハンディライトを灯してみる。気密は抜けてるけど、血霧は立っていないなあ。あっこのライト家から持ってきたやつじゃないか。ナズナには見られないように使わないとね。
ああ、いたいた。ラーベ同様外骨格式トレースシステムの中で、操舵手が固定されてる。フィードバックに安全装置があってもバックラッシュはひどかったろうねえ。バイタルモニタはうん、大丈夫だな。
ヘルメットのバイザーにちょっとヒビ入ってたんで、そこだけダクトテープを貼りつけたら、操舵手をトレースシステムから外して抱え上げる。重いぞちくしょう。
あー、こいつガタイは大きいけど……だな。チェッ……。
「早く、ブランシュ・ネージュの後ろに来て。そこに大きなハッチがあるって」はいはい存じておりますよ。僕は敵艦の操舵手をぞんざいに抱えて噴進長靴で飛翔した。
ひと口に「大きな」と言ったってそれは程度の問題で、ブランシュ・ネージュの物資搬入用ハッチがいくら大きなものだとはいえ、人員用のエアロックに3人も入ればギュウ詰めだ。荷物の人は無駄にデカいし、おまけに僕は噴進長靴なんて履いてるものだから、うっかり気を抜くと天井にぶつかりそうになるぞ。
ヘルメットのバイザーを上げたナズナが憤懣やるかたなさそうにこっちを見る。「背が高いのね」「拙者のせいではない」おかげで体格が変わって、正体を隠すことができるのだけどね。内扉が開く。お邪魔しまーす。
ほほう、ここがナズナさんの新居ですか。なかなか良いお部屋ですなあ。などと眺める暇もなく。「ここに寝かせて!」はいはい、いやあ提督艦級の居室は床材もソフトで暮らしやすそうですね。僕のラーベ・クレーエなんてミノ虫みたいなカプセルで縦に寝られるだけですよ。
ナズナが操舵手のヘルメットを脱がすと、その下に現れたのは赤毛のショートヘアに褐色の肌で、そして精悍な印象の、
「この人、女の人だ……」そうですよ、僕もさっき気がついたんですけどね。「息をしてない!」えっ、いやそれは。「ブラン、この船にAEDはあるの?」「AEDとは何ですか?そのような武装を本艦は有しません」「ああもう!」うん?なんだいまの声。あれがブラン、ブランシュ・ネージュの天測AIの声か。なるほど……。
えっ、それじゃあゴギョウさんはどこに居るんだ??あたりを見回してもARサブウインドウが開く様子はない。妙だな……?しかしバリバリバリと安物のお財布を開くような音がするのでそっちを見たら、自分のヘルメットを投げ捨てたナズナが女操舵手の服を脱がしていた。
服を脱がしていた。
やだなあアンダーウェアからでもよくわかるほど大きいぞ。僕は大きなのは苦手なんだよって、
ななななななななにやってんですかナズナさん!ていうかよくそんなことできましたね。操舵服って相当頑丈ですよあっ!パワーアシストか。いかん、これは止めないと。あわてて肩を掴む。
「やめなさい、なにをするつもりだ」たちまちその手はバッと払われて痛え!「応急手当に決まっているでしょ!邪魔しないで!!」あーやっぱりですか。地球式……だよなあ。
「いま君の身体は、この艦のフィールド内で操舵服を通じてパワーアシストを受けている。もしも心臓マッサージをするつもりだったらそれをカットしておかないと、相手は即死してしまうぞ」「ブラン、パワーなんとかっていうのを切って!」「アシスト解除します」
話が早くて助かるけれど、なんかあたりが強いままだなあ。ちょっと寂しい。ナズナは女操舵手の胸部を押して懸命にマッサージをしてる。あんなに大きいと効果薄いんじゃないだろうか。あれ?あっ、ああっ!こっこの流れは……。
ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ!おやめなさいよ、そんなちょちょちょちょちゅちゅちゅちゅうちゅう!
「ダウンロードが完了しました」どうもこのAIは空気を読まないんじゃないだろうか。そりゃそんな機能は無いか。目の前に突然、スマートフォンが出現する。これナズナのスマホだね。なにをDLしてたのかな?
「さて、なんだか随分時間が経過したような気がするがナズナ……おわっ、なんじゃこりゃ!ワシはどうなったのじゃあ!!」
スマホがブルブル震えてゴギョウさんの声がする。ホーム画面に映ってるのは……あーこれゴギョウさんの似顔絵だな。会話アプリで使ってるのをナズナに見せてもらったことがある。笑顔でピースしてる絵柄で、たしか元の写真は……うん、この話はやめよう。
「何も見えん、何がどうなっておるのじゃ……」
はいはい、カメラはいま床に密着してますものね。持って差し上げよう。「失礼、いま視界を回復させます故、驚かずにおられよ」「おお、どなたか存じませぬがこれはご丁寧に」いえいえ、どういたしまして。これは貴方もご覧になったほうが宜しい。正座正座。
「ナズナ……わっ!な、ななななにをしとるのじゃこりゃあ!!」
見えましたかゴギョウさん。お孫さんはいま、大人の階段を一歩昇ったところですよ。なんだか尊いものですね。まるで秘密の花園に咲いた一輪の花を眺めているかのようですよ我々。
こんな時、日本語には便利な言葉があります。「人工呼吸はセーフ」いやあ美しいものですねえ……、あっメスゴリラみたいな操舵手が気づいたようだぞ、ゲホゲホ咳き込むんでいる。そしてナズナが、いままでの眼光を100とすると1万2千ぐらいのキッツい目でこちをにらんで、
「ブラン、パワーアシスト入れて」「アシスト接続します」なんで?
「ジロジロこっち見んなバカあっ!!」
ものすごい勢いで殴られました。新鮮な感動。
なんて言ってる場合じゃねえ!!寸前で一歩後ろに身を引かねば、危うくこっちのヘルメットをカチ割られるところでした。あのーナズナさん、あなたもやりすぎだと思いますよ?
壁にぶっ飛ばされた僕を見て、明らかに女操舵手が動揺している。そりゃそうだよな。気がついたら見知らぬ少女に服を脱がされて唇を奪われて、おまけにその子は猛烈な勢いで人をぶん殴ってる。どういう状況なんだこれは。
「―――!――――――――――――――――――!!――――――!!」
なんてこと言うんだ、とてもナズナには伝えられないぞ。「蛮族じゃと?」いやゴギョウさんにはわかるか。「ブラン、この人なんて言ってるの?」「『やめろ。オレにいやらしいことをするつもりだろう。蛮族みたいに』と言っています」空気読めよAI。
「いやらしいって……」それはまあ、帝国本土の人間から見たら地球人なんて蛮族みたいなもんですが、誤解が先行するのはよくないなあ。やれやれ一肌脱ぎますか。
「“君は誤解している。この人は君を助けようとしたのだ”」「“助けようだって!?”」破れた服を合わせて胸元を隠す。そりゃそうだよねえ。
「あの、ともかくあなたが無事でよかったわ。どうか落ち着いてください」ナズナがこう言ってるのにメスゴリラさんは却って怯えるばかりだ。「あなたが無茶苦茶に暴れたから怖がってるじゃないの!やりすぎよ」うーん、それに関しましてはその通りなんですがね。
「そうではない、彼女は君に怯えているのだ」「なっ……なんでよ」それはですね、
「君は先程応急手当を始める前に『AEDは無いのか』と言っていたが、AEDとは一種の救命装置のことではなかったかな?」「そうよ、宇宙船ならそういうのありそうなものじゃない。だのに、無いって言うから」「有るのだ」「えっ」
「操舵手の着用する操舵服には、生命維持と救命機能が内装されている。君の服もそうだし、彼女の服もだ。実際、彼女の操舵服は救命プロセスを実行していた最中で、呼吸していないのではなく意図的にバイタルを低下させて診断治療を行っていたのだ」胸のモニターにそういう表示が出てたけど、ナズナは帝国語読めないものなあ。
「じゃあ、『そんなの有りません』ってブランが言ってたのは……」「『そんな武装は無い』と言ったのだよ。戦列艦AIとは通常、航行と戦闘補佐を行うものだ。この艦のものはだいぶ特殊な調整がされているようだが……」「そんな……」ああ、ナズナの顔が曇っちゃったよ……。
「じゃ、じゃあわたしがやったことって……」
えー、それはですね「負傷者への治療行為を強制的に中断させた挙句、服を脱がしてみだらな行為に」「やめてよ!!」
しまったちょっと言い過ぎたかな、涙目になっちゃったぞ。
「ごめんなさい!ホントにごめん!悪気はなかったのよ……」
ナズナがいくら詫びてもメスゴリラ操舵手はわけがわからんという顔を変えない。埒が明かないなあ……。アレ使うか。僕は懐を探ってチョーカー状のペンダント機器を取り出した。
「君、これを使いたまえ」「なによこれ」そんな、露骨に顔をしかめなくても。「これは会話器と言って、君の言葉を相手の言葉に、相手の言葉を君の言葉に変換してくれる道具だ。厳密ではなくとも、大体のニュアンスは翻訳してくれる。調整はしてある」忍者ならこういう道具は必須に持っているものなのです。便利でしょう?
会話器を首に下げるために被帽を脱いだナズナの、輝星銀色の髪がふわっと広がる。綺麗だなー。
「その髪、まさか……皇族の御方か!」メスゴリラさんやっと気づきましたか。
「わたしはナズナ、えーとナーズナディール・パ・ラ・ミリシエール。征天大銀河星間帝国皇室第14皇家ミリシエール家内親王。なんですって」にこやかにほほ笑む皇女殿下に、仮面の下の僕もにっこり。
メスゴリラさんは真っ青。そうだぞう、皇女殿下を蛮族呼ばわりなんて不敬罪も甚だしい。早速この僕が成敗して差し上げましょうぞ。
「……知らぬこととはいえッ、大変な御無礼を!」膝を付いてがっくりうなだれる。おーうそのまま切腹でもしてくれまいか。でもナズナのお部屋が汚れるのは困りますね。そうだ真空中に放り出してきましょ。ささ、お任せあれ……。
って僕が近づくより先にナズナが手を差し伸べる。「顔を上げてください。そんな肩書、わたしだってこれまで全然知らなかったんだから。お怪我されていませんか?どこか痛むところはない?」皇女殿下の寛大でお優しいこと、このわたくしめも感嘆の極みですぞ。
「まあ何があったのかワシには全然わからんが、なにはともあれ丸く収まって結構なことじゃな。はっはっは」ゴギョウさん蚊帳の外にいるのは気楽でいいなあ。
「丸く収まった……のかな?」えっなにか気になることでもあるのかな、ナズナは。
「あなた、あっそういえばお名前を聞いてなかった。教えてくれる?」「は、ハッ!オレあーいや自分はベラ・ハッコウ、征天大銀河星間帝国宇宙軍第128機兵連隊所属、階級は中尉任官を受けております!!」「ベラさん、と呼んでいい?」「はい姫殿下!光栄であります!!」
おいおい、皇族に名前で呼ばれたからってそんな大仰に喜ぶことないだろ。チョロいメスゴリラだなあ。僕なんてずっと前から慣れっこだぞ。
「ベラさんと一緒にいた仲間の人たちは、無事なのかしら?」
「それは……」まーアンタは気絶してたから知らんでしょうな、将校失格ですなははは。
「門を通って撤退したようだな。拙者の艦の放った魚雷が確かに命中したが、撃沈までは確認していない」
「そうですか……、二名とも無事であればよいがしかし、何が有ろうと軍人たるもの覚悟の上です」「そう……」
「しかし、姫殿下の戦術には実に感服いたしました。御自身を囮に伏兵を潜ませ奇襲を行う。なかなか出来ることではありません」
「おとり?」「ええ」「ふくへい??」「ええ、そちらの従者の方が」「そちらのじゅうしゃ???」二人とも僕の方を見る。よせやい、照れるなあ。
「ところでさっきからワシを持ち上げていてくれる、この親切な御仁は誰なのじゃ」
「えっ」と小さく驚くナズナ。「おじいちゃんの知り合いとかじゃないの?」「ワシゃ知らんぞ」
「ええっ!」と大きく驚くベラ。「姫殿下のご従者なのだとばかり」「知らないよ。わたし」
「あなた一体……誰なの?」「誰なのじゃ」「何者なんだテメ―は」
フフフ……ハハハ……よくぞ聞いてくれましたな!全員の注目が集まったところで僕はスッと立ち上がり、右手は半分ヘルメットを覆うように隠してやや上体を捻る。もう片方の手は腰に回して全身がゆるやかな螺旋を描くように印象的なポーズをとる。たぶん印象的なんだと思う。
「フフフ……ハハハ……よくぞ聞いてくれましたな!我が名は『カラスエンド』!大宇宙に羽ばたく漆黒の翼。我に仇なす全ての敵に、暗黒の終局をもたらす闇の運び手にして――」
そこでザッ!と右手を掲げると漆黒の操舵服の背にマントのような翼があーいや逆です逆。翼のようにマントが広がる!!
「うちゅ忍者である!!」あっちょっと噛んだ。でも大丈夫、こんな時のためにずっとこっそり練習してきたんだから!どうです格好いいでしょう!!
おや。
みなさんどうしてそんな顔をなさる。
ナズナさんもベラとやらも、新種の珍獣を見るような目を向けるのはおやめなさい。ゴギョウさんは同じアイコンのままなのに阿呆を見つけたような空気が醸し出されるのは何故ですか。
「姫殿下、こいつアホだぜ」なんてこと言うんだこのメスゴリラが。
「……宇宙に忍者なんているんだ」いますよ!ここにひとりねっ!!
「あー、まーなんじゃな、皇女殿下の窮地を救っていただいたことには感謝せにゃならんな」でしょでしょ。「……胡散臭いやつじゃが」ひどいわ!!
「すると何か、テメーはなんの縁もゆかりもねえのに突然割り込んでカチコミやがったのか?あぁん?」急にガラが悪くなるのは育ちの悪い証拠だなあ。兵隊ってやーね。
「なに、たまたまこの星系で修練を積んでおった拙者の前で、3対1の卑怯な振舞いを見せられてな、義によって助太刀いたしたまで」「亜空間から飛び蹴り食らわすのは卑怯ってもんだろ」「忍者に卑怯はないのだ」「おうおう上等だクソガラスめ、ここで決着つけるかぁ!?」「断る。拙者は敗残兵や捕虜に対する暴行を好まぬ」「ンだとぉ!!」
「ふたりとも、やーめーてー!!」
ふん、ここは殿下に免じて引いておいてやるさ。大きいからって怖くはないぞ。ないぞ。向こうも矛を収めたようだ。
「お茶にでもしましょう。大抵の問題は一杯のお茶を飲んでる間に解決するって、えらい先生も言っているわ」それ、誰?
「おじいちゃん、この船に飲みものや食べものはあるんでしょう?」「もちろんじゃとも。冷蔵保管庫がほれ、そこに」
「いいえ。貯蔵されていた物資は飲食に適した状態ではありませんでした。本艦の性能発揮並びに航行の安全に致命的な問題が発生する可能性を鑑み、再生装置に投入済みです」「なんじゃと!?」なんだこのAI。ホントに戦列艦のナビゲーション用なのか?
「なにが不適切だというのじゃ!」「消費期限切れです」「……しまったぁ!!」あー、十数年も地下に埋まってりゃあねえ、そうですよねえ。
「そんなぁ……」「あー、オレの艦に積んであったのは……誰かが滅茶苦茶にしちまったからなあ」なんだよそんな目で見るなよ。まさかお茶会やるなんて思ってなかったんだよ!
「拙者の艦から飲料を提供しよう。簡単なものだが糧食もある」「お願いね、えっと……カラスエンドさん」
たとえ偽名を名乗っていても、頼りにされるのはうれしいものだね。僕はラーベ・クレーエに戻ってペットボトルを持ち出した。近所のスーパーで買っておいたものだけど、こんなこともあろうかとラベルは貼り変えておいたのさ!忍者に抜かりはないのです。
でも、いっしょにお出ししたハイパーカロリー補給ブラック球状糧秣丸スペシャルの方は、「固い」「苦い」「不味い」「そもそもこれは人間の食い物なのか」と大不評だった。おいバリバリ食いながら文句を言うなメスゴリラめ。
ナズナはひとくちかじって「あっわたしはこれ大丈夫だから」って寂しいなあ。裏山で取ってきたヘビやイモリやその他栄養になるモロモロの草などから、僕が手作りしたものなのにぃ……。