オタクに優しいギャル子さん
午後5時、人気の少ない文化棟にある文芸部の部室。ここは、オタクである僕にとっての聖域だった。
部室の本棚には、古典と呼べる代物から最新作まで、歴代OBOGの方々が集めたライトノベルがズラリと並んでいる。
「さて、今日は何を読もうかな?」
呟きながら1つのラノベに手をかけた。
『異世界アイドルライフ!』略して『いせドル』の最新刊。最近アニメ化された、話題沸騰中の作品だ。
僕は超がつくほどのオタクだ。そんなオタクな僕だからこそ、話題のアニメはしっかりと原作も追っている。
静かな部室にページをめくる音が響く。
先輩たちが卒業し、今やこの文芸部は僕一人だけだ。
先輩たちとアニメや漫画について熱い談義を交わしていたときも楽しかったけど、こうやってひとりで好きな作品を読み耽るのもなかなか楽しいものだ。
いいかげんに新入部員を勧誘しないといけないんだけど、もう少しだけこの静かな時間を楽しんでもいいかな……
そう思っていた矢先だった。
「おーす!オタクくんじゃん!こんなとこでなにしてんの?」
勢いよくドアを開けるとともに、ギャルが入り込んできた。
「ギャ、ギャル子さん!?どうしてここに!?」
盛りに盛った金髪に超がつくほど短いスカート。ザ・ギャルといった風体の彼女は、クラスメイトのギャル子さんだ。
「いやー、暇だったから学校ブラブラしてたらたまたまオタクくんの姿が見えたからさあ。で、ここはなに?ここでなにしてるの?」
「ここは文芸部の部室。今は活動中だよ」
バカっぽく話すギャル子さんに僕はそっけなく返す。
あまり話したことは無いけれど、僕はギャル子さんが苦手だ。なぜならギャルだから。
ギャルなんてどうせ、オタクのことを馬鹿にしてるんだろう。
アニメや漫画の深さを全然理解できないくせに……
オタクに優しいギャルなんて幻想だ!どうせギャル子さんもオタクに優しくないんだ!
「へ〜、普段見かけないと思ったらこんなところに居たんだ」
「見てのとおり、ここはオタクの部室。たぶんギャル子さんが楽しめるようなものは置いてないよ。アニメとか興味ないでしょ?」
「えー、あたしアニメ超観るよ?『鬼刃』とか大好きだし」
『鬼刃の滅殺者』は老若男女から絶大な人気を得ている少年漫画だ。ギャルとはいえ10代なら観ていない方がおかしい。さすがに鬼刃を観ているってだけじゃ、アニメを観ているとは言えないな。
「てか、オタクくんが読んでるのって『いせドル』?アニメやってるやつだよね?」
なに!?ギャル子さんがいせドルを知っているだと!?話題作とはいえ、ギャルが観るような作品ではないぞ!もしかして、本当はオタクに優しいギャルなのか?
「いせドルを知っているの?」
「あたしはあんまり知らないけど弟が超観ているててさー」
びっくりした、弟が観ているってだけか……
いせドルは素晴らしい作品だけど、ぶっちゃけオタクが喜ぶような萌え要素も多い。流石にギャル子さんには良さはわからないだろうなあ……
「詳しくないけど、主人公とヒロインのふたりだいすきだよ。すっごいかわいいよねー」
「えっ、ギャル子さんあのふたり好きなの?僕も好きなんだ!少女漫画チックなデザインが世界観に合っていて!」
「オタクくんすごい愛があるかんじだね。あたしはふたりの声が好きだなあ」
「ギャル子さん知ってた?いせドルの主人公とヒロインの声を担当している2人は、実は鬼刃の主人公の兄妹も担当してるんだよ。鬼刃のときより声が明るめだから気づきにくいけど」
「ええー!知らなかった……こんどいせドルの声ちゃんと聴いてみる!声優さんは、何ていう人なの?」
「主人公のヒューグ役が御子柴さん、ヒロインのナノ役が真木さんって人だよ。他にもいろいろな人気作に出ているんだ」
「オタクくんアニメに詳しいね。凄いじゃん!」
「すごくないよ、ただオタクなだけだ」
「いやいや凄いって!アニメで知りたいことがあったらこれからオタクくんに聞くね!」
「ああ、まかせてくれ」
ギャル子さんはちゃんといせドルに興味を持ってくれている!ちゃんとオタクの話を聞いてくれている!アニメに詳しいってこと褒めてくれる!なんて優しいんだ!
疑っていて悪かった。ギャル子さんは、オタクに優しいギャルだ!オタクに優しいギャルは存在したんだ!
「ねえねえオタクくん。鬼刃の質問もしていい?」
「ああ、いいよ」
僕は鬼刃についてもしっかりと履修していて、主要キャラの声優は全員把握している。何故ならオタクだからだ。オタクな僕になんでも聞いてくれ。
「アニメの絵が動くのって……作画?って言うんだよね?あたし鬼刃18話で主人公影狼が必殺技出すシーンの作画が大好きなんだけど、そのシーンの作画監督?がだれか教えてほしいな〜」
…………………………………………………………作画監督?
「あっ、オタクくん声優には詳しいのに作画監督は分からないんだ……」
「ごっ、ごめん……」
「あ、謝ることないよ!アニメの花形と言えば声優なんだから、声優に詳しいって凄いアニメ好きなんだなって思うよ!だから作画監督に詳しくなくてもオタクくんは凄いよ!作画監督みたいな技術のことなんて所詮私達素人には分かんないしね!」
「そ、そうかな?」
「うん、そうだよ!」
「「ハハハハハ……」」
ふたりの乾いた愛想笑いが部屋中に響く。
ギャル子さんは声優に詳しいオタクに優しかった。