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第五話 茶葉の遺言(三)

 命が狙われる。

 そんな物騒な言葉を聞いた静傑は何度か目を瞬かせたが、そのこと自体に驚いた様子はなかった。


「お気遣いありがとうございます」


 むしろ、自分が陥れられようとしていることは慣れているのだろう。

 ただしはっきりと命を狙われると言葉にされたことには多少なりとも烑香は動揺した。


 状況的に、そのような可能性があることはわかる。

 むしろ噂で立場を弱めようとしているのは、それが出来ないからだ。本格的に争う皇子がいないことも幸いしているだろう。


(……でも、命を狙う必要なんて本当はないはずなのに)


 今までの出来事を下賤な噂程度に認識していたこともあり、危機感をさほど感じていなかったせいで烑香はなんとも言えない気持ちになった。

 今後、何か行動が変わることはないだろう。静傑は今まで通り行動するだろうし、烑香も出来ることをやるだけだ。

 けれどその危険を認識したうえで、自身の皇籍離脱を公にすれば狙われないことを理解したうえで、命を賭けて弟皇子に降りかかる災厄を取り除こうとしているのだと、強く印象を改めることになった気がした。


 しかし甄佳にも静傑の態度は予想外だったらしく、虚を突かれたような表情を見せた。

 ただ、それはほんの一瞬だった。危険を認識していないと思っていたのだろうか、と烑香が思っている間に表情を引き締めた。


「……私が申し上げるまでもなく、殿下はご自身のことをよくご存じでしょう。ですが……」

「仰ってください」

「……嘘だとお思いになることを承知でお伝えいたします。光傑殿下は事故でお亡くなりになられたことになっておりますが、何者かに殺害されている可能性がございます」


 静傑、そして麗藍には表面上反応しなかった。

 むしろ、怪しんでいたのだ。


(甄佳様がどういうつもりで仰っているのか、見極めていらっしゃる)


 ただ、そこで言葉を止めた甄佳には「続けてください」と促した。


「公になっておりませんが、光傑様は事故に遭われる前日、ひっそりと豪傑をお訪ねになられております。そして、ご自身に不測の事態があった場合、豪傑には自分の身を守るよう仰ってくださったと聞いております」

「光傑兄上が……?」

「驚かれることは当然だと思います。豪傑は、光傑様に嫉妬し、失礼な態度を取っておりました。恐れ多くも帝位を欲し光傑様のお命を狙おうとしていた過去もあります。光傑様もご承知だったのでしょう」


 表情から甄佳自身は反対していただろうことは窺えた。申し訳なさが際立つ正直な言葉は、口にしなければ少なくとも烑香が知ることはなかった。

 それでもあえて今伝えるのならば、本当に伝えたいことがほかにあるはずだ。


「光傑兄上は他に何か仰っていましたか」

「……もし光傑様が帝位を継いでもすぐに豪傑に譲渡したいという旨のことをお話しされたそうです。加えてご自身は外交を担当したい、と仰ったそうです」


 意外だと思ったのは烑香だけではなかった。


「それは本当なのか」


 動揺を抑えながらそう呟いた静傑も、何も口にしていない麗藍も、想像していなかったように感じた。ただ、嘘は言っていない。

 甄佳は静かに続けた。


「豪傑からの伝聞ですので、絶対とは言えません。しかし他国に怪しい動きがある中内部で争っている場合ではない、内政でも私利私欲を尽くそうとする者をあぶりだして安定を図らなければならないというお考えをお話されたとも聞いています」

「そうか」


 どういう考えをもっての返答なのかはわからないが、緊張感が漂い続けているのだけはわかる。そして、誰よりも緊張しているのが甄佳だということも。


「豪傑はお聞きした内容すべてに酷く狼狽えておりました。光傑様の事故には豪傑が関わっているのではという噂を耳にしたこともありますが、お言葉の真意を掴めず動揺していた姿からは想像できませんでした」


 そう言い切ってから、甄佳は静傑をまっすぐに見た。


「豪傑の死については、医官の言葉を否定する証拠などございません。しかし光傑様に関しては……やはり、何かがあったのではとしか思えないのです」

「……その話、心に留めておきます」

「ありがとうございます。……このお話をお伝えできたことに、本当に安堵しております」


 それは、光傑の言葉を伝えられたからだけではないように烑香には感じられた。


(……たぶん、甄佳様は豪傑殿下の死にも疑いを持っていらっしゃる)


 だからこそその手掛かりを静傑に託せたことに安堵しているのかもしれない。


「厚かましいお願いではございますが、そちらの茶葉でお茶会を開かれる際には私もお招きいただければ幸いです」


 そうして甄佳は深々と頭を下げ、三人を見送った。


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