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第一話 出会いと鎮魂歌(三)

「街歩きでも致しませんか。人に聞かれては困る話もあるでしょう」


 代役さま、と烑香は続けて音を出さずに口を動かした。

 入れ替わりの話は屋敷外でも口に出しにくいことではあるだろうが、気配に気を付ければ話せる機会もあるだろう。彼にとっては人の動きが多い屋敷のほうが気が散ると思う。

 目の前の青年は提案に困惑した様子はなかった。けれど『おや』とでもいう程度の驚きはあったように思う。


「わかりました。では、私が外出する旨を伝えてまいりましょう」


 そうして、青年は一旦退出する。

 残された烑香が上品な味の茶でのどを潤していると、すぐに青年は戻ってきた。


「どちらへ参りますか」

「では、装飾品を見に行くのはいかがですか。最近、また新しい組紐が増えているとか」


 わざとらしい芝居だと自分でも思いつつ、烑香は返答した。

 適当に散歩が出来ればそれで構わないのだが、代役であれ二人で外出するのだから漣家の護衛がつかないとは思わない。家人の目がある限り、目的もなくふらふらと歩いていれば怪しまれるだろう。

 その点組紐であればさほど高価ではないので、下手にねだっているという印象を与えることもなく、都合がいい。少なくとも朧家の印象を下げることは避けられるはずだ。


(とりあえず外出先で話をして、合いませんでした……という形にするのが、双方ともに一番楽だろうし、これであとは何とかなる)


 代役に気付けてよかったと烑香は思う。

 あとは互いにただただ破談へ一直線に向かうだけだ。


「ああ、確かに良いですね。良いものがあれば、帰りに玉石も見に行くこともできますね」


 烑香の提案に青年も微笑んだ。

 本気で宝玉を見に行くことなどしないだろうが、話題を合わせてくれるのはありがたい。

 そして二人して街中へ歩き始めたが、案の定ある程度距離をとって漣家から二名が付いてきていることに烑香は気付いた。

 ただ、一般的に声が届く距離ではない。

 話している内容を聞かれる恐れもない。


「……お話させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ。ですが、先に私から。お察しの通り私は漣幻ではございません。ですが、どうしてお気付きに?」

「お名前を仰ったときです」

「発音に違和感がありましたか?」

「違和感というほどのものではなりません。ただ、慣れていらっしゃらないよう感じただけです」


 烑香は嘘ではない範囲で返答する。

 嘘を見分けることが得意であるだけに、嘘をつくことはできるだけ避けたい。自分と同じように簡単に判断できる者がいても不思議ではない。

 烑香の返答に青年は息を吐いた。


「そっか。滑らかに言えればそれでいいと思っていたけど、慣れないことはするものじゃないね」


 急に砕けた口調になったことで、相手が偽るのをやめたのだと烑香も理解した。

 同時に、ふっと笑みが漏れた。


「けれど偽ざるを得ない状況ということは、失礼ながら私にとって好都合です」

「どういうこと?」

「私、お見合いはお断りさせていただきたいと考えておりました。そちらが代役ということは、きっと縁談の不成立をお望みでしょう?」


 烑香がはっきりと言うと、青年は今度は目を見開いた。代役だと見破られた時以上に驚く様子に、むしろ烑香のほうが驚かされた。


「いかがなさいましたか」

「そっちも縁談を避けたいと考えているなんて思わなかったよ。でも、こちらとしては縁談の成立を望んでいるよ。というより、今、望むことにした」


 思いがけない発言に烑香は眉根を寄せた。


「あなたは漣幻様ではない。ご本人不在のまま、成立させてよいものなのですか。それが叶うのであれば、そもそも見合いなど不要のはず」

「まぁ、そう思うよね」

「そもそも代役様はご存じなのですか? 私のこの髪は鬘。本当の髪色は銀でございます。良家と縁を結ぶ者としては不適格でしょう」


 漣幻本人がどれほど縁談を潰してきた変わり者なのかは知らないが、奇異な見目は避けたいはずだ。それに少し家格が下がったところで、事実上は朧家と同格の家は多くあるはずだ。五十歩百歩ならば、この見目で集める嫌悪よりは幾分もましだろう。世継ぎにこの色を残したくないと思うのは、世間の目を見れば当然のことだろう。


「一体、何を企んでいらっしゃるのですか」


 失礼な物言いになっていると理解はしているが、これ以外に言える言葉が見つからなかった。睨むというほどではないにせよ、鋭い視線を送ってしまった自覚もあった。だが相手にとっては気分を害するというほどのことはなかったようだ。

 むしろ愉快そうに口の端を上げているのが見えた。


「わかった、観念するから怒らないでよ。今なら様子を窺っている彼らにも声は届かないしね。市に入って他人に聞かれる前のほうが、よほど安全だ」


 そう青年は呟くと、後ろを振り返り、追い払うようなしぐさを見せた。すると烑香が今まで聞いていた、後をつけていた二人分の足音が遠ざかる。

 同時にその音を聞いたとき、烑香は酷く驚かされた。


(……まさか、代役が漣家に対して命令できるの?)


 そもそも代役の男に二人も後を付けさせるのはなぜなのか。状況確認のためだけであれば一人でも構わないし、それ以前に外出は慎むよう助言すれば後を付けさせる必要もなかったはずだ。その上で護衛が付いているのは、この青年の提案を漣家が受け入れているということだ。


(ということは……この代役様のほうに主導権があるということ?)


 そこまで考えた時、青年が口を開いた。


「俺は焔静傑。この国の第五皇子だよ」


 周囲に人がいない中、その声はしっかりと烑香の耳に届いたことは、さすがに烑香も嘘だと思いたくなった。


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