第五話 茶葉の遺言(一)
慰霊祭の準備が進む中、麗藍のもとに唐突な碧羽の訪問があった。
麗藍は烑香を伴い、その対応にあたることになった。
「今朝方豪傑様の形見分けをすると甄佳様からご指示がありました。陛下の命と聞き及んでおります」
挨拶もそこそこに、碧羽は本題を口にした。
白鸞に対する対応に比べ幾分か口調は穏やかで丁寧ではあるが、事務的ではある。
(そもそも甄佳様って、誰?)
ひとまず立場ある人なのだろう。そして皇帝と話すことができる立場にあり、なおかつ碧羽に指示できる立場であるらしい。
(……そうなると、豪傑殿下の母君かな)
烑香がそう考える中、麗藍はゆったりと口を開いた。
「本当に私が行って良いのかしら? 豪傑兄上とはあまり仲がよくなかったけれど」
「悪くもなかったではございませんか。問題ないと思います」
悪くもなかった、という碧羽の言葉は嘘だった。
ただただ断らせないための言葉である。
(だいぶ悪かったのね……)
静傑も豪傑を悪く言うことはないにしろ、光傑のように敬っている話は聞いたことがない。
いつも通り変化のない表情を浮かべる麗藍は、じっと碧羽を見てから立ち上がった。
「私としても陛下の命に背くつもりはありません。今から伺っても?」
「ええ」
「では、烑香も来なさい。私が呼ばれているくらいだもの、静傑お兄様もいるのでしょう」
「それは、もちろん」
碧羽は即答したが、少し戸惑っていた。
呼ばれていない烑香を案内して構わないのか、自信がないのだろう。
「私が侍女を連れていくことに反対する理由があるのかしら?」
「もちろん、何もございません。何もございませんが……むしろ、麗藍様は何か特別なお考えがあるのでございましょうか」
すこし引っかかるような物言いをした碧羽に、烑香は顔を引きつらせた。
碧羽はおそらく、白鸞との出来事に自身がいたことで、今回も烑香を呼ぶのだから問題があるのではないかと疑っているのだろう。
(私は疫病神ではないのだけれど)
そう思いながらも静かに黙っていると、麗藍が軽く首を振った。
「何もないわ。もしかしたら、彼女が何かを見つけるかもしれないけれど」
「麗藍様、適当なことを仰らないでくださいませ」
悪い予想は口にすればその通りになるという話を聞いたことがある。話程度で物事の確率が変わるとは思わないが、人に聞かれれば話は変わる。
もっとも、今この話を盗み聞きできる範囲に他人はいないのだが。
麗藍は窘めるような声色にも大きな反応は見せなかった。
ただ、そっと烑香の耳元で小さく呟いた。
「もし何かを見つけたときは、お願いね」
その言葉に烑香は麗藍が可能性ではなく希望で話していたのだと気付かされた。
***
豪傑が亡くなってから一年以上が経過しているが、私室はおそらく片付けがあまり進んでいない。掃除も行き届き、まるで人が暮らしているように思える部屋だった。
「両殿下を突然お呼びたてすることになり、申し訳ございません」
目を伏せながら丁寧な出迎えをした妃が甄佳なのだろうと烑香は思った。。
美しい女性であるのだろうが、頬がこけている姿からは憔悴しているという状況が嫌でも伝わる。
「貴重品の多くは埋葬しておりますが、様々な品が残っております。どうかよく見ていただければと存じます」
深く頭を下げた甄佳を烑香は気の毒だと思った。
今にも倒れそうな彼女は、本来このような姿を見せるべきではないだろう。気丈に振舞うことが後宮では必要であるはずだ。それは白鸞や碧羽を見ていれば理解できる。
けれど、彼女はそれができないほどの精神状態なのだろう。
そんな彼女に静傑が頭を下げた。
「ありがとうございます。では、拝見いたします」
それに続き麗藍も頭を下げる。
すると甄佳は「どうか頭をお上げください、私は何もいたしておりません」と困ったように呟いた。そして碧羽にもう戻りなさい、と小さく命じていた。けれど、と言う碧羽には首を振るだけで答える。
(でも、まぁ彼女がいてもすることはないか)
甄佳は酷く疲れた様子だ。迎える人数はできるだけ少ないほうがいいのだろう。
豪傑の私物は埋葬品以外もすでにほとんど片付いているらしく、残っているのは私室のうち一部屋のみだった。
「こちらの部屋も、すぐに片付けるはずでした。ですが、陛下がしばらくは維持して構わないと仰ってくださり、ずるずると……。ですが、いつまでもこのままではいけませんから」
そんな甄佳の言葉を聞きつつ、静傑と麗藍は部屋をじっくりと眺めていた。
二人とも欲しい品があるようには見られない。そもそも静傑と麗藍、二人の話していた様子からは豪傑と仲が良かったとは思えない。だから思い入れがある品があるわけでもないのだろう。
とはいえ、形見分けに参加するわけではない烑香が部屋の中をまじまじと見続けるのも変な話だ。しかし何も見ないこともできないので、烑香は麗藍の後ろから、彼女が見ている棚を一緒に眺めていた。
すると茶器の隣に砕かれた茶葉が入った硝子の容器あることに気が付いた。
(珍しい)
後宮に来て以来、見るのは固形茶ばかりである。しかし、そこにあったのは乾燥した茶葉を砕いたものであった。
(お茶というよりも、庶民が薬草を煮出して飲むように飲んでいらっしゃったのかしら。茶葉をこのように飲むのは見たことがないけれど……)
茶葉の入った容器の蓋には、豪傑の印である馬が象られていた。
烑香がじっと見ている様子に気付いたのか、静傑がそっと近づいてきた。
「何か気になるものがあった?」
「いえ、少し珍しいと思いまして」
「ああ、この茶葉か。珍しいよね。豪傑兄上は砕いた茶葉に熱湯を注ぎ、茶葉ごと飲むのが好きだと仰っていたよ。このほうが短時間で飲めるから、と。頂戴したことがないから味は知らないけれど」
それは豪快というか、珍妙な飲み方だと烑香は思った。
しかし烑香が答える前に、甄佳が静かに口を開いた。
「よく、ご存じなのですね。ずいぶん変わった飲み方だというのに。直接お聞きになられましたか」
「はい。仕事で尋ねた折に偶然召し上がっていたことがあり、お聞きしました」
「そうなのですね」
それはほんの少しだけ嬉しそうな、けれど寂しそうな声だった。
「豪傑は倒れた日の朝も、いつも通り自身で茶を用意していたそうです。そして昼までは一人にするよう命じ部屋に籠り……昼前に発見された折には厳しい状況だったと……」
ぽつりぽつりと、甄佳は窓辺に寄りながら言葉を発する。
「倒れた理由は疲労が原因だと聞いています。疲れがたまっていることには気付いていました。止めなかったことが、悔やまれてなりません」
甄佳の言葉は独り言でもあったのだろう。答えは求めていない様子だった。
(どうしよう。この状況の甄佳様にはすごく言いにくいんだけど、この茶葉、ちょっと変に見える)
烑香は過去を振り返っているだろう甄佳に尋ねたいことができたが、それを口にして良いか迷った。心情に配慮するということもあるが、下手な質問は不敬となりかねないという懸念がある。しかし聞かずに去ることは大事なことの見落としに繋がる可能性もある。
そう烑香が考える中、静傑が最小まで落とした声を烑香の耳元に落とした。
「また、何か気になっている?」
僅かに頷き返すと静傑は表情を緩め、膝を折り、烑香の口元に耳を寄せた。言いにくいことだと伝わったらしい。しかし甄佳がこちらを見ていないとはいえ、このような状況下で堂々と内緒話をする気なのかと烑香は少し呆れたが、言わないわけにもいかなかった。
「この瓶の中に不要なものが混じっているように見えたのです」
そう言ったところ、静傑は少し眉を寄せた。




