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第四話 うつつの胡蝶(一)

「白鸞と碧羽が和解するという演出が成立するなんて、烑香は面白いことをしたのね」


 面白い噂を聞いたとばかりに、けれど相変わらず無表情で麗藍が言うので、烑香は控えめに首を振った。この人の耳に入らないはずはないと思っていたが、想像以上に直接的な物言いだと思わされる。


「私はほぼ何もしてないですけどね」

「でも白鸞から聞いているわ。ずいぶん冷静に碧羽を分析し真偽の判断をしていた、と。駆け引きに慣れているの?」

「いえ、全然。けれど、音には敏感なのですよ」

「それは聞いていたけれど。遠くの音が聞こえる以外の使い方もできるのね?」

「嘘は分かりますね」

「正解率は?」

「認識している範囲で誤りはないと思います」


 目が合い、互いの動きが数秒止まる。

 一般的な話ではないので、信じてもらえるか、もしくは冗談だと思われるかは五分五分だと烑香は思っていた。

 しかし麗藍は非常にあっさりとしていた。


「いろいろ辻褄が合った気がしたわ。良いお耳ね」

「ありがとうございます」


 やはり耳のことで褒められると嬉しいと思っていると、麗藍は「それはそれとして、」と切り出した。


「今日はちょっと外で過ごしてくれないかしら」

「え? 外っていうのは……」

「街に出て行ってほしいの。今日はあなたのことを聞き来る奴らがいるの。……洗濯場で石榴妃を見つけた侍女は何者なのかと、要は知っておきたいということでしょうね」


 別に聴聞でもなんでもない、本当にただの参考聴取よ、と麗藍は続ける。

 烑香が不在で構わないというのがその言葉を裏付けている。


(そして、いたほうが面倒だということも伝わる)


 烑香としては休暇を得ただけなので、拒否する理由はなにもない。

 突然の自由時間であろうと、行きたい、行ける場所はある。


「どこか行きたい場所はある?」

「ありがとうございます。花街にでも行こうかと思います」

「花街?」

「ええ。珍しい書を貸してくれる妓女と知り合いでございまして」

「へえ。土産話を楽しみにしているわ。そろそろ迎えも来るから、用意をしていらっしゃい」

「迎え?」


 さすがに見知った道では迷わない、そう思ったが、そのくらい麗藍とてわかっていると烑香は思いなおした。ならば、何のためなのか。そちらから考えるほうが早いと思ったが、考えるより先に遠くから足音が近づいてくる。


「静傑様をお連れしてもよろしいのですか?」

「本当に良い耳をしているのね。構わないわ。むしろ貴女たちはもう少し相手のことを知ったほうが良いと思うの。利用する手段を持っておくためにも、相手のことをより知っていて損はないわ」


 当たり前のように言われ、烑香は苦笑しそうになったのをぐっとこらえた。

 普通の政略結婚ではないが、利害一致結婚ではあるので、むしろ通常より相手の状況を知っておいたほうが良いのは確かだ。特に、静傑の状況を知っておかねば懸念を晴らす手伝いもできはしない。

 すでに多少はともに修羅場を潜っているような気はするが、互いのことを多く話したとまでは言えないだろう。

 とはいえ人となりはもうわかっているつもりなので、絶対に必要な事柄だとまで烑香は思っていないのだが。

 

「遅くなってごめんね。今日はどこへ行く?」

「お兄様、私に挨拶はないのですか?」

「ごめんごめん、連絡ありがとう」

「まあ、構いませんけれど。烑香は花街に行くそうですよ」

「え、意外だね」


 驚かれることは想定内だ。

 むしろ尋ねられはしたものの反応が薄かった麗藍のほうが不思議な反応だと思う。

 しかし静傑も烑香が想定しているより驚きは少ないようだった。


「もう用意は済んでる?」

「すみません、まだ用意ができてなくて。二蝶も持っていくのでお待ちください」

「わかった。急がなくてもいいよ」


 そう言いながら、静傑は自室であるかのように椅子に座り、麗藍に「くつろぎすぎです」と言われていた。麗藍が利害関係の一致のみと言っているが、静傑の距離の詰め方は勢いがあるなと思った。


(でも生来のものというよりは、それを武器にしているような)


 しかしたとえそうだとしても、麗藍も強く拒否するには至っていない。

 それはこれまでの行動が、悪意から行われたものがないからなのだろう。

 烑香はそんなことを考えながら部屋に戻り急いで荷物をまとめた。

 急がなくてよいとは言われたものの、せっかく馴染みの場所に行くのだ。自由時間が長いに越したことはない。


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