第三話 呪符と利用法(五)
その言葉を訝し気に見ているのは碧羽も同じだった。
「……貴女、一体何を考えているの?」
「考えているというか……。信じていただけないのは承知ですが、私、人の嘘と本心を見分けるのが人よりかなり得意です。だから白鸞様が私にくださった情報も、碧羽様が仰った内容の大部分も、お互いが把握している真実だと思っているということが、わかってしまうのです」
二人からの視線が痛いので顔を逸らしたくなるが、そんなことをすれば二人のどちらも烑香のことを信用しなくなるだろう。静かになったことだけを利点だと考え、さらに言葉を続けた。
「だからこそ、私はお二人を敵対させ、どちらかを勝たせるのが文の送り主の狙いであり、実際の勝敗はどうでもいいという状況だったのではないかと思うのです」
二人には突拍子もないことに聞こえるだろうことを理解しているからこそ、これが聞き入れられなかったときは手詰まりだとも思っていた。証明するには話をきいてもらわなくてはならない。
そう思っていると「ひとまず続けなさい」と、白鸞から命令が下された。信じられている雰囲気ではなく、下手をすれば彼女を敵に回しかねないとも理解できる。
だが、せっかく話を続けられることになったのだ。気にしている場合ではない。なにせ、白鸞にとっても有益な話にはなるはずなのだから。
「碧羽様のもとにお言葉通りの文が届いたというのは本当のようです。そして事実を明らかになさろうという意志も。そして呪術も本当に有効だとお考えなのようです」
そう説明すると、白鸞以上に碧羽の眉間に皺が寄った。
「……擁護だとは言い切れないけれど、あなたは私に味方をするつもりなの?」
「いえ、断じて。私は碧羽様の味方ではございません。貴女様のことをよく存じ上げませんし、何より白鸞様のことを誤解なさっておられますので、そこから正していただきたいのです。白鸞様は静傑様と本当になんでもない……むしろ、皇太子殿下がご存命の頃から婚姻のためのお世話をなさっていたのですから」
烑香の言葉に碧羽は眉根を寄せた。
本当のことであっても、出任せに聞こえたのだろう。しかし詳細を話して自分だと名乗り出るのも、さらに嘘くささを加速させるだけなので次の話題へ話を進めようとしたところ、白鸞が大きく溜息を吐いた。
「公になっていないことだから言いたくはなかったけれど、仕方がないわね。……正直に申し上げます、碧羽様。彼女は静傑様の婚約者。私と兄がその仲介をしたことは事実です。そして、私は本来呪術など信じていません。なんなら私を呪う札を懐にしまい込むよう言われても私は拒否はしませんよ」
言い切った白鸞に碧羽は目を見開いた。
「呪術を、信じていない……? 何を考えておられるのです」
「そちらこそ、札一枚で何ができるとお考えなのですか。豪傑殿下の死にも疑わしき点はありますが、静傑様に強気な態度を取られていたあの方が札ごときに負けると本気で思っているのですか」
「待って、それでは、本当にあなたは呪符に関係していないと……?」
「最初からそう言っています。……貴女も、本当に知らないのですね」
互いの状況を把握したらしい二人は、険しい表情を維持しながらも言い争うことはなくなった。
光傑だけではなく豪傑まで不審死だったのかと驚く情報を頭に収めながら、烑香は改めて口を開いた。
「……私には碧羽様に情報を流した者が誰なのか想像できませんが、その方は白鸞様と碧羽様が互いを疑うことを期待したのだと思います。実際、その状況にはなりました」
「そう、ね」
「突飛な想像かもしれませんが、お二人のどちらかにお二人の殿下の死の原因を押し付けようとする者がいるのかもしれません」
皇族の威信をかけて調査が行われたはずの調査に不審な点が多かった。杜撰な調査であることは、それを話した静傑以外も感じていることだろう。それが政治に対する不満や疑念に繋がっていても不思議ではない。
けれどここで二人のどちらかに原因があることにすれば、それは解消できるだろう。今まで泳がせていた、調査を継続させていた、と言えるのだから。
「もちろん他の理由でお二人の対立を煽ったのかもしれません。ですが、お二人のうち一人を苦しい状況に追い込もうとしていた者が、手紙を出したのではないかと私は思います」
烑香の言葉に二人は無言になった。
そんな中、烑香はどちらかといえば碧羽が狙われたのではないかと考えていた。
もともとの性格か、状況的に冷静でいられないだけなのかはわからない。ただ、碧羽は当然のように皇族相手の話をするために無記名だったと思っているが、無責任な発言である可能性を考えていなかったあたり、少し危ういところがある。仮に動揺があったとしても、それを察せていない時点で白鸞が出し抜けるような人ではないだろう。
ただ、不確定なことが多すぎるので結論など導き出せないのだが。
「さて、どうしますか。この状況。さすがに私がご提案させていただくわけにはいかないです」
「よく言うわね。烑香、貴女、わざと碧羽様の前でこの話をしたのよね? まさか碧羽様にだけ得をさせるつもりはないでしょうし、かといって私にだけ有利な状況を作るのであれば、私にだけこっそり言えばよかったでしょう」
「……私と白鸞様の間にも信頼関係があるとまでは言えませんので、言っても信じていただけなかったとは思ってるんですが、まあ、否定はしません」
そうして肩を竦めれば、白鸞も同じように息を吐いた。
「仕方がなかったことは認めるわ。ならば、私と碧羽様が手を取り合う演出が必要ということね。……今まで不仲であっても弔問に訪れ私を慰めてくださった碧羽と、和解する。無理ではないわ」
「……ええ、白鸞様は先ほどまで本性を隠して弱弱しく見せていたから、うまく騙せるでしょう」
「都合がよくてよかったわ」
にこりと笑う白鸞に碧羽はわずかに頬を引き攣せた気がした。
もともとは悪女だと思っていただろうに、想像よりも強かに見えたのだろうか。
「でも、今回はいいとしても碧羽様に接触を図った者が一体何者なのか探らざるを得ないわね。少なくとも、この場に呪符を貼った関係者ではあるだろうから」
簡単に入れる場所ではない。
ただ、光傑の死後であれば不可能ではない。
白鸞が管理をしているとはいえ鍵を持つのは白鸞だけではないし、開錠には必ずしも鍵が必要とも限らない。
「念のため、鍵を壊しておきましょう。私は壊れた時期など存じませんが」
そうにっこりと笑った白鸞に、烑香は対立していた碧羽が気の毒になった。
だが、長く同情している暇はない。それよりも今回の狙いが理解できないほうが気掛かりだ。
ただ、仮定ばかりの状況に不安は強い。
なにより本来責任を押し付けるだけであれば白鸞や碧羽ではなく、もっと身分が低い者を使った方がやりやすいはずだ。加えて皇太子が使っている場所ならこの部屋以外にもあるのだから、あえてこの場にこだわる必要がない。
(……白鸞様を引っ張り出したかった、ということには違いないんでしょうけど。亡くなった皇太子妃を引きずり出したい理由が私にはわからない)
白鸞自身は気付いているのだろうか、それとも、知らないのだろうか。
そう烑香は思ったが、解決したとばかりの雰囲気を作りながらも、声の調子は僅かに平常ではないのだから、きっと考え事をしているのだろうと判断した。




