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第三話 呪符と利用法(三)

「失礼いたします、白鸞でございます」

「暫くぶりだね、義姉上。烑香もいるけど構わない?」

「もちろんでございます」


 そう返答した白鸞は烑香に向かい優雅に一礼した。


「今回の葬送祭、そしてこれから。どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします。朧烑香と申します」


 烑香にも丁寧な挨拶をする彼女は律儀な性格でもあるらしい。

 それほど礼儀に自信がない烑香からすれば、今までと異なる緊張感もある。


「しかしまさか義姉上がこちらにいらっしゃるとは思ってなかったんだけど。葬送祭の相談だよね?」

「それもありますが、碧羽様のことでお二方にご相談したいことがあるのです」


 白鸞に対し想像より砕けた調子で話す静傑に少し驚くも、深刻な白鸞の様子に注目せざるを得なかった。しかも内容が、つい先ほど出ていた者の話である。

 静傑も苦笑していた。


「さっきちょうどその話をしていたんだ」

「そうなのですね。でも、私がご相談したいのはこれまでの彼女の主張とは関係がないことです。……実は、彼女から何度も東宮内の光傑様のお住まいであった悠星宮を弔問したいとの要請があったのです。次の皇太子が決まるまで、陛下の命により悠星宮は私が管理させていただくことになっておりますので」

「……弔問?」


 静傑の眉間に皺が入る。


「碧羽様のご出身地では確かに故人の屋敷を訪問し、四方に花を供える習慣はございます。ですが、今までご実家の風習を押し通そうとなさったことはなかったので気になって。私たちもあまり仲が良くありませんし」


 その話をしっかりと聴きながら、烑香は頭の片隅で白鸞が芯が強い人だと思った。

 白鸞と光傑の仲の良さなど知らないが、静傑の反応を窺う限り良好であったはずだ。仮にさほど仲がよくなかったとしても、東宮の妃という立場を失えば、未来への不安が滲んでいても不思議ではない。

 過去のことと言い切るには短い歳月しか経過子弟ない中悲しみに暮れることなく、自身の状況を正確に把握しようと努めている。

 これが妃として生きるということなのか、と烑香は思った。


「碧羽様は茶会も運気の良いとされる日に限っておられるほど信心深い方ではあるので、本気である可能性もありますが……」

「それでも可能性は低いだろうね。あちらも同時期に豪傑兄上を亡くしていて、身の振り方を考える頃だろうに。……形見分けでも狙ってるのか?」


 その質問に白鸞は首を振った。


「貴重品を渡す謂れはございませんし、自尊心の高い彼女は物乞いのような真似はしないでしょう。だから余計に何を目的としているのか理解できなくて」

「……とりあえず、俺たちも東宮に行ってみるしかないか。義姉上から見たら何もないんだよな」

「はい」


 頷く白鸞が管理者として建物内をよく見てないわけがない。

 それは静傑も承知の上での質問だったのだろう。互いに溜息を零している。


「今から行くよ。烑香も一緒に」

「え? 私も行くのですか?」

「人の目は多いほうがいいでしょう。何を考えているのかわからない相手なら、後宮の常識を知らない烑香のほうが違和感を覚えるかもしれないし」

「そうかもしれませんが、何も見つけられない可能性のほうが高い気がします。まぁ、呪詛の札が見つかるより何もないほうがいいと思いますけれど」


 さすがに東宮に踏み入るのは気が引けるが、ここで行かないというわけにはいかない。

 むしろ、先ほど頼って欲しいといったばかりだ。自分の発言を反故にするわけにはいかない。


(それに、巻き込みたくないと仰る静傑様が躊躇いなく誘ってくださるんだもの。危ないことはなさそうなんでしょうし)


 そう烑香が考えていると、静傑に急に手首を掴まれた。


「い、いかがいたしましたか?」

「なぜそう思ったんだ?」

「え?」

「呪詛の札。そんなものが、なぜあるかもしれないと」

「あるかもしれないのではなく、なければいいと思っただけですよ。私は呪符なんて効果がないと思っていますが、直接的な殺意なんて見たい人のほうが少ないでしょう? もっとも、隠されているのであれば見つけられるに越したことはないと思っていますよ」


 ただ、いまの静傑ですら陥れようとしている者がいるくらいだ。

 既に皇太子の地位に就いていた光傑を疎み呪う者がいてもおかしくはない。

 すでに白鸞が一度室内を隈なく探しているのであれば、出てこない可能性のほうが高いのっではないかと烑香は思っていた。

 だが、烑香の答えに二人は目を瞬かせるばかりであった。


(もしかしてお二人とも呪符の可能性は考えていらっしゃらなかった……?)


 白鸞はわからないが、少なくとも静傑は呪符の効力など信じていないだろうから、そんなものを使う者の神経がわからないのかもしれない。そもそも決まった人間しか出入りしない場所にそのようなものを置くとは思っていないということか。

 そう考えると、呪符の可能性を考えた自身のほうが変なのかもしれないと思ってしまった。

 そんな中で静傑は顎に手を当て、ぽつりと呟いた。


「……まあ、出てこないに越したことはないな」


 何かを考え続けている様子からは、その可能性を考えていなかったようにも見受けられた。

 

(……白鸞様のご様子も同じ)


 こういう時は、嫌な予想が当たる気がする。

 それは良いことだろうか、悪いことだろうかと考えながら悠星宮内を探し始めて間もなく、箪笥の引き出しの底板の裏に貼られていた呪符が見つかったた。

 烑香が白鸞の腕では引っ張り出すのは厳しいかと思っていた場所を調べたところ、あっという間に出てきてしまったのだ。


(本当にこんな物を作る人っているんだ)


 知識として呪符の存在は知っていた。

 だが、烑香が現物をみるのは初めてのことだった。

 効果がないと思っていたとしても、積極的に見たいものではない。だが嫌悪感を抱いた烑香と、静傑や白鸞の表情は少し異なっていた。


「……なるほど。これか」

「これでしょうね」

「烑香が見つけてくれて、本当に良かった。……こんな大胆なことをしてくるとは、正直思っていなかったけれど」


 納得した、というような様子の二人に、烑香は首を傾げた。


「……もしかして、碧羽の狙いがこれだということですか?」


 しかし、見つかったのは呪符だ。

 碧羽が信心深く本当に効果を信じて使ったとしても、回収する必要性がわからない。

 目的が達成されたなら、すでに不要の産物だろう。それなのに回収しなければいけない理由があるとすれば……そう考え、ふと一つの可能性が烑香の頭をよぎった。


「まさか……この札の発見者になり、犯人を捜す役を得ようとした……とか……?」

「今の段階で断定はできないけど、ほかに何も見つかなければその可能性が出てくるよね。私と義姉上の仲を疑う者がいる以上、兄上を亡き者にすべく呪おうとした……という噂は立てやすいだろうし。この場所に呪符が貼られているとなると、義姉上を犯人に仕立て上げたいなら、やりかねない」

「で、でも、彼女がこの部屋に入ったとしても唐突に引き出しを引っ張り出すのは難しくありませんか? 不審者ですよ」

「不可能じゃないよ。いやな気配がするだとか、夢に出てきただとか、いくらでも理由付けはできる。拒否すれば後ろめたいことがあるのかって言いそうだし」


 そう淡々と言う静傑の隣で、ほんの僅かではあるものの白鸞の呼吸が早くなっていた。意識的に自然に努めようとしているのだろう。つまり、平常ではない。


「……静傑様の仰る通り、これは光傑様を呪うために貼られたわけじゃないでしょう。でも、光傑様を私が呪ったと……? あの御方を殺めたたわけが、碧羽だと……?」

「義姉上、落ち着いて。まだ決まってない。仮に彼女が関わっていても、ここに彼女が一人で札を貼ることは不可能だ」

「それは理解していますが、あの女は……」


 憎々し気な瞳を見せた白鸞に、烑香は息を呑んだ。

 彼女は強い。けれど、思っていた強さと異なる強さを持っていた。今までは激しい怒りを、笑みで押さえていたのだろう。

 ただ、決めつけるのは暴走だと烑香は思う。

 帝位を争う兄弟の妻という立場から、碧羽は光傑が亡くなったときに利がある立場であることは確かだ。だが、すでに彼女の夫は亡くなっている。


(そんな中、わざわざ自分が疑われる危険を犯す? そもそも、静傑様は彼女に自分が関与している思われていると仰っていた。彼女の陰謀などとするなら、その前提自体が崩れてしまう)


 静傑の予想が外れている可能性もある。

 けれど直接出てくるなど、噂を立てる以上に危険度が高いし、単なる噂以上に被害を受けることでもあるのだが。


「ほかにも、何かないか調べましょう」


 烑香は短く口にした。

 いろいろ考えるより、今はやるべきことがある。


「もしこれしか怪しめるものがないのであれば、利用すればいいのです。この札は、こちらの武器にもなるのですから」


 そう言いながら、果たして自分にも白鸞ほどとはいかずとも、演技ができるだろうかと頭の隅で考えた。


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