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第三話 呪符と利用法(二)

 勅命が届いてから一刻後、静傑は烑香のもとにやってきた。


「陛下からのお言葉は届いた?」

「はい。……詳しいことはなにも記載されておりませんが」

「詳しいことは決まってないからね。俺も半刻前に聞かされたばかりだし。慰霊祭自体はいいと思う、でも急な日程でいきなり責任者になれっていう無茶振りは嬉しくないね」


 どうやら自身より後に静傑が指示を受けたことに烑香は驚いた。本当に突然決まった話なのだろう。

 静傑は麗藍の侍女が持ってきた茶を一気に飲み干してから深く溜息をついた。


「慰霊祭は歴代の皇族を祀るためとのことだが、実際のところは第三皇子と第四皇子のためを目的にしているね。責任者は俺と、第三皇子の妃であった白鸞(はくらん)だ」 


 初めて聞く名に烑香は首を傾げた。

 第三皇子と第四皇子のためであれば、なぜ第三皇子の妃のみ責任者となるのだろう。


「白鸞様とは、どのようなお方なのですか?」

「第三皇子……光傑兄上の母君である武貴妃の侍女だった方だ。兄上との間には姫が一人。兄上の死後は貴妃のもとに身を寄せる話も出ているけれど、まだ移ってはいないね」


 いずれは移らざるを得ないだろうけど、と静傑は言葉を続ける。


「しかし、気が重いなぁ」

「……白鸞様とは仲がよろしくないのですか?」

「いや、白鸞とは悪い関係じゃないよ。彼女は俺が第六皇子……弟の駿傑に皇位継承させたいことも、兄上が東宮であったときも俺が臣籍降下をしたいと相談していたことも知ってる。なんなら白鸞の妹と縁組の話も一瞬出たことがあるくらいの仲ではある」

「つまりは色んな意味で義姉という」

「いや、兄上の妻っていうだかだからね? 話、進んでないから勘違いしないようにね?」


 軽口程度に言っただけであったのに、少し圧がある訂正だなと烑香は思った。深い意味もなければ強い興味を持っているわけでもないので、これ以上掘り下げるつもりはなかったのだが、そんなことを言われればかえって気になる。


「ねぇ、とりあえず黙ってないで何か言ってくれないかな?」

「え、何を言えばよろしいですか?」

「……別にいいけどさ。まあ、今回きみと縁談を組めるよう漣家を巻き込んだのは彼女の兄の白鷲(はくしゅう)だから。妹の件はほんと白紙になっただけだから」

「別に気にしてませんよ。それより白鸞様と関係が悪いわけでないのなら、懸念事項は純粋に準備期間の短さですか」

「あー……それが半分。あと半分は第四皇子……豪傑兄上の妃、碧羽(へきう)が絡んできそうだなと思っただけだよ」


 碧羽の名を口にした静傑は、明らかに白鸞の名を呼ぶときと様子が異なり、嫌々だという様子を隠していない。


「どうせすぐ聞くことになるだろうから言っておくけど、碧羽は俺と白鸞が密通して光傑兄上を殺害し、皇位を継承するため有力だった豪傑兄上も殺害したと主張してる」

「わぁ」

「そもそも豪傑兄上のが亡くなった時、俺はひと月前から公務で特使として北方に向かっていて都にはいなかった。それでも直で手を下さなければ可能だと反論してくるし。人を使ってない証拠を出せと詰め寄られるけど、逆にそこまで俺に伝手がある証拠を出せっていう話だよ」


 あちらのほうがよほど根拠がないだろうにと、烑香も静傑に少し同情した。


「不敬罪だと言えないわけじゃないけど、無茶な権力を奮ったように見えたら俺が躍起になってるように見えるし。それに碧羽は俺がやったって本気で思ってるみたいだから陥れるつもりはないみたいで、悪意はないから後味悪くなるし。実害は面倒という以外はないし」

「その話を信じる人が出ることは実害ではないのですか」

「まあ、そうだけど利点でもあるんだよね。碧羽が俺を犯人だと言ってる間は駿傑(おとうと)が悪いようには言われないだろうし。兄上たちに起きたことの真相がわかるまで駿傑を下手に目立たせたくない」


 そう静傑が口にしたことに烑香は一旦頷いたが、気になる言葉がいくつかあった。

 兄上たちに起きたことの、真相?

 噂を抑えるというだけの話ではなかったのか?


「……失礼ですが、第三皇子は不慮の事故、第四皇子は急病でお亡くなりになったのですよね?」


 静傑が疑われるよう仕向けている一派がいるのは理解している。そのために二人の皇子の死が使われているように感じていたが、今の話し方だとそもそも烑香が思っている前提が違っている。


「俺は調査が不十分だと思うよ。いい加減な報告書だと。意図的に下手な報告をしたと思ってしまうほどに」

「ですが、皇族に関することで適当な報告が許されるのですか?」

「どうしてか、陛下がお認めになっている。だから俺が調べるのには限界があった。……諦めてないけど」


 つまり何かがあると確信しているのだろう。

 皇帝は気付いていないのか、調査を放置せざるを得ない何かがあったのか。

 いずれにしても静傑はそれを解決する気でいる。


「静傑様、私、噂を潰したいとしか聞いていないのですけれど」

「……似たようなものでしょ。この件は俺で烑香の手を煩わせるつもりはなかったし」

「ほんっと、お人好しですね」


 実際、静傑の立場を以てしても調べられないことを烑香が調べるのは難しいことだろう。静傑から話を聞いたところで何かが出来たとも思わない。


「でも、それならどうして今お話しくださったのですか? 本来であれば今回も言わずに済ませることができましたよね」


 むしろ、気付いてほしいという合図のようにも思える。


「……碧羽が光傑兄上の件について、何か知っている可能性がある。証拠はない。そんな感じがするだけだが、気付いたことがあったら教えて欲しい」


 そう、真剣な目を烑香に向けた後、静傑は頭を抱えて唸った。


「あぁ、もう! だから嫌なんだよこの仕事受けるの。急だから烑香の周りばかりに気を配れる自信はない。陛下もなぜ侍女(烑香)を巻き込まれたんだって思うと同時に、またとない機会だと思えば逃すわけにもいかないし」

「……本当にお人好しですね。でも、そこで頼らないとなると少し薄情ではありません? 私たち、友人でしょう?」


 なるほど、抵抗があったのはこの話をするためだったのだろう。


「私は無理はしませんが、掴める機会を逃すなんてもったいないこともしたくないですし。共闘するならちゃんと使ってくださいよ」

「だけど烑香に面倒ばかりかけるのは違うだろ」

「じゃあ貸しにしてもいいですよ」


 返してもらおうとは思わないけれど、と心の中だけで付け加えたが、納得していない静傑の顔を見る限りあまり効果はなかったのだろうと思った。

 さてどうするかと烑香が考えていると、麗藍の侍女から入室を求める声が届いた。それに静傑が許可を出す。


「失礼いたします。白鸞様がいらっしゃっています」

「姉上はこの部屋に招き入れてもよいと仰っているか?」

「はい」

「では通してくれ。間違いなく今回の話だし」


 その回答はすでに想像され扉の前に待機していたのか、許可が出ると同時に白鸞だと思われる、柔らかな雰囲気女性が部屋に現れた。


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