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第二話 不誠実者の巣窟(三)

「もちろん御供させていただきますが……浮かないお声ですね」


 烑香に断るという選択肢はない。だから気になることを端的に指摘すると侍女から睨まれたが、麗藍が表情を変えることはなかった。


「茶会は嫌いよ。皇女という立場上、誘いは陛下に取り次いでほしいと寄ってくる輩ばかり。まあ、世継ぎの現状を考えれば積極的に動くのも不思議ではないけれど」


 “現状”という言葉はすでに四人の皇子が亡くなっており、存命中の皇子が二人だけであることを指しているのだろう。皇女も麗藍を含めて二人だけだったと記憶しているので、多くの妃を持つ皇帝にしては子の数は少ないように思われる。


「陛下に目通り出来る機会が与えられれば自分が見初められ皇子を産むことができる。今の皇子たちが帝位につくとは限らない。そう考えている妃は多い」

「麗藍様、恐れ多いことは仰らないで下さいませ」


 侍女に窘められるも、やはり麗藍が気にしている様子はなかった。

 それは態度だけで皆知っている話だと伝えているようだった。


「でも、私に取り入ろうとしても無駄なのに。不自由はないけれど、特別可愛がられているわけではないもの」

「麗藍様」

「何か間違っているかしら?」

「麗藍様!」

「仕方がないでしょう。訳が分からないまま茶会に連れいてっても烑香が困るでしょう」


 当然だと言わんばかりの声に、烑香は苦笑をぐっと堪えた。

 むしろ聞いたところでその情報をどう役立てればよいかわからないが、それよりも気になったことがある。


「麗藍様はお断りなさらないのですか?」


 誘われたとしても、必ずしも受け入れる必要はないのではないか。社交辞令やあいまいな返事で返すことで、やり過ごすことも出来るのではないか。

 何かできない理由があるから受け入れようとしているのだとは思うが、それが烑香には不思議だった。

 そんな烑香に向かって麗藍は淡々と理由を口にした。


「それができれば良いのだけれど。拒否して私が非社交的だと噂が広がるのも良くないの。陛下のお耳に入ること面倒だし、一応彼女らは陛下の妃には違いないもの。それに、野放しにしていると陰湿なこともやってのける者たちだしね」

「……大変なお立場なのですね」

「ええ、面倒なの。そんな面倒な場に貴女を伴いたい理由は一つ。古参の侍女にしか仕えてもらえないのか、伝手もないのかなどと偉そうに言う妃を黙らせたいの。いてくれるだけで大丈夫。あとは私が対処するわ」


 本当に立ち会うだけで済むのだろうか、と烑香は疑問を抱いた。

 言葉通りであればとても助かるが、そんな面倒な場なら何事も起きないという可能性のほうが低いのではないか。そう思うと快諾をして失敗するという事態は避けたい。そもそも烑香は一般的な茶会すら作法を知らないのだが。

 そんな烑香の様子を見た麗藍はふっと息を吐いた。


「貴女も予定外の頼み事を申し付けられ、いきなり侍女のまねごとをすることになっても困るでしょう。予定外の仕事など、予定外の収入があってやっと我慢できるようなものなのに」


 麗藍は窓際から足を進め、部屋の隅に飾ってあった琵琶を手に取った。


「そうね、例えばこちらはいかがかしら?」


 そう言いながら、烑香に琵琶を渡した。


「これは……」


 初めて持つにも拘わらずしっくりと烑香の手に馴染むような気がして驚いた。


「献上品よ。でも私は他にも上等な琵琶を多く持っているの。だから、いかがかしら?」

「これは、私にはもったいない逸品だと思います」

「そう? けれどここに置いていてもこの琵琶には本来の仕事に励めるときは訪れない。ただの装飾品にしかならないのよ。ならば貴女の手に渡る方がよいのではなくて?」


 実際、麗藍にとってこの琵琶は不要なのだろう。しかし丁寧に手入れされ飾ってあるところを見ると適当な扱いをしているということは決してない。ただ、使い道がないだけで。


(だからこそ飴と鞭の材料にちょうどいい、ということなのね)


 実際、烑香にとっては喉から手が出るほど欲しい報酬だ。

 もとより茶会に同行することは断れない事柄だ。ただ、これを提示されれば、気合の入り方も変わってくる。さすがに人を使うのが上手いのだろうと思いながら、烑香は観念した。


「お付きとしての作法を学ぶ時間はございますか。なにぶん茶会の経験がございません」

「ええ、もちろん。あまり時間はないけれど」


 表情も変わらないし抑揚のない声でもあるのに、麗藍は凛としている。自分の判断に迷いがない。どうやら自身の主は実に皇族らしい人物だと思わずにはいられなかった。



  その後、烑香はすぐに簡単な作法について麗藍の侍女たちから助言を受けた。


「でも、基本的には麗藍様のお側で姿勢を正して控えていることを意識していれば、作法については問題ないと思うわ。頑張ってね」


 最後にそう伝えられたことに烑香は少し安堵した。

 人前で正しい姿勢をとるような機会はなかったが、楽器の演奏に必要なので背筋を伸ばすことには慣れている。

 だが、その様子を見ていた次の麗藍の言葉には固まった。


「間に合ったようね。では烑香、着替えてきて頂戴。本番よ」

「え?」

「あと半刻ほどで開始できるかしら」

「あの、茶会は今日行われるのですか?」


 そんな話は聞いていない。

 聞き逃したはずもないと烑香が目を瞬かせるも、麗藍は落ち着いていた。


「そうよ。私が用意するからと、まとめて返事を出したわ」

「……かしこまりました」


 作法を学ぶ時間があると言われ、実際に今機会を与えられてはいるが、まさか今日だったなど想像していなかった。しかし侍女たちはごくごく普通に対応しているので、玻璃宮ではそれが普通なのだろう。


(初めてやってきて、いきなりとは。さすがに難易度が高いお仕事よね)


 けれど報酬があの琵琶だ。

 多少無茶な話であっても、不可能なことでないと思い直す。


「大丈夫かしら?」

「はい。自信がなくとも、乗り切らなけばいけませんから。最善を尽くします」


 実際、できることはそれ以外にない。


「ずいぶんと頼もしい返事だわ。度胸が据わっているのね」

「そのようなつもりはございません。ですが、理由があるのであれば仕方がないことかと存じております」

「へえ?」


 少しだけ口角を上げた麗藍に、烑香は回答を間違えたかと内心焦った。

 だが今更言い換えることも不可能だ。可能なのは、次に答え難い問いかけが投げられないように祈ることくらいだろう。


「貴女はどうして今日、私が茶会を開くと思う? そもそも相手に私を招待させるほうが手間がないとは思わない?」


 思ったよりは回答しやすい問いに烑香は少しだけ安堵した。


「手間だけを考えれば、相手に用意させれるのが合理的だと思います。ですが、自身の領域に呼ぶことは相手を制御しやすくすると思います」

「例えば?」

「自身が好きに動けることが第一ですが、開催日の指定も該当します。いつ、どういう会にするかということが決められれば、気乗りしない茶会を片付けるには都合がいいかと」


 実際、今日を指定しているというのはそういうことなのだろう。

 断られるなら断られるで困らない。むしろ歓迎だ。


「だいたい合っているわ。あと、個別に交渉したいだろう三人をまとめて受け入れるなんてことも、主催の特権よね」

「……三人、お迎えになるのですね」

「ええ」


 どうも想像よりだいぶ面倒な会になるのだろうなと烑香は頬を引き攣らせた。今日だけで、あと何度驚かされればよいのだろうか。

 そしてこの状況をまったく悪いと思っていない皇女は、やはり気が強いとは思わずにはいられなかった。

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