第3話 魔法とレベル
どれくらい森の中を歩いただろうか。歩けど歩けど変わらぬ景色にウンザリしながらも、ふと少し前を行くミリハの背中を見て思う。
未知の世界に置き去りにされてから最初に言葉を交わしたこの世界の人間だが、ゲームの中ということは俺にとってミリハはNPCという扱いになるのだろうか。
ゲームのNPCというと、同じことを聞けば同じ受け応えが返ってくるだけのものだが、ミリハはそれとは明らかに違う。確かな自我と理性がある人間と話している感覚そのものだった。
今も迷うことなく前へ前へ突き進んでいるミリハにただ着いて行っているだけなのだが、当のミリハは歩く方向にまるであてがないと言う。
迷っていてもどうしようも無い、ならば進むしかないだろう。ということだ。
先程見た不思議な力、魔法についてミリハに尋ねてみれば様々なことを教えてくれた。
俺が思う魔法について話してみると、少し近くもほとんど違うらしい。ゲームにありがちな定番の火・水・雷などの種類の魔法を使えるのかと思っていたら、どうやらそれには人それぞれに適性があり、またその種類は果てしなく多いらしい。
彼女曰く──
まず人一人が持てる魔法能力は一つが原則でありそれ以上の魔法を操ることができる人間はごく稀だが、この世に存在するとのこと。
適性についてだが、これは先天的なもので生涯変わることはないものである。当人に合う合わないではなく、使える魔法が何なのかといものであり、適性のある魔法以外はまるで使えない。
また、この世に存在する魔法の種類は数多くあり、その中でも代表的に分類されるのが元素魔法と固有魔法の二つである。
一般的な自然原理の元素魔法に対して、二つとない能力を持つ固有魔法。
数が多いのは圧倒的に元素魔法所持者であり、それは固有魔法所持者の20倍ほど。
ミリハの場合、〈爆炎魔法〉という彼女独自の固有魔法を扱うことが出来る。一定範囲内のあらゆる対象に爆発を与えることができる能力らしく、ミリハ自身のレベルに応じてその範囲や威力は様々だという。
レベルについては後ほど説明するとして、ふと気になったことをミリハに質問した。
「自分の能力を易々と話していいものなのか?」
「あぁ、それは問題ない」
どうやら自分の能力については、当人がペラペラと話すまでもなく相手に開示されるらしい。ミリハが手を胸のあたりまで挙げると目の前には見慣れたパネルが出現した。
そこにはミリハの情報と、上半分には俺の名前だけが開示されている。
「おそらく、まだ能力が開花していないのだろう。ハルヤの中にある魔法が表に出てきていない状態だ」
ほとんどの場合、突発的なハプニングによって魔法が開花することが多く焦って出るものでもないらしい。
試しに俺も目の前に半透明なパネルを出現させてみると、パネルの上半分にはミリハ・リブルクという名前の他、24と書かれた数字と〈爆炎魔法〉というのが映し出された。
「レベルは本人のアビリティそのものを示す。単に相手が自分よりも上のレベルであれば格上を意味し、魔法の威力などの他、本人の身体的能力についても差がついてしまう。魔法の能力よりも重視すべきはレベルということだ」
──もっとも、とミリハは続けて言った。
「能力の幅が未知数である固有魔法であればその限りでは無い。元素魔法所持者であれば、自分よりも格下の固有魔法所持者であっても必ず勝てるという保証はどこにもない」
それだけ固有魔法には逆転する力があるということだ。
足場の悪い道を歩き進んで行った先に少し開けた空間があった。そこだけは木々が生えておらず更地の状態になっている。森の中にポツンと空いた穴のような場所は妙な空気が漂っていた。
空の光を遮る木々の葉が無く久しぶりに明るい場所にやってきた。円形上になっているこの場所の中心を突っ切るように進んでいくと、中央に辿り着いた瞬間に周辺の木陰から黒い影が姿を現していく。
足を止めたミリハは中心からその様子を眺め回す。
「魔物の巣だったわけか」
冷静に観察してそう結論づけるミリハだが、俺はこの状況に絶望という言葉を初めて覚えたと思う。
少し前、初めて目にした熊の姿をした魔物とそう大きさは変わらないがその数が一目瞭然だ。俺たちを囲むようにして全方位から姿を現した魔物からして見れば、まんまと罠にハマった獲物なのだろう。
自らの顔から血の気が引いていくのがよく分かる。足がくすみながらも何とか立っていられる俺の隣で悠然と立つミリハの表情には焦りさえも浮かんではいない。
ボロボロになった衣服から露わになる彼女の肌は汚れてしまっており、辛うじて隠せている部位もあと少しで危うい状態だ。それでも堂々としている彼女の出で立ちからは強い意志を感じる。
こちらの様子を伺いながら少しずつその距離を縮めてきている魔物。
「──魔物相手に屈するなど、あってはならない。此処を切り抜けて、私は勝たねばならないのだ」
力強く言い切ったミリハにはしかし、魔物は変わらず距離を詰めてくる。
一斉に襲う作戦であることが伺えるも、俺にはどうすることも出来ず今は彼女に縋るしかない。
距離にしておよそ10メートルまで迫ってきたその時。
──ある一定の範囲に足を踏み入れた魔物がなんの前触れもなく突如、爆ぜた。
ミリハ・リブルクの射程圏内へと侵入したのだ。
全方位360度から迫る魔物が圏内に侵入した途端に次々と爆発が巻き起こった。小さな轟音がたて続けに鳴り一時的に耳がおかしくなってきた。
およそ60秒間、ただひたすら迫ってくる魔物が一定範囲内に侵入しその場で爆ぜるというのが繰り返された。その間、当のミリハは腕を組み、ただ眺めていただけだった。
辺り一帯を包み込んだ爆煙は吹き抜けから送られてくる風によってそう長くは居座らなかった。見事にミリハを囲むようにして散らばった魔物の残骸は原型すら留めていない。
正直ここまで圧倒的な力でねじ伏せられるとは想像もしておらず魔法という力を再認識させられた。
「あ、レベル上がった」
そう言ったミリハは目の前にパネルを出現させて自らのステータスを確認している。
俺もそれに顔を向けると、さきほど24と書かれてあった所には27とあり、3つレベルが上がったことを意味している。
「レベルって一つずつ上がるわけじゃないのか?」
「その場の状況に応じて上がるレベルは様々だ。今の場合だと、私はレベルが三つ上がるほどの仕事をしたということだろうね」
また、それが必ずしも戦いによって上がるわけでもなく、レベル上昇にも個人差があるという。そう言われ半ば確認程度に自らパネルを出現させてみると、なんと名前の横に1と書かれた数字を発見した。
「おめでとうハルヤ。しかし、レベル1というのは生まれた直後のレベルのはずなのだが、レベル0スタートとはどういう事だ?」
「あっ……─実は、違う世界から来たんだ、俺」
そう言われては隠しきれず、一部事実を伝えることにした。少しの間考える素振りを見せたあとにミリハは言った。
「こことは全く別の世界ということか?」
「あぁ、…………」
どう説明していいのか自分でも分からずに言葉が詰まってしまう。
「──なにか事情があるようだし、そう深くは詮索しない。私は私に不利益を起こす人間は当然嫌いだが、そうでないのなら隠し事の一つあってもいいさ」
そう言ってこの話に区切りをつけて終わらせた。そう言ってもらえること自体、俺としては願ってもない事だ。裏を返せばほぼ初対面の人から一応は良い方向に思われているという事なのだろう。
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再び森を歩き進めていくと、ふとミリハが足を止めて耳を澄ます仕草をし出した。その様子を傍で見ていると、耳に当てていた手を下ろして何を見つけたのか少し方向を変えて歩き出した。
「やはりな──見ろ、ハルヤ」
「うおぉ………」
歩く先にあったのは、大きな水たまり──湖だ。透き通るように綺麗な水の中には泳ぐ魚の姿がよく見える。時折、魚が水面を跳ねることで響く水の音が妙に心地良い。
「近くで水が跳ねる音がしたからな。来てみて正解だ」
そう──胸を張り少し自慢げに──言ったミリハ。
「ちょっ、何してんの!?」
あろう事か、俺のすぐ隣で突然服を脱ぎ始めたミリハ。驚く俺に対して気にもとめずに脱ぎ切った彼女はそのまま湖に向かって飛び込んで行った。目を覆っていた手を下ろすと、水面にはミリハの姿はなくブクブクと気泡が浮かび上がっていた。
少しの間その様子を注視していると、やがて水面に姿を見せたミリハの手には──
「……潜って魚を素取りするとか、どういう事……」
握り締めた魚を投げ捨てて悪い笑顔を見せるミリハ。これが本当にどこかの国の皇女様なのかと疑ってしまうが、身体の箇所に付いていた汚れが落ちたことで彼女の本来の艶やかな素肌が露になり、綺麗だった赤髪は更に艶を増して輝いている。
「………──!」
ミリハの身体から目が離せなくなっていたことに気が付き瞬時に顔を逸らした。
水面に仰向けになって優雅に浮かんでいるミリハを横目に、湖のその奥に目を向ける。
遠くの対岸に見えるその影は、複数の魔物の姿だった。距離があるため見つけても差程驚きはしないが、あちらも俺たちの姿を視認しているのかこちらに顔を向けている。
しかし泳いで襲ってくるわけでも陸を走って向かってくるでもなく、仲間たちと共に湖の水をゆっくりと飲み始めた。
どうやらここは魔物たちの安らぎの場のようだ。