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第1話 ゲームの世界

 遥か向こう、微かにだがはっきりと見える地に(そび)え立つ山々の手前いっぱいに広がる雄大な草原に一人、ポツンと立っている少年がいた。


 辺り一帯の風景にはとても似つかわしくない、この世界では見かけない服装をしている。足には歩きずらそうな底の平べったい靴を履いている。


「………こんなにリアルなのか」


 俺は今、目の前に広がる光景に感動を隠せないでいる。

 だってそうだろう。日本中、いや世界中を探してもこんな場所があるだろうか。

 似た風景がどこか地球の未知の場所にあるのかもしれないが、それを足を運ぶことなく見ることが出来るというのはやはり凄いことだと思う。


 とても映像を見ているとは思えないほどに、色だったり草木の揺れる様子が忠実に再現されている。

 視覚機能だけだというのに、自然と風の音が聞こえてくるような気持ちのいい錯覚を引き起こしてくれる。


 首と体を回転させて360度見渡してみても、あるのは異次元な大自然の風景。


 この風景を眺めているだけで心が安らぎ、身体までも癒されている気分になってくる。


 リビングのひらけた場所でVR機器を着けているため、少し歩いてみることにする。


 一歩足を前へ踏み出すと、タイムロス無く同タイミングで映像越しの自分の足も一歩前へ進んだ。

 足元は鮮やかな緑色が生い茂っているが、当然ながら足を踏み込んだ感覚は全くない。


 広大な草原であるため、家のリビングの広さではいずれテーブル脚の角にでもぶつけてしまうだろう。間違いなくVRを着けて一番懸念すべきはそこだ。


 マップの選択をミスったかなと思い、非日常な風景を楽しみ終えた頃。


「確か……こうだったか」


 自分の胸の高さあたりで、あるはずの無いボタンを押すように人差し指をつき出す。


 すると「ピコッ」という効果音とともに目の前の空間に白いパネルが映し出される。そこには『マップ選択一覧』と書かれており、様々な風景場所を選択できるようになっている。その中には今いる大草原もあった。


 およそ数百ある種類の中で、適当にスクロールして見ていると『The Chron Volcano』と書かれたマップが目に留まり、スクロールしていた指をとめた。


「ザ…クローン……?ボルケイノって、火山って意味だよな……」


 そこでふと、これの周りにある他のマップにも目が止まった。先程まで抽象的な名前のマップばかりが多かったのだが、ここに来て具体的な名前がほとんどだ。どれも聞いた事のない名前だ。


『The Chron Volcano』と書かれたマップの画像は、まさしく火山を写している。所々真っ赤に染っているのが気になる。

 しかしこれはゲームだ。生きている中で火山を間近で見る機会なんてこの先絶対に無いかもしれない。


 少しの躊躇いの後、そこに指を押し当てた──


「──!?」


 パネルに指をタッチした瞬間、無造作に砕け消えた。物理的に触れるものではないのだが、ご丁寧にパリンッと音を立ててその空間から無くなった。


「な、なんだ……?」


 予期せぬ光景に、ふと何かの演出かと思った矢先──


 目の前が真っ赤に染まり、視界いっぱいに〈ERROR〉との表示が映し出された。点滅を繰り返し、エラーが発生したことを通告する機械音が慌しく鳴り響いている。


「は?ゲームの不具合でも起きて…──────────────────」


 こんな明らかな非常事態だというのに、俺の意識は次第に遠のいて行った。



 ────────────────────



 気がつくと、目の前の映像は森へと変わっていた。深く濃く、先程までいた鮮やかな緑色とは全く違う色のように感じる。広大な草原とは違い、湿り気すら感じるように思う。


「さっきのエラーは大丈夫だったのかよ?」


 VR映像を見ていていきなり画面いっぱいが赤く染まれば誰だって心臓の鼓動が早くなるだろうと、そう見知らぬ誰かに言い聞かせながら辺りを見回す。


 とても安らぎを与えてくれるとは思えない光景が目の前に広がっている。見たことがないほど背の高い木々は、その頭頂部を下から覗くことができない。

 太陽の光はほんの僅かばかり差し込んではいるものの、当たりは薄暗い。


「──!」


 突然目の前から鳥らしき物体が飛んできているのが目に映った。その方向は俺の方へと一直線に向かっている。


「あっ──ぶね!」


 横に足を滑らせてなんとか反射的に回避することに成功したが、足元は湿った土が広がっていたためにそのまま足は滑り続けて派手に転倒してしまった。


「いってて………うわっ、泥だらけじゃん」


 箇所によっては水が少々溜まり泥ができあがっていた。運悪くそこに手をついてしまい、見るも無惨な格好へと早変わりだ。


 動物が出現するなどという話は一切無かった。仮にも避けきれずに直撃すればタダでは済まないだろう、あれは。


 不思議そうに、鳥が飛び去って行った方向へと顔を向けた───


「…………え?」


 白い羽根に黒い(くちばし)を持った鳥は、深紅の血をたっぷりに地面に垂らしながら串刺しになっていた。

 いや、正確には串刺しにされているように見えたと言った方がいいだろうか。


 とても飛び立てるようには思えない無惨な姿が宙に浮いて止まっている。まだ死ぬことが出来ていないのか、僅かに胴体が一定間隔で震えている。


 串刺しにされているように見えると言ったのは、鳥の首あたりに空いた小さな穴だ。そこから滴る鳥の血液は落ちることなく宙を浮き、行き止まりとなってやがて下へと落ちている。

 そう、まるで見えない一本の棒が突き刺さっているかのようだった。


「うっ…──」


 目の前で動物が死ぬ姿を初めて目にしたせいか、胃の奥から逆流してくるような強い吐き気が襲ってきた。喉元のすぐそこまで胃酸が上ってきている。


 目の前の光景から一刻も早く逃げ出したい。そう思って、頭に手を触れた──……


「……──え?」


 先程から頭に着けていたはずのVR機器が無い。頭を覆っていたはずのものが何も感じられない。

 俺が今手に触れているのは、紛れもなく自分の頭だ。しっかりと髪の毛の感触が手に伝わってくる。


「は?いや、どういう事だよ…………」


「………ポタ…ポタ…ポタ………」


 今も流れる血が、音を立てて地面に落ちているのが聞こえてくる。


 俺は今家のリビングにいるはずなんだ。

 この音も、微かに揺れる木々の葉の音も、湿った土の匂いも、服にこびり付いた泥さえも、全てが有り得ないはずなのだ。俺が今いるここは、VRによって映し出された空想上の世界(非リアル)であるはずなのだ。


「───立て、少年よ」


 それでも、目の前で起こっている全てのことが今有り得ているこの状況は、俺にとっては非リアルではなくなっている──……


 頭に添えている手をゆっくりと降ろし、地面に手をついて力を入れながら目の前にいる人物を直視する。


「……理解が早いな。その他はいつまでも喚き、現実逃避を繰り返す者ばかりであるが……褒美として何か欲しいものはあるか」


 立ってみると、俺よりも少し背が高いかという黒ローブ姿をした、声だけで判断するならば男であること。頭に被ったフードの中は真っ黒で顔を認識することはできない。


「誰だよ、お前」


「………質問としては確かに一番初めにすることだが、残念ながらその質問には答えられない」


「じゃあ、ここはどこなんだよ」


「それはもちろん、ゲーム《THE CHRONICLE》の世界そのものさ。プレイヤーである君たちを、ゲームの世界へ招き入れたのだ」


 ローブに包まれた両腕を横に広げ、興奮したようにそう言い放つ男。


「ふざけんなよ、そんなものに招待された覚えはないぞ」


「無論。巻き込まれたという方が適切な言葉なのかもしれない」


 そう言いながら、手元あたりで既に息絶えた鳥に手を当てる男。

 手のひらが若干輝き出し、それは次第に強く神々しく赤みを増していく。瞬間、男の手元が赤く燃え出したかと思えば鳥をその業火で染め上げた。


 ほんの一秒にも満たずに、塵さえも出すことなく跡形もなく鳥の姿が消し去った。


「この世界では思い描く全てが魔法として具現化することができる。当然ながら、それには限りと力が必要であるが、君たちには存分にゲームを楽しんでもらえると思っている」


「そんなものはどうだっていい。ここから出る方法を教えろ」


「………RPGゲームというのは、終わりがあってはつまらない。この世界を周り、冒険をし知っていく中で見えていく楽しさがあると私は思っている。むしろそう願って創ったと言っても過言ではない」


「お前、まさか………───」


「──ボォンッ!!!」


 突然、遠方背後からものすごい爆音とともに地面が僅かに揺れた。

 凄まじい重低音の後に響いたバチバチという音からは、何かが大爆発を起こしたような予感をさせる。


 思わず爆音がした方向を向いた俺だったが、再びローブ男へと視線を戻した時にはもうその場に姿はなかった。


「…………」


 これが夢だったならと、人間誰しもこんな状況に陥れば一度は願うだろう。

 現実の世界からゲームの中の世界へとやって来ただなんて、普通の思考であればバカバカしくも思う。

 しかし現状で何一つここから脱出できる策が無い以上、受け入れるしかないのだ。


「いいぜ、やってやるさ」


 どうせ何かやらなきゃ、俺はこの世界で朽ち果てて無様に死んでいくんだ。


 何がなんでも、俺はこのゲームの世界で生き抜いて、いずれ必ずここから出てやる。

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