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「助かりました」


 医務室から出てきたユーリは、廊下の壁に寄りかかってたたずむハルを見つけると、そう言って頭を下げる。


「渡り廊下の上からひとが降ってくるとは……あの、怪我はないんですよね?」

「あれくらいでケガなんてしねえよ。それにオレは魔法が使える。少しのケガくらいすぐ治せる」

「なら、いいんですが……」


 「育ち」のせいもあってハルは腕っ節が強いと言うよりも、喧嘩に強い。腕力が突出しているわけではないのだが、多勢を相手にした立ち回りが異様に上手い。


 あのあと、ハルが加勢すればたちまちのうちに戦況は引っくり返った。ユーリはハルの助太刀もあって、変わらず不思議とぽんぽんひとを投げたし、ハルはハルで鬱憤を晴らすかのように大暴れした。


 そう。ハルはユーリを助けた格好になったが、その実、暴れる口実が欲しかっただけだ。このころのハルは常に内心に鬱屈とした感情を抱えていて、それを発散する方法をぎらぎらとした目で探しているような、タチの悪いガキだった。


 褒められるようなことはしていない。女が困っていたら助けるのが男で、そうでもなくとも少しの善意があれば教師を呼びに行くといったことくらいはしてしかるべきだ。ハルはただ、女を助けるということを口実に、暴れたかっただけなのだ。


「……つか、なんであんなことになったんだ?」


 だからハルは後ろめたいような、気恥ずかしいような、落ち着かない気持ちになって、話の矛先を変えた。


 いつものハルだったら、暴れるだけ暴れたら立ち去ってもおかしくはなかった。今日、そうしなかったのはユーリたちが女だったからというのも理由のひとつだったが、単純にハルは、ユーリという人間にいささかの興味を抱いたので、少し話をしてみようという気になったわけである。


 まっすぐなこげ茶色の目を向けるユーリから視線をそらしつつ、ハルは彼女の言葉を待った。


「ああ、そうですね……あなたも巻き込んでしまいましたから、経緯くらいは説明しておいたほうがいいですよね。あとで先生がたから聴取があるかもしれませんし」

「げっ……」


 鬱陶しい教師陣から喧嘩の詳細について聞かれるだなんて、ハルからすれば「面倒」以外の文字が浮かんでこない。


 ユーリはあからさまにイヤそうな顔をしたハルを見て、軽く首をかしげる。


「たしかに暴力はいけないことではありますが……他人を助けたのですから、怒られたりはしないと思いますよ?」

「そういうことじゃねえんだよ……。――つーか、その口調」

「口調?」

「アンタのほうが年上だろ? そんなバカ丁寧なしゃべりかたしなくていいって」


 ハルは、このとき目の前にいる女子生徒――つまりユーリ――の年齢は把握していなかったが、彼女が明らかに自分よりも年上であることだけは看破していた。


 ユーリは何度かゆっくりとまばたきをしたあと、「ああ」とだけ言う。その「ああ」がどういう意味合いを持っているのかまでは、ハルにはわからなかった。


「――そう? でもこの学園に関してはあなたのほうが先輩だと思う」

「あ?」

「学期頭に編入してきたばかりだから……」

「……ああ」


 ハルはユーリのその言葉だけで、彼女が噂の「異世界人」だということを理解した。


 この学園に複数の異世界人が編入したことは大いに噂になっており、もちろんハルの耳にも届いていた。異世界人たちは全員同郷だと聞いていたから、先ほどの喧嘩の場で五人もの少女が集まっていたのも、なにかしら相応の理由があるのだろう、というところまでハルは考えを及ばせる。


「それで、女が五人も群れてたのか」

「『群れて』って……」


 ユーリが困ったように笑う。上品な笑いかただった。それだけを見て、ハルは「自分とは『お育ち』が違うな」と感じる。


「アンタは異世界人だからわかんねーかもだけど、この世界(ここ)じゃ女は群れたりしないんだよ」

「そうなんだ? わたしの世界とは逆だね。それと……」

「あん?」

「名前、言ってなかったね。わたしはアシサカ・ユーリ。ユーリのほうがファーストネームね」

「ふーん……男みてえな名前」

「あはは。元の世界でも男か女かよくわかんないって言われたなあ……。――それで、あなたは?」


 ユーリに促されて、ハルは渋々名乗ることにした。


「ハロルド」


 ファミリーネームは名乗らなかった。実際に名乗る必要は感じなかったし、今でも自身のファミリーネームに対して思い入れはなにひとつないので、名乗りたくなかったというのも理由のひとつだ。


「それじゃあ改めて。ありがとうハロルド。助かったよ」


 ユーリはそのことを気にした様子もなく、また上品に微笑んで礼を言う。ハルは他人から感謝されるという居心地の悪さから、「オレとはやっぱり『お育ち』が違うな」と思うことで、彼女に対してなんの感情も抱かずにはいないでおこうとした。


 しかしそうやって、あえて感情の矛先を変えようとしている時点で、ハルはすでにこの短時間でユーリという人間に対し、間違えようもなく特別な感情を抱いてしまっていることは明らかだった。


「――で、なんでケンカなんてしてたワケ?」


 ユーリから視線を外したまま、ハルはぶっきらぼうな口調で話を元に戻す。ユーリは「ああ、そうだった」と言って経緯を語り出す。


「……まあ、単純な話にすると、男を()った()らないの話ってところかな」

「くっだらねー」

「ウエマツさんたちにとってはくだらなくないから、こじれちゃったんだね」

「バカみてえ。つーか、さっきの状況的にもしかしてアンタ、その話に関係ないんじゃねえの?」

「……まあ、うん。そうだね。でもウエマツさんたちも、イノウエさんも、わたしの元クラスメイトで、今でも同級生なわけだし、見ちゃったからには放っておけなくて」

「イノウエってさっきの女?」


 ハルが視線を、ユーリの背後にある医務室の扉へ向ければ、彼女は「そうそう」とうなずく。


「イノウエさん、大人しい子だから、男子生徒に言い寄られてどうしていいかわからないって話は聞いてたんだよね……。だからなおさら、放っておけなくて。ウエマツさんの誤解を解きたかったんだけど、でも上手く行かなくてああいうことに……」


 ユーリが眉を下げて困ったように微笑む。


「バッカみてえ。そんなん放っておいたらいいだろ。男のひとりも上手くさばけねえほうが悪いんだ」

「ここじゃそうかもしれないけど……でも、まあ、困っていたなら放っておけないし……この広い世界を見渡しても、異世界人ってわたしたち二六人しかいないからさ。揉め事とかちゃんと解決したいなって思ったんだけど――」

「できてねえじゃん。端からぶん投げてただろ、お前」

「まあ、はい、それは申し開きようもないっていうか……はは」


 ユーリが誤魔化すように笑うが、ハルはにこりともしなかったので、次第に彼女の微笑みも元に戻って行く。なんとなく、ハルはそれを見て、ユーリに翻弄されっぱなしだったのを、逆に翻弄した気になれて、自然と口角が上がった。


「――でも、ま、オレはアンタみたいなの、嫌いじゃないぜ?」


 わずかに目を丸くするユーリを見て、ハルは「してやったり」という気分になれた。

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