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変人の師匠に貰った加護がちょっと重たい 第二話 前編

まさかの第二話です。

もうちょっとだけ、続きを書く予定です。

第一話のあらすじ


ルシアンは生き残るために、一人で迷宮五十三層から地上を目指す。

地上の冒険者ギルドの正式攻略階層は、二十九層まで。

ギルドは三十層の階層主攻略に向けて、ルートを開拓中だ。

少なくともそこまで行けば、生き残れる。

ルシアンは三十八層の氷河地帯で三頭の雪猿との死闘の果てに、師匠の加護の力でどうにか生き延びて、地上へ達した。



本編


「おい、ルシアン。お前もランクアップしたんだろ。ギルドの階層主討伐には参加せんのか?」


 ルシアンは宿屋のテラスで昼間から酒を飲み、ぼんやりしている。見かねた宿屋の親父が、声をかけた。


「ああ? 階層主だって? 興味ないな」


 ルシアンがだらしなく座る傾き汚れた木製のベンチは、十五層にある迷宮村の一番奥にある、安宿の一階にある食堂の片隅だ。


 三週間に及ぶ下層への遠征を終えて昨夜戻ったばかりのルシアンは、今日は何もする気がなく、完全休養日と決めている。


 昨夜のうちに村の店で換金できる素材は売り払い、補給物資も購入できた。当座の暮らしには困らない。


「だけどよ、いよいよ本格的に三十層を攻めるようだぜ。行かなくていいのか?」


「ああ、珍しく二十九層辺りが騒々しいと思ったら、それか。面倒だから、俺は二、三日ここで休む」



 迷宮ダンジョンには魔物を生み出す力の素となる瘴気が満ちていて、地下迷宮では奥へと深く潜るほどに、濃くなる。


 瘴気のない地上では、魔物は徐々に衰弱して長く生きられない。

 瘴気は魔物にとって、地上の生物における必須栄養素のようなものだと理解されている。


 逆に、瘴気は人にとって有害で、長く接すれば中毒症状を引き起こし、死に至る場合もある。


 だが、すべての人間にとって致命的ということではなく、瘴気への耐性は人によって異なる。生来の体質のみならず、修行による耐性の獲得や、長期間の接触により慣れてしまう者もいる。ある程度までは、後天的に克服可能な要素でもある。



 十五層の草原を流れる小川沿いに拓かれた迷宮村は、比較的上層部にあるので瘴気も薄く、危険な魔物が排除された準安全地帯ということもあり、誰でも長期滞在が可能だ。


 冒険者だけでなく、護衛を雇った商人や物好きな金持ちなどの一般人が行き来して、長期逗留することも珍しくない。



 師匠を亡くしたルシアンが単独で地上へ帰還して、半年が過ぎている。

 ルシアンは、十八歳になった。


 地上の町に家があるわけでも無いルシアンは、自然と迷宮へ戻り、十五層の村を拠点にして暮らしている。


 半年前、無事に下層から帰還したルシアンは、師匠の死をギルドへ報告した。

 正直に五十三層での出来事を話しても、誰も信じないだろう。それに、万が一にも信じられでもしたら、ギルドは大変な騒ぎになる。


 ルシアンは師匠の死を、二十九層の入り組んだ迷路で魔物の群れに襲われた、と告げた。


 ルシアンが二十九層の周辺で倒した魔物の素材を揃えて見せると、ギルドの上層部は納得して、正式にルシアンをネリーの弟子として財産の相続を認め、Cランクへと昇格させた。


 Cランクとなったルシアンは幾つかのパーティからの誘いを断り、単独で迷宮へ戻った。



「なぁ、ルシアンよ。お前はそれだけの腕があるのに、なぜパーティに入って下層を目指さない?」


 宿屋の親父は、ルシアンの師匠であったネリーの古い知り合いだった。


「ネリーの奴がああだったからといって、弟子のお前まで真似をする理由はなかろう?」


 ルシアンは眠そうな目を上げて、親父を見る。


「いいんだよ、俺は。パーティに捨てられた俺を拾ってくれたのが師匠だ。師匠がいない今、誰と組めっていうんだ?」


 正直、ルシアンの実力は、ほかの冒険者のレベルを遥かに凌駕している。ルシアンと対等に組めるだけの実力を持つ冒険者は、この迷宮内に存在しないだろう。


「おい。お前もネリーと同じ超越者なのか?」


 親父は、眉間にしわを寄せてルシアンを見る。

 その瞳に強者を称える光はなく、井戸の底に沈んで手の届かない金貨を眺めるような、諦めと悲哀に満ちていた。


「馬鹿言うんじゃねぇ、俺はただのCランク冒険者だ。その超越者って恥ずかしい呼び方は何だ?」


 ルシアンは、動揺していた。

 まさか自分以外にも、師匠の本当の実力を知る者がいたとは。


 師匠のネリーも、若いころには仲間と一緒に大陸の迷宮を巡っていたと聞いている。


 その後一人で大陸の西にある迷宮に挑んでいたが、七年前にこの町で新しい迷宮が発見されたのを機に、ここへやって来た。以来、他人との交流は極めて少なかったはずだ。


「そうか、ネリーから聞いていなかったのだな。ワシはネリーが冒険者になったときに、最初に組んだパーティの一員だったのよ」


 ルシアンは、久しぶりに人の言葉に驚かされた。


「師匠と一緒に冒険者をしていたのか?」


「そうじゃ。お前さんの大先輩にあたる。ま、ワシは弱かったから、結局こうして宿屋の親父になったが……」


 ルシアンは、自分の知らない師匠の話を聞きたいと思わず身を乗り出すが、途中で動きを止めた。


「師匠は、強かった。だが、ここにはもっと強い奴がいる。そいつを倒したら、昔話を聞きに来るよ。だから、くたばらずに宿を続けてくれ……」


「そうか。お前も簡単にくたばらないよう、今はしっかり休んでいけ」


 親父はそう言って、店の奥へ行き、宿で一番高価な酒の瓶を持ってきてルシアンの前に置いた。


「勘違いするなよ、小僧。こりゃネリーへ贈る酒だ。師匠の代わりに飲んでやれ」



 翌朝遅くにルシアンが目を覚ますと、迷宮村は冒険者で賑わっていた。


「どうしたんだ、こんなに大勢で。珍しいな……」

 宿の親父の、かすれた声が外から聞こえた。


「ああ、ギルドの冒険者養成学園のガキどもが、十層で訓練をしているんだ。お邪魔にならねえように、みんなここまで下りてきているのさ」


「ああ、お前らみたいな三流冒険者は、ギルドに目をつけられたらやっていけねえからな。難儀なことだ」


「冗談じゃねえ。俺たちはギルドの未来を背負う優秀な若者に狩場を譲ってやっただけだからな……」


「それならこんな場所で油売ってねえで、さっさと三十層へのルート開拓でもしやがれってんだ!」


「まあ、いいから酒と食い物を持ってこいってんだ、クソジジイ!」


「おうおう、弱いくせに朝からいい身分だぜ!」


「ふん。弱くても客だぞ。待たせんじゃねぇ、さっさとしやがれ!」


「うるせえな、朝から酒酒って騒ぐな。どうせ、ほかの店じゃ相手にしてもらえなかったんだろう……」


「余計なお世話だ!!!」


 外の騒ぎに嫌気がさして、ルシアンはもう一度ベッドに横になり、二度寝を決め込んだ。



 眼を閉じると、師匠と出会った時のことが蘇る。


 図体だけは大きいが、まだ子供だったルシアンは、冒険者パーティの荷物運びとして雇われていた。


 ある日、上層で魔物の群れに襲われパーティは潰走し、置き去りにされたルシアンの命は、風前の灯だった。


 だがルシアンは一本の大木を背に、仲間が置き去りにした荷物を集めて盾にして、一人で防御線を築いた。


 パーティの予備武器の中から一番リーチの長い細身の片手剣を構え、接近するウルフや飛行するキラーバットを牽制しつつ、拙い魔法を必死で練った。


 ある程度まで接近されて多くの魔物に囲まれると、風や炎の広域魔法で、まとめて撃退する。


 魔物が距離を取ると外へ出て挑発し、荷物の中から選んだ可燃性の燃料や食用油を周囲に撒いてから、囲いの中へ戻る。


 魔物が接近するとルシアンは油に火球を放ち、炎の壁を作って魔物を燃やした。


 魔物は強くないが数は圧倒的に多く、ルシアンを守る物量は少ない。


 ささやかな抵抗も、もう長くはもたないだろう。ルシアンは、覚悟を決めた。



 上層にしては派手な火の手に気付いたネリーがやって来たのは、偶然だった。


 魔物に囲まれた絶望的な戦いの中で、大柄な少年の目は、異常な輝きを放っていた。


 後に、弟子にしてくれと必死に頭を下げるルシアンをネリーが断れなかったのも、その時の孤独な鋭い眼光を、強烈な印象として残していたからだ。


 生き残ろうとする強い意志と、あらゆる手段を冷静に考え抜き、それを最後まで粘り強く実行に移す行動力。


 それがルシアンの大きな資質であると、ネリーは見抜いたのだった。



 迷宮村で三日間の休養の後、ルシアンは再び迷宮の下層へと消えた。



第二話 後編へ続く



 

 


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