養蜂の未来
正確には「養蜂が与える未来への微かな影響について」とするべきサブタイトルとは思います。
いちおう文芸としての文章の書き方も独学ですが、手を抜かずに学んでいるつもりではあります。
絵に関しては、おもに鑑賞するだけの立ち位置なんですが、本当に良い絵の要素として、素直さと素朴さと稚拙さというものがあると聞いています。
技術を極めた人が、なお芸術を突きつめるときにたどり着く境地みたいなものでしょうか。
自分の文章について、それほどの評価をするつもりはありませんし、できるとも思いませんが、なんかきっちり校正して、きっちりとした文章を、いまは書きたくないという気持ちがあります。
ミツバチや受粉を助けるハナバチに関する著作や研究は、ずいぶん前からたくさんあるようです。
なので、絵本の題材としても、世界には溢れるほどたくさんあるんじゃないでしょうか?
いま読んでいるのは「ハナバチがつくった美味しい食卓」という翻訳本ですが、スズメバチなどの本も含めて、蜂や昆虫の世界は興味深いと思います。
インコなどの小さめの鳥も、かなりの知能を持っているみたいですが、蜂もそうでしょう。
オオスズメバチはニホンミツバチに次ぐくらい賢いそうです。
敵意がないと判断した人間には攻撃を加えないとか。
また自然界のバランスを考えるとき、執拗に無差別に、人間の都合だけで、スズメバチなどを駆除すると、結局は擁護対象のミツバチにもネガティブな影響を及ぼすことがあるそうです。
自然環境を研究した養鶏家の方の本を読むと、好気性菌発酵と嫌気性菌発酵の飼料、鶏さんらは、それぞれを必要とするそうですが、たとえば畑を耕すと、嫌気性の細菌はダメージを受けることは、素人頭でも想像できます。
無除草、無耕作栽培の自然農法で考えるポイントのひとつのようです。
地球と人類の問題としての温暖化や、国境を越えた政治協力など、大きな課題にもどこかで関わるのがシチズンとしての市民の責任と義務と権利だと思いますし、小さなところでは、預かる菜園やミツバチの養蜂でも、いくばくかの影響を与え得るのかもしれません。
あいかわらず、洗練されていない文章書いてますが、それもひとつの芸術のスタイルみたいなものとして、お許し頂ければと思います。
ぜんぜん、小説になっていませんが、一周まわって、どこかから、小説っぽくなるかもしれません。




