珈琲の師匠
漢字と仮名遣いと。
ぼくはニュアンスで選びます。
同じ文章の中でも、漢字と仮名が出てきたりしますが、ご勘弁ください。
中学の同級生に連れられて、人気のあるというスナックに飲みに行く。
一人で行ったときにボトルをキープする。
遊び方も飲み方もわからない頃の精一杯の浪費でした。
また行くと、友人がボトルを空にしていた。
別に気にはしないけど、マスターが気を遣ってくれた。
その店でフィリピンから芸能ビザで日本に来ているバンドのボーカルの青年と知り合う。
彼がエージェントがお世話しているアパートに連れて行ってくれた。
その日から一年ほど、日本人よりも付き合いやすい出稼ぎの外国人らと一緒に過ごした。
バンドのメンバーは長くて半年、ダンサーのグループは2ヶ月で帰国する。
公営のプールでトッフレスで日光浴するフレンチやブリティッシュもいたし、メキシコのダンサーとはグループで交際していた。
ただの貢ぐ君だったかもしれないけれど、それも別に気にはしない。
カトリックの日曜日の英語のミサにも誘われた。
そこから、日本人のカトリックの青年会のメンバーと仲良くなって、無事、日本の文化圏に戻ってくる。
彼らと恋愛ギリギリの交際をしたり、みんなで喫茶店に出かけたりした。
ミッション系の女子高生を助手にして、バザーに出品するクッキーを作ったりもした。
地元では有名な喫茶店が数件あるが、いま思えば、お酒に次いで、珈琲の飲み方もよく知らなかった。
メニューを見て、ココアを頼んだら、職人気質を感じさせるマスターが、喫茶店に来たんだからコーヒーを飲みなよって、それからそのお店をメインに、近所にある喫茶店に、デートやらなんやらで良く出かけた。
一人でも行ったし、お付き合いしていた現在の奥さんとも出かけたし、まあ暇だったんですね。
それから結婚して、喫茶店のマスターとも仲良くさせてもらっていましたが、ある時、コーヒー豆の掃除をやってくれないかと頼まれます。
数ある産地の数ある品種のコーヒー豆ですが、代表的な品種のモカ。
焙煎したあと、未熟豆や焼け残りの豆などを、ひとつひとつ手で取り除きます。
自家焙煎のカッコつけた呼び方をすると、ハンドピッキングと言いますね。
特に細かく教えてはくれず、2時間ほどかけて、モカ1kgを掃除する。
これでどうかって、確認してもらう。
なにも厳しいことは言われない。
半年も経つと、半分の時間でできるようになる。
時々は、捨てなくていい豆も捨ててないかなぁとか、まあ考えたりもしましたが、マスターはなんも言わないし、作業のお礼にと、その場でブレンドしてくれた珈琲を分けてくれる。
どこにもないような、いまでもそのレベルの味と出会っていないと思うけれど、ブレンドのレシピも含めて、美味しいアイスコーヒーができたけん飲んでみるね?って、あの味は忘れない。
忘れてはいけないと思うけれど、いまではコーヒーの師匠って呼んでるけれど、亡くなったあと、あれほどの究められたコーヒーは飲むことができない。
できないから、だんだん下段の味に舌が慣れてくるんじゃないかと思う。
それでも、機会があれば、全国の珈琲の名店には出かけている。
けっして、我が流派がナンバーワンなんていう驕りはないし、驕るほどに、なにかを教わってもいない。
コーヒーを通して、ある人の生き様をすこし学んだだけなんだと思う。
学ぶ側に不足があっただけが原因の「少し」。
イノダコーヒーのイノダさんの本を読んだ時、お玉でコーヒーを淹れる話がありました。
ぼくは、それを読んでほっとします。
珈琲に流派はありませんが、お料理と同じくらいに統一された規格というものはありません。
大好きな俳優さんでもある藤岡弘さんがテレビで見せてくれる、ネルドリップのゆっくりとした抽出方法に抗うつもりも反対するつもりもありませんが、あえて流派みたいに表現すると、真反対なスピーディーな抽出方法を、ぼくの師匠はやっていました。




