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教室が嫌いなのだ!  作者: インコンペ
4/8

第四話 最高なのだ!

「ふぬぐっ……ググググ……だあッ!……はぁ、はぁ、はぁ」


 電気供給の死んだ自動ドアをこじ開け、俺たちはセイコーマートに入店する。

 薄暗い店内は、人々が街から消えてから1日しか経ってないためかまだ清潔で、土埃舞う外よりも幾らか息がしやすかった。

 光電池式の壁掛け時計は10時を指している。


「何でも取り放題だな」

「ビュッフェなのだ!」


 俺たちみたく街を歩き回っている人はほとんど居ないようで、このコンビニも手付かずだった。

 店内に入ったにいなはまず、雑貨売り場に行った。腹が減ってないのだろうか?俺は昨晩のスープ以来何も食べてなくってもうぺこぺこだから、真っ先にホットシェフの売り場へ向かう。いつもなら出来たてほかほかの弁当が並んでいるはずのそこも、今は冷気を放っている。

 ここのカツ丼が上手いんだこれまた。もう冷めきって、いつものあれは味わえないんだろうけど。

 電気が止まった途端これだ。レンジもないしガスも来てない。当然、作りたてのカツ丼も出てこないから、俺は懐に入れてせめて人肌くらいには温めようと試みる。そうしたらなんだ、にいなに「本当にこそ泥みたいだから辞めて」と言われた。


「にいな、飯は取ったのか?」

「サンドイッチなのだ!」


 じゃあ行くか。

 俺はにいなの手を掴む。

 しかし……


「どこへ行くのだ?」

「決まってるだろ、地下に戻んだよ」


 にいなはそこから動かなかった。


「なんで」

「こんなとこにいてどうすんだよ。目的だって果たしただろ?それに、俺はお前を、お前の母さんの所まで連れていかなくちゃならない」

「もしも、……にぃなは残ると言ったら?」

「……そうか。……それならもうお前のワガママに付き合ってられん。あとは勝手にやっとけ。俺は帰る」

「……」

「いいんだな?」

「最後に、最後に一つだけ聞かせて」


 にいなが俺の手を掴み返す。それは、とても力強かった。


「なんだ?」

「らんは……どうして髪を伸ばしているのだ?」


 俺は、突然の質問に狼狽えた。


「は?……別に理由なんて──」

「いいや、理由がないなら短髪でもいいのだ。らんは、何か意志を持ってそうしたのだ。それを教えて欲しい」

「そんなことどうでもいいだろ──」

「良くない!にぃなは知りたい。何故生きるのか、何故ここにいるのか、何故笑い、そして泣くのか。答えはいつもイレギュラーにある。らんは多分、それを知っているのだ」

「…………なんでって言われても……」


 少し面食らってしまった。ここまで強く尋ねられたことがなかったからだ。にいながそんなこと気にするとは思ってなかったからだ。そんなこと、どうでもよかったからだ。

 第一、俺の長髪が何かの答えであるはずがない。けれども、にいなの気迫は本気そのもので、そして俺も忘れかけていた何かを突かれたような、そんな気がした。

 そうだな、俺はどうして周りから否定されてまで、こんな格好してるんだろうな、気になるよな。けどな、多分答えはひとつだ。大したことない、ただのワガママだ。


「この方が、俺は俺を好きで居られるんだ……」

「……」

「ただ、それだけ」

「〜〜ッ!最高なのだ!」

「は?」

「らんは最高にロックなのだ。やっぱり、父のギターを持っているべきだ!」


 お前はどうしてそんなに明るい。


「らんは今朝、にぃなに何をしているのか聞いたな?単純なこと、にぃなはこの世界に自分の生きた証を刻みつけたいのだ!」


 刻む?


「にぃなは父みたいに音楽ができる訳でもないし、母みたいに言葉巧みな訳でもない。けれど、文字ならにぃなでも書ける。にぃなは、ペンでにぃなの存在証明をしたいのだ!叫べ!焼き付けろ!それがにぃなの生きる理由」

「……親父さんは……刻めたのか?」

「間違いなく刻み込んだのだっ。それは、父の生きた証なのだ!」


 にいなが俺の肩にかけるギターを指さす。


「父は吠えて刻み込んだのだ。だからにぃなが今しないといけないのは、父を悲しむことじゃなくて、今を走ることだ」


 刻む、か。


「人の原動力はなんだと思う?死への恐怖だ。父も母も、死ぬのが怖いから、せめて後悔しないように、笑って死ねるように、その名と存在を不死とするように、二人とも本気で生きた。知ってる?自分の墓標を建てられるのは自分だけなんだって」

「……にいな、お前は、()()か?」

「ああ、本気も本気、大()()なのだ!」


 空気がビリビリと震えている。

 俺は今、焦燥に駆られている。

 とにかく暑い。

 街を染める雪は、まるで真っ白なキャンバスのようだ。


「俺も……にいなについて行っていいか?」

「……戻るんじゃなかったのだ?」

「気分が変わった。俺は俺でやらないといけないことがあるんだ」




 ◇




 セコマから出ると、一転して辺りは吹雪だった。

 街を吹き荒れる雪は屋根も道路も埋め尽くし、視界が霞むほどだ。

 だがそれは同時に、俺の嫌いなもの全てを覆い隠す、時間制限付きのカプセルでもある。


 逆風が頬を切り裂き氷のような雪が身体を打っても、俺の内側はこれまでになく熱い。

 口から立ちのぼる白い息は紛れもなく蒸気だ。

 高揚が俺の生を実感させる。


「らん、どこに向かってるのだ?」

「対鬼獣シェルターと銘打って販売されたものの──後に規定された基準にギリギリ弾かれた物件がある。一先ずそこを住処にしよう」

「……やけに物知りなのだ」

「元々鬼獣関連を専攻していてこの地に来たんだ。普通のやつよりかは詳しいよ」

「どういうことを学ぶのだ?」

「鬼獣の生態、能力の分析、発現要因、それから……鬼獣災害の対策とか。俺は専門じゃないが、駆除方法を学ぶ分野もある」

「でも隔壁は破られたのだ」

「ある程度は想定内だ。避難だってシミュレーション以上に上手くいってる。直に本州から支援が来るさ。この状況も、大局的にはごく僅かな揺らぎでしかない」

「……そうだと良いけれど」


 シンシンと降り積もる雪は、街を蹂躙した獣たちの気配さえ掻き消す。

 しかし、破壊された街並みは昨日の出来事を嫌でも思い出させる。人のいない真っ白な世界は破滅と空虚でできていた。


 ただふたつ、俺たちの足跡が刻まれ、そして地吹雪にかき消されてゆくだけだ。




 ◇



 Forteresse(フォートレス) N08。

 そのマンションは、“鬼獣”という存在が現れ、世界中がパニックになってすぐの頃に設計、建設が計画された。当時、日本で唯一の対鬼獣シェルター住宅だった。

 地上27階建て、地下は3階まであり、外部供給を絶たれても1週間は耐える。

 そして何より注目を浴びたのは、その防御性能だ。

 地上2階までの外壁は耐衝撃性に非常に優れ、戦車でさえも突破できないとまで言われた。


 ……しかし、のちの研究や事例から、鬼獣という災害の特殊性を十分反映できていなかったことが指摘されはじめる。また、隔壁の建造と地下鉄シェルターの整備・拡張によって、そもそも地上部において鬼獣を耐えるための施設そのものの存在意義が揺らいでしまい、今ではすっかり他のマンション郡に溶け込みアイデンティティを見失うこととなった。


 だが……

 俺たちが勝手に居着く分にはなんの問題もないだろう。なんたってここには誰もいないんだ。

 最高じゃないか。



「らん、ここの開け方知ってるのか?」


 俺たちの前には、自動ドアが立ち塞がっていた。

 比較的新しいタイプのオートロックドア、非常電源は点いているものの、部外者の俺たちにはビクともしない。

 しかし……


「ああ、勿論だ」


 俺は背中のカバンからバールを抜き、両手で持つ。

 道中で失敬した物だ。

 それを持ってマンションの勝手口を探す。大抵、駐車場の裏にあるもんだが……。


 見つけた。

 バールを正面に構える。

 おおきく振りかぶって──


「うおらぁ!」


 ガキィィンと音を立て、錠がぶっ壊れる。


「ほらな?」

「いや、ほらなじゃないが」


 こうして、本日3軒目の不法侵入を果たして俺たちはForteresse(フォートレス)に乗り込んだ。




 ◇



 薄暗い部屋。

 空き部屋で、しばらく誰の匂いも寄せ付けなかった聖域。

 西日が差し込み、埃が光線を映し出す。

 カーテンを開けると、真正面に夕日が見えた。

 黴臭い微風が鼻をツンと突いて、少し懐かしい記憶が蘇る。


「俺、こっちの部屋使うよ」


 窓に面した部屋の扉を引く。

 狭い小部屋には、やはり夕日が差し込んで壁を赤く染めあげる。何も無い部屋、空っぽの地べたに座り込み、ギターを取り出す。


 アコースティック・ギター。


 俺の趣味ではない。

 ずっと、エレキでやってきたんだ。

 けれど、それだって随分前のことだ。

 全部忘れた気になって、一から始めよう。


 ジャガジャンッ


 一度鳴らして音の狂いを確認する。

 やっぱりチューニングが必要だ。

 ポロン、ポロンと1本ずつ弦を鳴らし、それぞれ音を合わせてゆく。


 ギターを抱え、立ち上がる。


 ジャキ。


 すぅ……。



 轟、と風が吹く。



 指が自然と動き出す。



 雪風 鋭くなって。



 俺はとにかく夏だった。



 叫べ。叫べ。とにかく叫べ。そしてかき鳴らすんだ。



 喉を潰せ。指を潰せ。



 あいつらの脳を揺らせ。



 振り向かせるんだ。



 もう二度と、見てなかったなんて言わせない。



 俺は俺の答えを知りたいんだ!!!!!!!!!

 お前らなんか大っ嫌いだぁぁぁああああああ!!!!!!




 ◇



「終わった?」

「ああ、もう一生分弾いたよ」


 俺の指は血だらけで、喉は完全にイカれていた。

 汗で全身濡れていて、シャツが肌にへばりつく。

 息は上がっていて、ヘトヘトの状態で何とか壁にもたれて立ち上がる。

 シャツを絞ると甘露水がびたびた地面に滴り落ちた。

 目に染みて痛え。


「はは、最高に気持ちいいや」

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