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教室が嫌いなのだ!  作者: インコンペ
3/8

第三話 生きてるってなんなのだ!

今なら行けるのだ!(午前3時過ぎ)

「なあっ、らん、起きてっ」


 深夜、俺はにいなの小声で目を覚ました。


「ん……なんだ……」

「しっ。ほらっ、あれ見て」


 果たして、少女の指さす先は、ドアノブの破壊された通用口をくぐり抜ける青年たちだった。

 地下の街並みは暗い。充電の大分減った携帯端末を見ると、時刻はまだ午前3時過ぎで、消灯されているのも当然だった。


「あれって、外に抜け出そうとしてるのだ?」

「ああ、多分そうだ。やっぱり、そういうやつもいるよな……」

「……らん、にいなたちも行こう。今なら行けるのだ」

「はあ?何言ってんだ。いずれ外に出られる日が来る。その時まで待てるだろ」

「違う。今が選択のときだ。らんは、ここで人生をもやしに費やしてしまうか、外で冒険者になるかを選ばないといけないのだ」

「冒険者?なんだよそれ。人生ってのはそんなRPG(ゲーム)みたく行くもんじゃないんだ。どこにルールを破ってわざわざ危険を冒す必要がある」

「らんも分かってるはずだ。少なくとも、これから数ヶ月はここから出られないし、出られたとしても仮設住宅に箱詰めだ」

「そうは言っても……」

「フェリーで家畜みたく本州に運ばれて、動物園みたいに狭い部屋に閉じ込められるのだ。さあ、出よう。外へ行こう」

「それでいいだろ別に。これまでだってそんなもんだよ。もういい、俺は寝るぞ」

「らんっ」

「……んだよ」

「行くのだ」

「……」

「今から、外に、出るのだ」

「……っちょっと、手ぇ引っ張ってどこに……」




 俺は、彼女の言葉に思わず何も言えなかった。

 俺の手を引っ張るにいなに、逆らうことが出来なかった。

 それは、不思議な力だった。腕力じゃない、自ずと、俺は引かれるままに立ち上がるしかなかった。

 マトリックスで同じ場面を見た。モーフィアスがネオに青いピルと赤いピルを見せ、選択を迫るところだ。それは実際、既に選択の余地などなく、運命で定められたレールの上の選択だった。ともすれば、今の俺は間違いなく運命によって外に出ることを決定づけられているのだろう。選択ってのは、大抵既に答えが決まっているものだ。その答えに収束する過程に、我々は悩みというシンボル的行動を取るだけ。

 俺は、その定型表現をすっ飛ばして、にいなの赤いカプセルを手に取ったのだ。




 愈々(いよいよ)外に出た時、それは本当に呆気なかった。頭がぼぉっとしたまま狭い階段を上がり、扉が壊されているぞという声を背中に聞きながら外の世界へ足を踏み出した。

 辺り一面は土煙が漂って埃臭かったが、寧ろ自然なことに思えた。まだ真夜中、月明かりが家々の屋根を照らす美しい夜だった。


 道路は踏み荒らされ、路駐された車はあられも無い姿を晒していた。電柱は倒れ、辺りに瓦礫が散乱している。

 にいなは手を離し、ふらふらと一人で歩き出した。俺も雪を踏んで歩き出す。乾いた雪の、キュッキュッという高い音だけが響く。

 街の中は見るも無残な様子になっていて、俺はこの復興にいくらかかるのだろうかと勘定をしてみる。道路1メートル当たり幾ら、家一軒当たり幾ら、そんなことを考えていると直ぐに1兆円に達して、俺はそこで足し算をやめた。



 ちょうどその頃、にいながその足を止め、ただ一言「着いた」と言った。

 そこはとても開けていて、まるで広場のようだった。辺りには建物なんて見えなくて、ただ、瓦礫の山が散乱しているばかりだった。


「お家、壊されちゃった」


 あたかも大怪獣が争いあったかのように生々しい爪痕が遺されていて、それはあながち間違いではないようだった。


「探し物、なんだっけ」

「黒いバッグに入ってる」

「手伝うよ」

「明日でいい」

「……そうだな。今夜はどこかで休もう」


 だが、からっ風吹き荒ぶ中で野宿はゴメンだ。

 かといって、近くの家は大抵きちんと戸締りされていて、中々宿が見つからない。

 最後は仕方なく民家の窓を石で割って侵入することにした。窓ガラスの飛び散ったフローリングに土足で上がり込む。


「らん、なんだか泥棒みたい」

「みたい、と言うか泥棒そのものだな」

「それはそうだ」


 俺たちは2階へ上がり、運のいいことに石油ストーブのある部屋を見つけた。当然のようにそれに火をつけ、2人で暖をとる。


「家主が帰ってきたら、俺たちお縄だな」

「にぃなん家は全壊なんだからおあいこなのだ。お天道様も許してくれる」


 お天道様、ねえ。俺たちを見てるんだったらちょっとくらい助けてくれてもいいと思うんですがね。俺は早くこんな災害なんて終わってもらって、マクドのポテトをコーラで流し込みたいよ。


「それに、警察なんてもう機能してないだろうな。俺たちゃ自由だ。フリーダムだ」




 俺たちはしばらくそうやって、化石燃料の熱量を気体分子の振動に変換して身体に浴びた。野外で冷えて締まった肉体が、暖気でほぐれていくのが分かった。




 ◇




 翌朝、たくさんの足音が川のように駆けてゆくのを聞いて俺は目を覚ました。膝にうずめていた顔を上げると、にいなは俺の横で震えながら何かを紙に書き殴っていた。


「……なにしてんだ」

「っ──起きたのか……」


 にいなはピクリと背筋を伸ばした後、心底落ち着いた様子で振り向いた。

 窓の外を眺めてみる。

 目に映ったのは、通りを走る無数のエゾシカの群れだった。いつだったか、似たような光景を見たことがある。奈良市街を走り抜ける鹿の群れだ。

 それと同じ様子で、しかし破壊力は桁違いの大群が街を流れてゆく。その轟音は俺ですら思わず足が竦むほどで、年端もいかない、それも自分の住んでいた町を蹂躙されているにいなにとっては、それはもう恐ろしいことだろう。


「なに、書いてんの?」

「なにも書いてないのだ」

「ちょっと見せてくれよ」

「やだ」

「ああっ、別にクシャクシャにしなくてもいいのに」

「らんのせいなのだ」

「……スマンよ」

「別にいい」


 俺たちは、()が収まるまでじっと部屋で待っていた。案外、静かに隠れてると鬼獣たちも襲ってこないようだ。

 轟音が彼方まで行ってしまった頃、窓下の通りは踏み荒らされて原型も留めていなかった。アスファルトはほとんど割れてしまい、土がむき出しになっている。どの家の塀も抉られたように破壊され、車も電柱も最早その姿を確認することすらままならなかった。


「あいつら、急いでどこに行くつもりだったんだろうな」

「悪い子のところ、とか?」

「ナマハゲかよ」

「ふふっ」


 俺たちは、恐る恐る階段をおり、にいなの家の跡地に向かった。嵐が去った後の静けさとはこのことで、朝日が指して朝露だけが煌めいていた。


「そんじゃまあ、手分けして探すか」

「うん」


 俺たちはさっきの家で失敬してきた軍手をはめ、瓦礫の山によじ登った。


「それって何階に置いてたんだ?」

「2階の部屋」


 多分、この建物は2階建てだ。だったらそんなに下には埋もれてないだろう。俺はまず、瓦を掴んで道の方まで投げ飛ばしはじめた。案外軽い瓦でそんなに重労働じゃなかったけど、如何せん数が多い。寝具や家具が見えた頃には、汗だくになっていた。

 できうる範囲で梁を押し退け、中を覗く。

 天井に押しつぶされたあれやこれやが見えて、その中ににいなの探し物があるか目をこらす。


「ここにはないか」


 時に瓦を放り投げ、時に鉄パイプや木材を隙間に差し込み、梃子で邪魔な建材を退かしてゆく。

 そのときふと、視界の端にカバンが映った。合成繊維でできた、黒いバッグだ。

 半身しか入らない場所にあったから、急いで手を突っ込み、それの持ち手を掴む。しかし、引っ張ってもどこかで引っかかっているのか出てこない。一度身体を引いて、パイプをそのバッグの傍に差し込む。ぐいと持ち上げれば、バッグにのしかかっていた瓦礫も持ち上がり、パイプの力点を肩で支えているうちにバッグを引きずり出した。

 最後まで瓦礫が崩れないように片手でパイプを持ち、ようやっと手に握る黒いそれ──明らかにギターケースだ──を手にいれることができた。


「これか……」


 埃まみれの表面をはたくと、確かに中にギターの感触がする。あの子、これがそんなに欲しかったのか?


「なあ、見つけたぞ!」


 振り返ってにいなを呼ぶ。


「なんだ?」


 返事が返ってきて、おぼつかない足取りでにいなは瓦礫の上をやってきた。


「これだろ?探してたの」


 ギターケースを差し出す。


「ううん、違う」

「へ?」

「これなのだ!」


 にいなはドヤ顔で手提げカバンを突き出した。確かに、黒だ。大きさで言えば、A4かそれよりもう一回り大きい、縦長のカバンだ。


「……これ何入ってんの?」

「内緒」

「マジ?俺こんなんの為に必死こいて瓦礫掻いてたの?」

「なっ!こんなのって言い方はないのだ!大切なノートなのに!」

「は?ノート?」

「あっ……」


 信じられない。それが、俺が命懸けで地下を飛び出し取りに来たものなのか?もっとこう、親の形見とかじゃないの?


「そ、そのギターあげるのだ。父のだから」

「いいのか?そんなの貰って。お前の父さんにもまだ会ってないし。っていうかそうじゃなくて、なんでお前はそんなノートだかなんだかの為に俺を駆り出して──」

「父は死んだのだ」

「っ……」

「知ってるのだ。だから、これはらんに貰って欲しい。父が大切にしてたギターなのだ。でも、にぃなは下手だし。らんはギター弾けるのだから、あげるのだ」

「なんで俺がギターやってるって……」

「父と同じ手をしてるのだ。それのためにも、父のためにも、弾いてやって欲しい」

 

 ああ、そうだ、俺はバンドでギターをやっていた。だけどもそれはずっと前のことだ。ここ1年は触れてすらいない。そもそも、そんなの言ってる場合じゃないだろ今は。


「なあ、お前どういう状況か分かってんの?そんな紙切れのために命を賭す時でもないし、ギターを弾いてる場合でもない。あのな、こっちは遊びじゃないんだよ」

「そんな場合じゃないから、こんなことしてるのだ!」

「はあ?」

「知ってるのだ!暇を無くした人から死んでいくって!詰まんない人間になっていくって!」

「違うな、死んだ人間が死ぬんだよ」

「らんは違うと思ったのに……結局他の人と一緒なのだ」

「お前が変な夢見てるだけだ。目え覚ませ」


 中二病かよ。どっかで悪い病気でも貰ったのか?


「らんっ」

「……なんだ」

「ちゃんとこっち見て」

「……」

「目をそらさないで話すのだ」

「……ったよ」

「行こう、ここじゃない、どこかへ」

「……」


 ああ、まただ。にいなに強く言われると、なんと言うか、そんな気持ちにさせられる。

 ぽわぽわと群青の光が俺の心を包む。

 にいなの意思がストンと理解出来て、俺はその意のままに動く。

 俺はそれが本当に腹立たしくて、けれども全く逆らえない。そうでもしないと落ち着かないとでも言うかのように、俺の身体はにいなの言葉に従ってしまう。


「……腹、減ったな。……コンビニでも行くか?」


 衣も食も、当然、住もない。真っ暗な地下を飛び出した俺たちは、こんなにも明るくて自由で、そして敵意むき出しの世界で生きていけるのだろうか。


前を歩くにいなから、鼻歌が聞こえる。




「後ろ向くから未練が残る


 残りゃ涙が先に立つ


 無理もなかろう中山峠


 越せば江差の別れ浜」




 にいなの馬子唄だけが、壊れきった街に響いていた。

俺はもう寝るぞ

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