表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

「ファビオラ様、とてもウェディングドレスがよくお似合いですね。さあ、こちらへ。アシュトン様も首を長くしてお待ちです」


メレディス家に到着した翌日、純白のウェディングドレスへと着替え、侍女から化粧を施されたファビオラを見て、従者のライルは嬉しそうに微笑んだけれど、ファビオラの表情が翳っていることに気付き、気遣わしげに声を落とした。


「どうなさいましたか。急なお話だったからでしょうか、アシュトン様との結婚にご不安にでもなられましたか。

私は長くアシュトン様にお仕えしていますが、彼はとても素晴らしいお方です。アシュトン様なら必ず、ファビオラ様を幸せにしてくださると思いますよ」

「ライル様。私は……アシュトン様には相応しくありません。上手くご説明できないままに、ここまで来てしまいましたが……」


悲しそうに瞳を潤ませるファビオラに、ライルが口を開こうとした、その時だった。

ファビオラの顔の辺りを、白い靄が覆い始めた。ファビオラは、はっと息を呑んだ。


(これは、もしかして……)


ファビオラが震える指先で、ハーフアップにされた髪の、肩先に落ちた毛先を摘んで持ち上げると、それは本来の自分の髪色である群青色に戻っていた。ユーディリスに掛けられていた魔法が今この瞬間に解けたのだと、ファビオラはすぐに理解した。


青ざめたファビオラを見て戸惑いを浮かべるライルの瞳が、ファビオラの後ろの扉を開けて現れた人の姿に、さらに驚いたように見開かれる。そこには、ファビオラの姉のユーディリスの姿があったのだ。


ユーディリスは美しい笑みを浮かべた。


「先程、妹のファビオラも申していましたが、彼女はアシュトン様には相応しくありませんわ。

……本当はアシュトン様に嫁ぐのは私のはずだったのですが、妹が、アシュトン様に嫁ぎたいあまりに、魔法で私の姿に成り代わっていたようです。あれが、妹の本来の姿ですわ。

身内の恥を晒すのも申し訳ないのですが、結婚式前に、到着が間に合って良かったです」

「お姉様……」


言葉を続けられずに口を噤んだファビオラに、ユーディリスは冷たい視線を向けた。


「あなたのいるべき場所は、ここではないわ。丁重にアシュトン様にお詫びだけしたら、さっさと帰ってちょうだい」

「何の騒ぎだ?」


急ぎ足で部屋に入って来た、黒いタキシード姿の見目麗しいアシュトンを見て、ユーディリスが目を輝かせた。


「まあ、アシュトン様。……妹が、大変失礼いたしました。私が貴方様の……」

「……ファビオラ!!」


アシュトンは迷うことなく、真っ直ぐにファビオラに歩み寄ると、その場に立ち竦んでいたファビオラを優しく抱き締めた。


(えっ……?)


ファビオラは、呆気に取られた様子のユーディリスを視界の端に捉えながら、起こったことが理解できずに、アシュトンの腕の中でしばし固まると、恐る恐るアシュトンの目を覗き込んだ。


「アシュトン様……?どうして、私がファビオラだとおわかりになったのですか?」


アシュトンは嬉しそうに笑みを零した。


「はじめから、会った時から、僕には君がファビオラだとわかっていたよ。君に掛けられていた、その忌々しい魔法は、早く解けて欲しいと思ってはいたけれど」

「どうして、ですか?」


アシュトンも、ファビオラの両眼をじっと見つめた。


「僕の家系も皆、魔法が使えるからね。それなりに、高度な魔法が。……君にどのような魔法が掛けられていたかくらいは、すぐにわかったさ。

……どうやら、見くびられていたようだがね」


そう言うと、アシュトンは顔色を失って唇を噛んでいるユーディリスの顔をちらりと見やった。


「なら……なぜ、私を妻にと望んでくださったのです?

魔法の力も弱く、取り立てて長所もない私のことを」


ファビオラが思わず本音を漏らすと、アシュトンはくすりと笑って、愛おしそうにファビオラの髪を撫でた。


「君は、僕のことを覚えていないかな?

僕は、片時だって君のことを忘れたことはなかったけれど」

「えっ……?」


ファビオラは、思いがけないアシュトンの言葉に、目の前の美しい彼の顔を改めてまじまじと見つめた。記憶の糸を手繰り寄せ、ようやく彼と同じ色合いに辿り着く。


「もしかして、私がこの国に来ていたあの時。川で、溺れ掛けていた……」


滞在先から抜け出して、川べりを1人ファビオラが歩いていた時、岩と岩の間に挟まっていた、虫の息になっていた少年を見つけ、慌てて岸に引き上げたことを、ファビオラは思い出していた。


「その通り、あれが僕だ。覚えていてくれたんだね。

冷たくなりかけていた僕の身体を、君が必死に岸まで引き上げ、体温が戻るまで手を握っていてくれただろう?」


背中を叩いて水を吐き出させてから、どうか目を開いて欲しいと、祈るような気持ちで彼の手を握っていたことを、そして彼の綺麗な紫の瞳が開き、安堵に胸を撫で下ろしたことを、ファビオラは遠い記憶の中から思い返した。


「あの時、僕はあの川のずっと上流で、急流に足を取られてしまって、流されたんだ。

そして、君の魔法で救われたんだよ」

「私の魔法?私には、強い魔法の力はありませんが……」


アシュトンは、ファビオラの言葉に、申し訳なさそうに目を伏せた。


「いや、そんなことはない。僕の見立てでは、君は、僕の知る限り、誰より強い魔法の力を持っていた。

……だが、僕を助けるために、あの時、まだ幼かった君の器を越えて、力を使い過ぎたんだろう。ほとんど死に掛けていた僕に力を与えて、この世に呼び戻してくれたのだから。きっとそのせいで、君の器を傷付けてしまった。すまなかったね」

「もしも、それでアシュトン様の命が助かったのなら、私が力を失ったところで、たいしたことではありません。魔法が使えた甲斐があったというものです――本当に嬉しく思いますわ」


微笑むファビオラに回した腕に力を込めると、アシュトンは少し潤んだ瞳でファビオラを見つめた。


「君のことをすぐに探したが、なかなか見付けることができなくてね。魔法を使える家系は多くはないが、他国まで手を広げて、長い時間をかけて探してようやく、君を見付け出した。それで、君を迎えに行ったんだ。……おかしな魔法を掛けられていた君をね」


そう言って、アシュトンはユーディリスを睨み付けた。


「さあ、ファビオラに掛けている魔法を解いてもらおうか?」

「あの……お姉様が私に掛けた魔法は、もう解けているはずですけれど」


躊躇いがちに口を開いたファビオラに、アシュトンは首を横に振った。


「いや、根本的な魔法が残っているよ。……魔法というよりも、呪いに近いかな。

さあ、早く。僕が直接君を攻撃するのと、君がファビオラに掛けた呪いを解くのと、どちらを選ぶ?」


アシュトンの手に眩い光の球が浮かんだのを見て、ユーディリスが明らかな力の差に顔を歪めると、あきらめたように呟いた。


「……魔女が悪しきことに力を使わないように、私が代わりに使ってあげていただけよ」


ユーディリスがぱちりと指を鳴らすと、ファビオラの髪から一束の毛がぱさりと落ちた。あっ、とファビオラが小さく声を上げる。その先を見届けることなく、そのまま、ユーディリスは背中を向けると部屋から足早に立ち去って行った。


床に落ちたファビオラの毛束が、みるみるうちに灰のように白くなって崩れ落ちる様子を、アシュトンはじっと見つめていた。


「あれが、君から力を奪っていた元凶だ。……きっと、君の姉は、ずっと前から君の大きな魔力に気付いていた。そして、君が僕のために君の力を使い過ぎてしまった時、その隙につけ込んで、君に呪いを掛けたんだろう。……君の力を奪う魔法を」

「そんな魔法があるのですか?」


驚いてファビオラが尋ねると、アシュトンはゆっくりと頷いた。


「ああ。珍しい魔法だがね。余程、君の姉は君の力を妬んでいたのだろう。お蔭で、君を探し出すのにも、考えていた以上に時間が掛かってしまった」


ファビオラは、日蔭の存在だった自分を、あれほど日の当たる場所にいながら、なぜか目の敵にしていた姉の態度を思い出していた。あれは、何でも一番でなければ気の済まない姉の嫉妬から来ていたものだったのかと思うと、確かに姉の態度は腑に落ちたし、不思議と、今は身体中を潤すような力が満ちてくるのを感じていた。


そんなファビオラの手を取ると、アシュトンは熱の籠った視線で彼女を見つめ、優しく語り掛けた。


「まずは、君に僕の妻になってもらってから、残っていた問題を解決できればと思っていたけれど。思わぬ形で解決したね。

……ファビオラ、僕は、君のことを長いこと想っていたんだ。さっきも言った通り、君に掛けられた魔法には気付いていたし、何より、僕にはその君のままの姿が大好きだからね。改めて、君にお願いしたい。……僕と、生涯を共にしてはもらえないだろうか?」


ファビオラの顔が、みるみるうちに赤く染まる。


「はい、喜んで」


にっこりと笑って頷いたファビオラを、アシュトンは両腕で抱き上げると、しっかりと力を込めて抱き締めた。


***

後からファビオラがアシュトンに聞いたところによると、メレディス家の者には、アシュトンがファビオラの外見を元通りに見せる魔法を掛けていたらしい。ユーディリスによってファビオラの外見に掛けられていた魔法が解けても、混乱が生じなかったのは、そのためだったそうだ。可愛い君の姿を誤解されたくないからね、と、さも当然のように言いながら爽やかに笑うアシュトンに、ファビオラはまた頬を染めることになった。


ユーディリスは、自らの外見にも、美しく見せる魔法を掛けていたようだ。ファビオラから奪っていた力を失ったユーディリスは、その後、あれほど轟かせていた美貌も失うと、社交界でもユーディリスの名前を耳にすることは少なくなり、カドゥ家は先細りの道を辿ったという。


一方、愛妻家で知られたアシュトンと、彼を支え、とりわけ回復魔法への適性を示したファビオラは、その後、メレディス家の領地から採れる、薬効の高い草花に回復魔法を込めた薬をテッサリア王国に流通させることとなる。テッサリア王国の発展にも大きく貢献したメレディス家は、仲睦まじさで羨まれるアシュトンとファビオラの名と共に、テッサリア王国では知らぬ者のいない名門としての礎を築いたという。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おとぎ話みたいですてきでした(^^)
[一言] 素晴らしい作品をありがとうございました!
[気になる点] 後出しご都合主義が激し過ぎてちょっとうまくお話を飲み込めないです……。 短編に詰め込みすぎでは??
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ