エルフ無双アフター・王位の強制禅譲、人はそれを簒奪と呼ぶ
「我が王よ、そろそろだと思うのですが」
「ええ、期は満ちました」
故郷に帰り、農業を始め。
その生活にも慣れてきた頃。
エルフコンビは唐突にセージへと話を切り出した。
「いや、収穫にはまだ早いだろう。君らそれでも森の民? あのね、実りというのは時期が決まっててだね──」
「作物の収穫の話ではありません!」
「!! アイナ、これは違います! セージ様は【作物に例えて】お話をなさっているのです! しょせん、王にとっては──世の全てなど収穫を控えた作物同然」
「また頓珍漢なことを……普通にいま育ててる作物の話だけど? 君らは何を収穫しようと思ってんの?」
「王よ、お戯れを」
「無論──国のことです」
「国って。ああ、俺がエルフの主君だとか言ってたな。エルフの里なら要らんよ。森に帰りたくなったのならいつでもお帰り?」
「あれ!? いつの間にか私たちが帰らされる流れに!?」
「クーリングオフだけは何卒ぉおおおお!!」
「それはもういいから。俺、アイナ語とエルフィ語に関してはイマイチ不自由なんで……回りくどくじゃなく率直に言ってくんない?」
「では不躾ながら」
「国というのは、この【ヴァンデリア王国】です」
「………………それ、俺が住んでる人間の国の名前だな」
「ええ、セージ様こそはエルフ族の王」
「すなわち人間の王でもあらせられるわけです」
「すなわちって全く繋がってないだろ。今さらだけど、君ら思考回路が狂ってるな」
「そんな! 我が王よ!」
「ご褒美にはまだ早いですよ!?」
「全然褒めてねぇ。勝手に悦に入るんじゃない。で、二人は一体、俺に何をさせたいっての?」
「それはもちろん」
「【王都ヴェルフラード】への進軍です」
「よし、今日は俺が森の民へ一つ教えよう。人間の国の王族に謁見するっていうのはな、それなりの立場とか、重大な案件が必要なんだよ」
「我が王ともあろうものがお忘れですか?」
「エルフ国は未だに年に一度、不可侵条約を締結している──これはエルフ側が譲歩しているだけで、つまりこちらの国の方が格上なのです」
「おま、国家規模の話かよ! エルフの武力に訴えるのは反則だろ!」
「セージ様、ゴミすらも労わるそのお優しさは美徳ですが」
「ええ、そろそろ──覇王としての自覚を持っていただきませんと」
「またゴミの話か……そこまで言うなら、まず君らから蹂躙してやろうか?」
エルフコンビの突拍子のなさから、セージは二人への態度がぞんざいに──もっと言えば、口が悪くなっていた。
「!? ──」
「アイナが喜びのあまり失神を!? 王よ! 迂闊に距離を詰めると喜びのあまり失神すると、我々申し上げたではないですか!!」
「めんどくせぇな!?」
四日後。
「なあ。なんで俺、王都のヴェルフラードにいんの?」
「ふふふ、セージ様はユーモアセンスも覇王クラスですね」
「それは勿論、我々が神輿で担いできたからですよ」
「いや……日数、四日経ってるんだけど。それに気づかないって、もはや恐怖しかないんだけど」
「それはですね」
「エルフ族に代々伝わる、リラックス効果があるハーブを焚いてましたので。時間を忘れてお寛ぎいただいた証拠です」
「それ成分大丈夫なのかよ!? それよりお前ら! 仮にも主君に一服盛るなよ!!」
「そこの門番よ」
「エルフの王族、アイナリンドとエルフィロスが参ったと、大臣に伝えなさい」
「話聞けよ!!!!」
エルフという単語を聞き怯える門番。
王城周辺において、エルフという単語は恐怖の象徴だった。
「これはこれは。アイナリンド様にエルフィロス様。供も連れずに本日はいかがされました? 条約会合の時期はまだ先のハズですが……」
「ヴァンデリア王よ、本日の要件は他でもありません」
「こちらにおわす、セージ様に──王位を譲りなさい」
「………………は?」
「玉座は譲れないと……? よろしい、ならば戦争です」
「こちらが慈悲を見せている内に、素直に頷けばよいものを」
「いや君ら待てよ。短気な上に血の気、多すぎだろ。意味がわからなすぎて王様とまどってんだよ。って、俺、御前なのに普通にツッコんじゃったよ」
「あの、失礼ですが、そちらの男性は……?」
「ようやく認識しましたか」
「この方こそ我らエルフ族の主君──セージ様です」
「エルフの主君…………まさか! 勇者様ですか!?」
ヴァンデリア王は驚愕とともに目を見開く。
「国家元首の地位を持つほどの方のこの反応……勇者ってロクでもない存在っぽいな。あっ、御前での不敬、失礼いたしました」
「いやいやいや! 勇者の権限は王族より上ですので! どうぞ遠慮なく発言なさってください!」
「……なあ、ご先祖様ってさ、過去に何やらかしちゃったの?」
「やらかすだなんて、とんでもない。むしろ護国の英雄的存在です」
「はい。我々はセイヤ様を旗印に魔王をぶっ殺し──そのまま人の世にも覇を唱えようとしたのですが、勇気あるセイヤ様はエルフ族の全てを敵に回してでも争いを止めるとおっしゃったのです」
「勇者って言葉の由来、魔王とやらの存在がいるからじゃなく、内輪もめから来てんのかよ……。珍しくご先祖様グッジョブだわ。世界を救ったって、エルフの魔の手からだったのな……」
「ええ、セイヤ様の存在が無ければ──今の人類国家は存在しますまい」
深刻そうに頷くヴァンデリア王。
「失敬な」
「その言い草、まるで我らエルフが蛮族のようではないですか」
「いやまさに蛮族だろ。ついさっき、武力行使で国盗りをしようとしたばっかじゃん」
「クッ……! しかしエルフを敵に回すわけには……! 三日もあれば人類国家が滅亡してしまう……! かくなる上は、勇者様に王位を譲るしか」
「三日!? 人類のエルフに対する抵抗力ってそんなもんなの!? というかそんな簡単に玉座を諦めないでくださいません!?」
「さすがは今代のヴァンデリア王」
「賢王の異名、伊達ではありませんね」
「君ら最初、ゴミっつってたろ? 要らないから。国なんて貰っても俺、国家運営のノウハウが無いから手に余るってば」
「我が王は謙虚ですね」
「世界の覇権を手に出来るお立場なのに、あえて辞退なさると」
「もうそれでいいから。そろそろ帰らない?」
「いえ、収穫なしには帰れません」
「手土産の一つすらないなど、エルフの名折れ」
「えーと……それでは大公の位と勇者様お住いの地域一帯、その所有権などはいかがですか……?」
「貴族の地位も領地も要りませんので……」
「では勇者様が収穫するモノに対する租税の永年免除、させていただきましょうか?」
「それは……実にありがたい話ではありますが……」
そんな法外な話がまかり通っていいのか。
王位の話あたりからセージの価値観は麻痺しかけていた。
「これは決まりですね、エルフィ」
「ええ、これでセージ様の土地は実質的に治外法権。一国を興したも同然です」
「君らのセーフとアウトの基準が全くわからん」
こうして、セージは一生税金から逃れる権利をゲットした。
このことはエルフの里の勇者伝説に語り継がれ……。
盛りに盛って脚色された上で、セージの成した覇業の一つとして数えられることになるのだった。