聖剣、そして古文書。
「ここが聖剣の間……」
古文書を読むには前段階があった。
それは、どうやら聖剣というものを抜かないといけないらしい。
ということで、セージはエルフコンビから【聖剣の間】なる場所へと連れてこられていた。
そこは、四面に注連縄がはられ、縄からは紙垂が下がっている。
厳かな雰囲気といえなくもない。
「はい、これが勇者様のみが抜けるという聖剣」
「この聖域にずっと守られ、未だ抜いた者はおりません」
「……そもそもこれ、抜こうとした人は?」
「そんな恐れ多い」
「おりません」
『これ、【抜けない】んじゃなくて【抜かない】の間違いなんじゃないの? 聖域なんていいつつ、侵入者を阻む結界っぽいものもないし』
セージは心の中でツッコむ。
「まあ、是非にというなら抜いてみるけども……アレさ、金属っぽくないというか……ぶっちゃけ木の棒じゃない?」
「そんな恐れ多い!!」
「アイナ! 早合点してはなりません! セージ様にとっては【木の棒同然】なのです! 我々のごとき矮小な存在の価値観で計れるハズがありません!」
「わかったわかった、早急にトライするから落ち着いて」
「す、すいません、私たちともあろうものが」
「王様のあまりの胆力に慄いてしまいました」
慄くって…………。
もはや何を言っても理不尽に持ち上げられそうで、セージは密かにため息をつく。
「それじゃ──よっこいしょーいち」
エルフコンビをひっくり返した時と同じく。
またも意味不明な、気の抜けるような掛け声で聖剣を引き抜こうとするセージ。
結果は──
「これは……!」
「さすが我らが王! こうも易々と抜いてしまわれるとは!」
「いや、固くもなんともなかったんだけど……なんなら、子どもでも抜けそうなんだけど……しかし、これ」
「!? まさか!」
「この聖剣の正体をご存じなのですか!?」
「そんな食いつくところじゃないから。これ、家に伝わる【お掃除棒】だわ。これがあると、狭い空間も楽々掃除できるから便利なんだよな。俺も重宝してる」
「す、すでに聖剣を所持しているどころか使いこなしているなんて……」
「アイナ、セージ様を常識に当てはめるのはやめましょう。この方は──規格外なのです」
こいつらその内、『呼吸ができるなんて、さすがはセージ様!』だなんて言いそうだな。
そう思い、白けた目で二人を見やるのだった。
「わ、我が王よ、なんですかその目は。ご褒美ですか」
「ありがたき幸せ」
「しかもドMでもあるのかよ」
もはや遠慮などしない。
とうとう声に出すのだった。
「近くにいらっしゃるだけで至福ですからね」
「迂闊に褒めたりスキンシップすると喜びのあまり失神したりしますから、気を付けてくださいね」
「じゃあそろそろ古文書いく?」
セージは二人の発言を無視した。
そして彼は【古文書の間】へと誘われる。
そこは──【聖剣の間】とほぼ同じ造りだった。
唯一違う点を挙げるとするなら、古文書がショーケースに入れられているところくらいだろうか。
エルフの片割れのエルフィが前に進む。
そして、どこからともなく鍵を取り出す。
ケースに付いている錠前はそれで開いた。
「さあどうぞ」
「解読を──お願いします」
「………………」
『これ、家に伝わってる【大学ノート】と同じだな。でも面倒くさいから、もう黙っていよう』
セージは無言でノートをペラリとめくる。
『勇者(仮)の末裔こと、次期エルフたちの王(笑)へ
これを読んでいるということは、君は俺の子孫なのだろう。
恐らく戸惑っているだろうから、ここに全てを記す。
さて、まずは何を語ろうか。
そうだな、エルフ達が言っている勇者という言葉。
アレ、あいつらの捏造だから気にすんな。
俺のジョブは【主夫】。
期待させたかもしれんが、戦闘能力は一切持っていない。
勝手に勘違いしたエルフどもがな、祭り上げてきたんだ。
その経緯は割愛する。
ともあれ、面倒なやつらに絡まれたことは心から同情するよ。
もしかすると、『やつらから解放されたい』
『その術が知りたい』なんて思っているかもしれないが……。
俺からの答えは一つだ。
諦めろ。
あいつらな、思い込みの激しさはすでに見ての通りなんだが……。
戦闘力がヤベーんだ。
バーサーカーもビックリなんだ。
誰が魔王かと聞かれたら、俺は躊躇なく答える。
『エルフこそが魔王なのだ』と。
俺の時代にはエルフ族の姫君にあたる存在がいたが、双子だった。
彼らはその両方ともを俺に嫁がせようとした。
もし、君を案内したのが双子っぽい存在だったら……。
人為的な双子かもしれないが、察してやってくれ。
え? 俺がその双子を娶ったか?
それは……ご想像にお任せしよう。
俺の選択を聞くことで、君の人生が左右されてしまうかもしれない。
君は過去のことになぞ囚われず、好きに生きてくれ。
ああ、エルフの女性は多分に漏れず美人だ。
さらに我々には従順で、これでもかと尽くしてくれる。
もちろん娶ってもいいぞ。
ただし、二人いる場合で一人だけ娶ってしまうと戦争が発生してしまうから注意しろよ?
これガチ情報な。
そうだ。
昨日、掃除する際に【お掃除棒】を使ってたらな。
エルフが『それは伝説の聖剣なのでは!?』とか言って持っていきやがった。
もしよかったら、探しておいてくれ。
このノートも聖書だか古文書だかにするなんて言ってたな……。
まあそれはいい。
これは日本語で書いてる。
彼らは読めないだろう。
君がこれを読んでエルフに感想を聞かれたら……。
『内容は言えない、勇者はこの書の破棄を望んでいる』とでも伝えてくれ。
長くなったが、まあそんなところかな。
エルフ達は思い込みも激しく極端なやつらだが、悪い存在ではない。
どう関わるかは君の好きにするといい。
おっと、妻に呼ばれたのでそろそろ失礼する。
P.S.肝心なことを言い忘れていた。
生活魔法の名前なのだが…………。
いや、これはいいか。
とにかく一つだけ。
著作権は大事にな!!
初代勇者(仮)との約束だぞ!!
著作権違反、ダメ、絶対!!
異世界なんくるないさー勇者(仮)・聖也より』
「………………」
「セ、セージ様?」
「ま、まさか何か不穏なことが書かれていたのでは……」
「いや、それは大丈夫だ。でも内容は言えない。勇者はこの書の破棄を望んでいる」
「!!」
「わかりました! 禁忌が外に漏れ、世界に災害が及んだら大変ですものね!!」
「ああうん。普通に燃やしてくれたらいいから」
「エルフィ、一族に通達して【聖火】の用意をさせましょう」
「ええ、まさかそこいらの焚き火にくべるわけにもいきません」
『なんなら葉っぱと一緒に燃やして焼き芋でも作ればいいよ』
セージは心の中でそう吐き捨てた。
………………。
「んじゃ、古文書の解読も済んだし、ついでに聖剣も抜いたし。俺はそろそろ帰るから」
「お待ちください!!」
「我が王よ、まだ【告白ざまぁ】が終わっておりません!」
「えぇー……まだついてくるの? もう報酬分の仕事は終わったことだし、解放してくんない?」
「…………追加報酬をお支払いしますので」
「前金のみで、200万ガルド。いかがでしょう?」
「200万か……! でも、【告白ざまぁ】って受付嬢のフィーナさんを貶めるってことでしょ? さすがにそういうのはちょっと」
「いえいえ! 直接的に仕返しをしなくてもよいのです!」
「はい! 例えば──適度な高難易度クエストでもこなして、王様の偉大さを見せつけられればそれで十分!」
「高難易度クエスト……。そうだなぁ、考えれば街への恩返しもしてないし、それなら人が嫌がる塩漬けのクエストでもやって帰るか。無茶はしないけど。せっかく二人からの報酬もあることだし」
そうして、エルフコンビに乗せられる形でセージは街へと引きかえしていくのだった。