募る美人局疑惑、そして夢の国。
3人は街道から外れて【迷いの大森林】へと入っていった。
聞けば、森の入り口からエルフの里までは1日で行けるらしい。
そんな距離なのにボロボロの行き倒れになっていたのが、ますますナゾを深める。
野盗の可能性は払拭した。
が、美人局疑惑がセージの中に新たに芽生えた。
森へ入って数時間────
「アレは──【エビルモンキー】。Aランク指定でずる賢い魔物だからソロで倒すのは到底無理なんだけど……本当に2人ともいけるの?」
「お任せください」
「あんなの雑魚ですよ、雑魚」
なにやら過激な発言も多い気がしたが、セージは黙っていた。
『エルフの得意なものというと……確か、弓矢に風魔法だったな』
そう心の中で確認。
自分は戦闘職ではない。
ここは2人を信頼するしかない。
「エルフィ、風魔法で足止めを!!」
「はい! 【エアバインド】! アイナ、リロードは!?」
「愚問ですよ! 森に入る前から終わってます!」
エルフィが風の拘束魔法で魔物を縛る。
そのやり取りを聞いて、足止めから弓矢で仕留めるのだろうとセージは推察した。
『ん? そういえば弓矢なんて持ってたっけ? ……リロード?』
聞き慣れない単語。
それにセージの意識が奪われた瞬間──
アイナは懐から黒光りするナニカを取り出した。
そして。
パンパンパン!
と乾いた音が数回。
至近距離にいると耳がおかしくなりそうな音量だった。
そして、ドサリという音に倒れる魔物。
血だまりに倒れ伏す魔物。
完全に絶命している。
「…………なに今の」
「エルフ族得意の弓矢と風魔法ですよ」
「セージ様も、噂くらいは聞いたことがあるのでは?」
「うん、それは聞いた事あるし、風魔法も見事だったけど。弓矢がなんというか──俺が知ってるのと違う」
「人族は剣や槍が得意、エルフは弓矢が得意。色分けされてますものね」
「本来は魔法のみで倒せるのですが……弓矢って定期的に使わないと機嫌が悪くなるといいますか。オーバーホールが大変なんですよ」
「これ、得意分野の色分けとかそういうレベルじゃないと思う。大体オーバーホールって……まあいいか」
セージはそれ以上考えるのを止めた。
「それより、どうでしたか?」
「エルフ族からすれば【凶悪竜】も【魔王】も敵ではないです」
「魔王っていうのは聞いた事ないな。でも凶悪竜を倒せるのはすごい。元のギルドメンバーでも苦戦する相手だし。あっ」
「魔王というのはですね、勇者様と対になる──って、どうかなさいました?」
「まさか、我々に何か不手際が?」
「いや、大した事じゃないんだけど。ここまで流されすぎて、そういえば綺麗にするの忘れてたなって。2人とも、ちょっとジッとしててくれる?」
「? はい」
「綺麗にする??」
「それじゃ。洗浄魔法【アリエーレ】、浄化魔法【ヴィオーレ】」
呪文を唱えた瞬間。
セージから柔らかな光が放たれ──
2人の衣服からは汚れが落ちる。
髪も身体もピカピカな状態まで磨き上げられた。
「こ、これは……!」
「まさか古代魔法!?」
「そんな大げさな。これは我が家に伝わる単なる生活魔法。効果は──ちょっぴり生活が豊かになる」
「いえ、これは凄いですよ! 頑固な汚れが落ちるどころか……まるで服が新品に!」
「これこそ勇者様の血脈! セージ様は何のジョブをお持ちなのですか!?」
「俺のジョブ? 少なくとも勇者じゃないから諦めて。俺のジョブは【主夫】っていって、攻撃力皆無だから」
「ユニークジョブじゃないですか!」
「ま、まさか……他にも洗浄魔法【キュキュッタ】や消毒魔法【マキロウ】、大魔法【エリエーレ】も習得なさっているのでは!?」
エルフィがセージに尋ねた魔法は既に全て習得している。
【キュキュッタ】……食器が綺麗になる。しつこい油汚れも一発。
【マキロウ】……傷口に付着した目に見えない魔物を滅する。これをせずに【ヒール】をかけてしまうと化膿することがある。
【エリエーレ】……もの凄く柔らかい紙を召喚できる。使い捨てな上に無制限なのでとっても便利。ただし、200枚使用ごとにクールタイムが必要。
セージが所属していたギルドの面々からは、全然別の系統に属する【アリエーレ】と【エリエーレ】の名前が紛らわしいと言われていた。ついでに洗浄魔法が二つあるのも紛らわしいとも。
「だからなんで知ってんの? 伝説がどうこう言ってるけども、気持ち悪いくらい我が家の事情に詳しいな」
「それはもちろんですよ」
「なにせ、生活系統の古代魔法は勇者様がこちらに来て、一番最初に編み出した魔法ですから」
「攻撃魔法なんかよりも先に? 勇者っていうのは随分と所帯じみてるんだな……」
「なにを仰います、王様」
「生活水準の向上は文化人として何よりの課題ですよ」
「そりゃ、いきなり石器しかない世界にでも飛ばされたらそう思うだろうけど」
「勇者様にとってはそれと同様だったのです」
「いわば原始人のはびこる未開の地」
相変わらず2人のエルフは手厳しいセリフを吐く。
「そっか……ところで、もう結構きたと思うんだけど。まだまだ里って遠いの?」
「さすがのタイミングですね、王様」
「ちょうど到着した所です。あちらに見えるのが里の入り口です」
その言葉と同時に、急に森が開けた。
というよりも木が消失した。
そこは結界による幻覚で、隠蔽されていた。
肝心の里、その外観は────
「…………城?」
下手をすれば王都の城よりも大きいかもしれない。
未だ遠目に見えるソレは、それほど巨大な建物だった。
屋根の先端は上に向かうほど尖っているようだ。
そこは城壁に囲まれ、入り口には立派な門が構えられている。
そして、入り口には門番らしきエルフの青年が立っていた。
セージの連れである女性エルフ2人は門番へと話しかける。
これまでの道中とは違い、落ち着きのある雰囲気。
まるでお淑やかな貴人のようだ。
「スーリオン、お勤めご苦労様です」
「さっそくですが、入国の手続きを」
それに対し、恭しい態度を取る門番エルフ。
「これは姫様方。それでは、こちらが例の……?」
「はい、我らが王ー──つまり勇者様の末裔のお方です」
「セージ様と仰います。くれぐれも粗相の無きよう」
エルフ達の中で、すでにセージの話は通っていた。
「姫様方って……2人とも、もしやお偉い身分だったりする? これまで聞かなかったけど、もしや姉妹なの?」
「エルフの王族にあたりはしますが、我が王の家臣です」
「姉妹ではありません。少々、事情はございますが」
「ああ、別に姉妹じゃないんだ。一瞬、そのツーカーな喋り方って双子アピールかと思った」
家臣や事情といったワード。
それを、セージは意図的に無視する。
「………………」
「事情は追々。先に入国いたしましょう」
3人が喋っている間、門番エルフはどこかに消え──
ちょうどこのタイミングで戻ってくる。
「はい、ではセージ様。入国証をお作りするのに姿絵が要りますので、そのままジッとしていて下さい」
「姿絵……? 今から描くってこと?」
「いえ、【写影機】という魔導具を使います。一瞬で済みますので、そんなにお待ちいただかなくて大丈夫ですよ」
そう言うやいなや、門番エルフは魔導具を発動。
パシャリという音がする。
そして、そのまま再びどこかへと消えた。
「セージ様、作成まで申し訳ないですが、お待ち下さい」
「身分証──ギルドで言うところのギルドカードの様なモノです」
「あんな一瞬で姿絵が作れるのか……」
「ええ、ですがお気をつけ下さい」
「中には呪われた【写影機】もあり、そちらを使われると魂を吸い取られます」
「怖っっっ! それ先に言ってくれない!?」
「そこはどうかご安心を」
「我々が王様を害することなど、万に一つもございませんので」
3人でワイワイやっている間に、入国証を作り終えた門番エルフが戻って来た。
「どうぞセージ様。ごちらが入国証でございます」
「ありがとう。へぇ、本当にギルドカードと同じサイズだ。姿絵は凄いな。まるで鏡映しかのような出来映えで──それはともかく」
「はい、なんでしょう」
「まさか、お気に召しませんでしたか?」
「いや、気に入るも気に入らないもないんだけど……。このカードに散見しているネズミみたいな絵は何?」
「それは勇者様が考案なさったものでして」
「エルフ国のマスコットとやららしいです。どうぞお気になさらず」
セージは受け取った入国証をしげしげと眺める。
それは──まるで絵本かお伽噺をモチーフにしたかのような、擬人化された動物で彩られていた。