エルフコンビが(強制的に)仲間になりたそうにこちらを見ている。
「私は【アイナリンド】と申します。【アイナ】とお呼びください」
「【エルフィロス】です。どうぞ【エルフィ】と」
フードを取ったエルフ2人は本当に美人だった。
アイナリンドと名乗った女性は腰まである金髪。
目はパッチリとしている。
だが、その目付きはキツいわけでもない。
エルフィロスの方は肩口で切りそろえた銀髪。
タレ目がちな目は眠たげにも見える。
しかし口調はハッキリとしている。
別に睡魔に襲われているわけでもないだろう。
2人とも碧眼なのは、耳と同じくエルフの特徴なのかもしれない。
「そうか、俺はセージ。あっちの方に行けば王都があるから。それまでの食料は──その袋に入ってる分で足りると思う。じゃ、俺は急いでるからこれで」
厄介事の予感を鋭く感じ取ったセージ。
彼は、一刻も早く2人と別れることにした。
こういった嗅覚は旧ギルド時代にいた頃から並外れて高い。
「あっあのっ!」
「お待ちください!」
「……なにか? 旅人は持ちつ持たれつお互い様。感謝の言葉も受け取ったし、恩返しは要らないから。じゃ」
取り付く島のないセージの様子。
それを見て、2人のエルフはお互いに頷き合う。
「「お尋ねします────あなた様が我らの王ですか?」」
「違います。それじゃあお気を付けて」
意味深な問いかけにも、にべもなく返す。
わざわざハモった事へのツッコミすらしない。
その反応を見て2人はセージの足にしがみついた。
「なんですかその反応は!?」
「普通、『俺は一体……?』とか『王ってなんだ……?』とか、色々と疑問の余地があるでしょう!?」
意外にも眠たそうな目のエルフィの方がリアクションは激しい。
「だって思い当たるフシもないし……。それより足から離れてくれません?」
「いいえ! あなた様は我らが王です!」
「認知するまで私たちは離れませんから!」
「急に強引になったな!? ていうか認知って言うな! この状態でそのセリフだと、俺が子どもを認めないクズ男みたいだろ!」
「いーやーでーすー!」
「せめて話だけでもおぉぉぉ!」
場はすっかりカオスと化していた。
◇
「で、2人は預言に従って、わざわざエルフの里から出てきたと。エルフの里って【迷いの大森林】にあったんだ。あ、心配しなくとも俺、口は硬い方だから大丈夫」
「喋っても大丈夫ですよ。里には結界が張ってあって、普通は入ってこれませんから」
「そして預言の内容なんですけど……なんと、我がエルフ族の創造主である【勇者】様の末裔が王都に現れるという事でして。これは是非、我が一族の【王】として迎えに行かねばと」
「いや聞いてない、預言の内容までは聞いてないから。とにかく、さっき俺のことを王だとか確認したのは理解したよ。結論から言うと人違いなんで──もう行っていい?」
「いいえ、先ほどお使いになった【エコバッグ】というスキルは勇者様固有のもの」
「その上、黒髪に黒目、セージという名前。私たちは確信しました」
「さっきから思ってたんだけど、2人とも何というか──会話のコンビネーションすごいね。打ち合わせでもしてんの? しかし……【エコバッグ】に黒髪黒目はまだいいよ。なんで確信の理由に名前も含まれてんの?」
『このエルフ達は普通じゃない』
そう納得したセージ。
彼は、とっくに口調を崩していた。
ちなみに何が普通じゃないかというと、厚かましさのことだ。
「私たちの予想が間違ってなければですが」
「セージ様、あなた様のお名前、共通語とは別の書き方があるのでは」
「…………よく知ってるな。我が家独特の伝統なのかね。子どもが産まれて名前を付けるとき、同じ読みで2種類の文字を授ける事になってる。ちなみに、おれの場合はこう」
木の棒で【聖司】と地面に書きながらセージは説明する。
「やはり。その文字は勇者様の一族に伝わる【漢字】と呼ばれるもの」
「使いこなせるのは古き時代に召喚されたという、伝説の勇者様しかおりません」
「いやいや、世界は広いし。確かに珍しいかもしれないけど、さすがに他にもいるでしょ」
「それが、エルフ族はずっと昔から勇者様の血族を探していたのですが……」
「同族の長い歴史の中でも、なぜか一度もお目にかかったことがないのです」
「さっきの預言だと突然現れたみたいな表現だったけど、俺、その人みたく召喚されたわけじゃないよ。村で代々、普通に暮らしてきた家系だし。その条件だとウチの親も当てはまるんじゃない?」
「それは私たちにも分かりません」
「エルフの里に、勇者様の古文書が残ってます。それを解読できれば事情が分かるかもしれません」
「解読って──読めないってこと?」
「はい、言い伝えによりますと」
「それは勇者様の血族のみ解読できるとのこと」
「ふーん。そりゃまた難儀な話で」
「あの、なんでそんなに他人事みたいなんですか?」
「ここは『よし、俺がエルフの里に行って古文書を読み解こう!』となる流れでは?」
「いや、【迷いの大森林】って禁足地指定されてるから入っちゃいけないし。なにより帰りたいし」
「そんなこと仰らずに!!」
「禁足地指定なのはエルフと人間が過去に約定を結んだからです! 我々の招きがあれば入れますから!」
「招かなくていいから。大体、あそこ強い魔物も出るっていうし物理的に無理」
「魔物は私たちがなんとかします!」
「なんなら報酬として私たちの身体を好きにして構いません!」
「油断した頃合いに人を外道扱いするの止めてくれる? 認知だとか身体が報酬だとか。正直、帰って身の振り方──これからの生活を考えないといけないから、エルフコンビなんかに構ってるヒマなんて無いんだってば」
「身の振り方に生活、ですか?」
「そういえばお一人で旅をなさっているようですけど……何かあったのですか?」
「えー……これ事情を話さないと離してくれない流れ? せっかく人助けしたのにこんな仕打ちってある?」
不承不承ではある。
もう、セージは仕方なく事情を話すことにした。
どうせ行きずりの人だ。
恥も外聞も関係ない。
それより一刻も早く解放してほしい。
そんな思いで。
経緯を聞いたエルフ2人は──
「なっ!? ゴミ風情がセージ様を振った!?」
「アイナ、これは『セイヤ様伝説』の一端として口伝で残っている──【告白ざまぁ】なのでは!?」
見知らぬ人をゴミ扱いし、勝手に勇者の伝説を語りだす。
「ゴミってアンタ。それに【告白ざまぁ】って初めて聞いたけど、ロクな内容じゃなさそうだな……。まあいいや。身の上話も聞いたし、もう満足でしょ? そろそろ行っていい? 足止めをくらい続けてるこの状態の方が、振られるより迷惑なんだけど」
「いいえ、セージ様! ここはその身の程知らずなゴミ女に復讐するべきです!」
「振った者が【ざまぁ】されるのは世の真理!」
異性を振っただけで【ざまぁ】をされてしまう。
理不尽かつ世知辛すぎる世の中だ。
そうなると、どれだけの【ざまぁ対象】が存在してしまうのか。
「あ、全然聞いてないね。復讐なんて何も生まない……とまでは言わないけど。一ガルドにもならないから俺は嫌だってば。そもそも恨んではないし」
ガルドとはこの世界での通貨である。
「王様、提案があります」
「我々と共にエルフの里に来て下さい。そして古文書を解読していただければ──報酬をお出ししましょう」
「報酬って身体がどうとかでしょ? あと王様って言うな」
「いえ、ちゃんとした報酬です。まさにWin-Winな内容の」
「金銭でお支払いします。差し当たっては前金として……50万ガルドでいかがでしょう?」
変な提案が来ると思ったら、まさかの金額提示だった。稼ぎ口を探す予定だったセージは、面倒臭いと思いながらもその高額報酬に心が揺れる。前金だけでもしばらく生活には困らない額だった。
「う、うーん……」
「あっ! これは押せばいけそうですよ、エルフィ!」
「ですね! あわよくば『告白ざまぁ』伝説の再現を……!」
「その報酬って、古文書が解読できなかったら前金は没収?」
「いえいえとんでもない! 前金は前金。解読できなかろうが途中で破棄しようが、請けた時点で王様の物です!」
「こう見えて私たちは戦闘力が高いので、道中の苦労もさせません!」
満面の笑みで2人のエルフは語る。
「…………行き倒れてたクセに? まあ……だったら請けようかなあ。サクッと古文書を解読して早々に引き上げるか。あ、そうだ。王様呼びで気になってたんだけど、俺って君たちにとってどいう存在なの?」
「セージ様は勇者の血筋を継ぐお方────つまりはエルフ族の君主!」
「よって! 我々は等しく、あなた様の家臣になります!」
その発言を聞いて、セージは頭をかかえた。
そして、人生で初めてご先祖様を恨んだ。