エルフ、道中は無双アフター・更新の季節
「我が王よ、そろそろ時期です」
「ええ、じきに満期を迎えようとしています」
エルフは唐突に切り出した。
これで三回目である。
相も変わらず主語が無い。
「満期? 時期もなにも、キサラギさんのお陰で作物はすでに満期。収穫期がエラいことになってるからなあ。でもそうだな、今日も収穫と手入れ──頑張るか!」
ウキウキしながら準備を始めようとするセージ。
いつの時代も、収穫時というのは心躍るものだ。
セージの農地はキサラギの手により、今や大豊作時代を迎えていた。
「ですから畑のことではありません!!」
「アイナ、以前にも言ったではないですか。王にとっては──【世間など畑に等しい】のだと」
「ふぅ、わかったわかった。話、ちゃんと聞くから。で、今回は何したいっての? もう先に言っておくけど、権力と領地の強奪はせんよ?」
「いえ、そういった話ではなく。以前申し上げたエルフと人間の不可侵条約」
「その条約更新の時期が迫っているのです。よって、我々が王都へ行かなければ条約が自動撤廃に」
「……は? 人類国家の一大事じゃないか!! え、それって俺も行かなきゃなんないの? ぼちぼち畑仕事なんかのスローライフに落ち着きたいんだけど……」
「王よ。そろそろエルフの君主たる自覚をお持ちください」
「今や、セージ様がいらっしゃらなければ国単位の約束など始まらないのです」
「えー……。でもさ、今までは俺抜きで条約締結してたじゃん?」
「これまでは長老が仕方なしに王の名代をしていたのです」
「名実ともに王を迎えた今、セージ様の御裁可を仰がねば、元老院から苦情が出ます」
「あのさ、長老の時もそうだったけど。【元老院】とかいう重要そうなワード、小出しにするのやめない? またしてもそれ、初耳だよ? あ、そうだ。ここは王らしく『よきにはからえ』っていうのはどう? そうすれば俺、このまま家でスローライフできるし」
「それは──王の意向であれば無論、かまいません」
「間違いなく曲解した元老院が、王のために人間の街へと制圧に乗り出すことになりますが……」
「ああもう分かったよ! 行くよ!! 行けばいいんだろ!? お前ら、事あるごとに主君を脅すなよ!!!!」
こうしてセージは再び王都ヴェルフラードの地を踏むことになる。
もちろん渋々である。
「王よ、では前回のようにリラックス効果のあるエルフハーブと」
「道中を快適にお過ごしいただくための神輿を──」
「いらんわ!!!!」
◇
そして場所は王都ヴェルフラード。
神輿はセージが一蹴したので、三人は徒歩できていた。
サスケは相変わらずお留守番。
「なあ、二人とも。ちょっと気になることがあったんだけど」
「気になることですか?」
「今回は特に何事もなく王都に着いたと思いますが……」
「途中で何回か、魔物が出ただろ? 二人が倒したやつね」
「はあ」
「もしや、何か不手際でも?」
「いや、そういうのじゃないんだけど……なんていうんだろう。【メガアメーバ】とか【ホブゴブリン】とかさ。なぜか喋る魔物、いたじゃん?」
「いましたね」
「魔物のクセに我らが王に直言するとは。万死でも物足りませんよね」
「違うから、別に魔物の非礼を咎めたいわけじゃないから。そうじゃなく、ソイツらの主張が妙に気になってて……。ほら、『自分は前世で人間だったんだ! 魔物に転生しちゃっただけなんだよ!』とか。【トラック】だとか【過労死】とか、そこは意味がわからんかったけども」
基本、この世界に前世や転生という概念は存在しない。
その理由は今は語らないが、生前行った行為により、その後は天国か地獄の二択とされている。
セージも未だに、おぼろげにしかその意味は掴めていなかった。
「いつの世も、魔物なんて意味不明なものかと」
「本能のみで生きている、所詮は狩られる存在ですので」
「だよな、今まではそうだったんだけどなあ……。聖剣マサユキのこともあるし、あの【メガアメーバ】や【ホブゴブリン】なんかも、実は元人間だったのかなって。我ながら荒唐無稽な話だとは思うが……。だとしたら、もうちょっと対話しても良かったんじゃないかと」
「なるほど。それで感傷的になっておいでなのですね」
「ですが王よ。仮にそうだとしても、倒すしかないのでは?」
「というと?」
「いえ。元がなんであれ、現在は魔物ですし」
「逆に理性があるぶん厄介と申しますか。仮に魔物を統率して一国でも興されたら面倒な事になりますよ? もしスタンピードでも発生させられようものなら──エルフではなく魔物に人類国家が滅ぼされるかもしれません」
「むぅ、そう言われてみると…………。それもそうだな! 仮に『人類と共存できる』なんて言ってきたとしても、要らんリスクを取る必要はないって話だわ! 二人とも、余計なことで足を止めて悪かった。さ、国王様のところへ謁見しに参ろうか」
「悪いだなんて、そんな」
「王から意見を求められるだけで我ら、感無量です」
三人はスッキリした爽やかな気分で登城するのだった。
◇
「勇者様! それにアイナリンド様にエルフィロス様も! ようこそおいでくださいました!」
「国王様、ご無沙汰──でもないですね。まさか、こんな短期間に王城に来ることになるとは……」
「なんの、いつでもいらしてください。勇者様でしたらフリーパスで、いつでも歓迎いたします」
「いえ、俺のことはお構いなく。エルフが暴走しないためのお目付け役みたいなものですので……」
「相変わらず、謙虚でいらっしゃる」
「ヴァンデリア王よ」
「セージ様に対するその態度、まことに天晴れ」
「恐縮です。この後は宴を催す用意をしておりまして。存分に楽しんでいただく予定なのですが……その前に、そのう……」
「ああ、不可侵条約の締結ですね? ご安心ください。俺の目が黒いうちは最善を尽くすことを約束します。……完全に制御しきる自信はないですけど」
「あ、ありがとうございます! これで国家運営の心労が三分の二は減ります! 最後、少し不穏な呟きが聞こえた気もいたしましたが」
「さ、三分の二!? エルフってどれだけ人類の負担になってるんだよ……。あ、しまった。アイナにエルフィ、勝手に条約締結の約束をしちゃう形になっちゃったけど、大丈夫?」
「御心のままに」
「我が王の御随意になさってください。署名もセージ様のサインで大丈夫です」
「らしいです。エルフの気が変わらない内に、ササっと締結しちゃいましょう」
「うっうっ、勇者様、本当にありがとうございます」
「そんな、なにも泣かなくとも……」
心の底から国王に同情するセージだった。
そして条約はシンプルに、かつ速やかに締結される。
それから場はすぐに宴へと突入。
その宴は立食形式。
先ほどの緊張感はすでに消え、各々がパーティを楽しんでいる。
「まったく、勇者様の出現が、国王人生において一番の幸運ですよ」
「ははは、国王様もそんな冗談をおっしゃるんですねえ」
アルコールも解禁され、ほろ酔い状態のセージとヴァンデリア王。
理性が飛ぶほど飲んでいるわけでもなく、和やかに話している。
二人はすでにマブダチのようになっていた。
「ん? エルフの二人は飲まないの?」
「はい、公の場では遠慮します」
「万が一トラブルがあった場合、対処せねばなりませんので」
「そっかぁ。そういうところ生真面目だよな。それじゃあ帰ったら俺が醸したやつ、飲ませてやるからな?」
国によっては個人の酒造は密造酒となるので、注意しなくてはならない。
ヴァンデリア王国では条件付きで個人の酒造は許されていた。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ! なんという幸甚!」
「あ、グラス空になっちゃった。国王様も空けちゃいましたね」
「!!」
「私たち、取って参ります!!」
ここぞとばかりに張り切るエルフ二人。
と、そこで──
「国王陛下、ご覧ください! ……あれ? パーティ中でしたか。これは失礼しました、私は出直して──」
フード付きの服装の、場違いな女性が国王へと話しかけていた。
「おや、その手にあるのは──ワインですね? ちょうどいいところに。いただきますね」
「アイナ、空きグラスならすでに確保しています。我らが王にお酌をしましょう」
エルフならではの早業。
アイナは持ち主への断りもそこそこに、女性の手から瓶を取る。
そしてそれを二つ分のグラスに注ぎ。
サッと毒見まで済ませてしまい。
そのまま流れるようにセージの手へと渡す。
が、グラス二つはさすがに手に余る。
そのうち一つはヴァンデリア王の手へと渡ったのだった。
「………………?? えっ!? それは! ちょっ!?」
まさか瓶を取られるとは思っていなかった女性。
困惑の末、遅まきながら、ようやく制止の声を上げたが。
すでにその時、グラスを受け取ったセージとヴァンデリア王は一口、二口と液体を口にしていた────
※この物語は実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
実在しない人物・団体等とも関係ありません。





