そうだ、故郷に帰ろう。
「ごめんなさいセージさん。私……強い人が好きなの」
「………………」
とある男が女へと告白していた。
それは、そこそこ難易度のクエストを達成し、報告。
そして一時的に組んだ野良パーティと解散した後のこと。
このクエスト達成で彼──【セージ】は、ある程度の貯金がたまった。
それを理由に、意気揚々とギルドの受付嬢・【フィーナ】へと告白をする。
返答は以上の通り。
シンプルかつ無情な返事。
冒険者など、切った張ったの世界である。
そこに身をひたす者としては真っ当な答えなのかもしれない。
半ば予想していた。
とはいえ、いざ目の当たりにするとやはりガッカリはする。
だが……心のどこかでは納得していた。
「そっか……聞いてくれてありがとう」
「その、セージさん。言いづらいんだけど……貴方、サポート担当で前線ってわけじゃないんだし、もっと安全な職を選んだらどうかしら? 嫌がらせで言うわけじゃなくって、受け付けの立場としては、どうしても心配が先立っちゃって……」
フィーナはモゴモゴと言いづらそうに喋る。
面と向かっては中々言いにくい内容なのだろう。
「まぁ……そうだな。よし、街で何か仕事を探すか、いっそ田舎にでも帰って農業でも継ぐかなぁ」
「えっ! そんな、故郷に帰るまでしなくても!」
「いやー……戦闘力がないのは事実だし。とにかく自分に何が出来るか改めて考えてみるよ。あ、ギルドカードって返却しなきゃいけない?」
「罰則規定に反したわけでもないし、それは持っていて構わないけど……」
「ん。それじゃあちょっと、自分探しってヤツを始めてみようかな!」
「あっ待っ──」
それだけ口にして彼はギルドから出た。
最後に引き留めるような声が聞こえる。
が、もう気のせいにした。
さすがに【ギルドに残留して】だなんて都合の良い話はないだろう。
『しかし、街での仕事……うーん。やっぱりいっそ、故郷に帰って人生やり直すか! けっこうシリアスな感じを醸しちゃったしな。見物してた連中に軽い足取りで行くのを見られても気まずいし、蔑んだ目で見られるのも嫌だわ』
歩きながら、色々と考える。
彼は、転職に限っては特に気にしていなかった。
当初の会話通りだ。
冒険では自分がサポートに徹している。
それくらいは自覚していた。
むしろ妥当とすら思っているくらいである。
『剣呑な環境は勘弁。少しでもうまい空気を吸いたい』
待遇よりは快適な人間関係をとる。
それが彼のポリシーだった。
人間、別に名誉などなくとも生きていける。
わりと何とかなるものである。
今でこそ表情のみ、深刻そうな演出はしていた。
だが、これが日が変わるころ……。
明日には鼻歌交じりになっているかもしれない。
これでもギルドに所属時には、ちゃんと仕事をこなしている。
それなりの苦労はしてきたのだが、なんとも楽観的な性格。
その日、セージは今まで使っていた宿屋に宿泊をする。
そして、故郷へは朝一番に出発することにした。
◇
時間帯のせいだろうか。
王都の入り口を担当している門番もやる気がなさげだ。
形式とはいえ身分証の提示は行う。
それも簡易的で、挨拶もそこそこに王都の外へと抜ける。
『魔物の少ない真東の街道を使って行くか』
ギルドに所属していた頃は雑務もこなしている。
その一端として地理や地図の確認も担当していた。
目的地までの順路決定も実に慣れたものだ。
王都から故郷の村へは遠くない。
街道の北には【迷いの大森林】と呼ばれる禁足地がある。
だが、そこに入りさえしなければ強い魔物も出ることはない。
ノンビリ歩いても五日とかからない。
出発当日の日中──
「元っ気っなだけでっ、幸せさ~」
本当に鼻歌を交えてセージは街道を歩いていた。
当然、宿に比べれば野営は快適とは言い難い。
だが食料も十分以上にある。
これまでは天候にも恵まれている。
おかげで道中、お天道様に悪態をつくこともなかった。
そろそろ昼食にでもするかと思ったとき。
道の先──目視できる場所。
そこに、人が倒れていた。
『行き倒れ? 魔物は考えづらいし……強盗にでも遭ったのかね』
生きているならそれで良し。
亡くなっているのなら弔ってやろう。
そんな気持ちで近づいて行く。
『女性が2人……?』
薄汚れた外套を着ていて分かりづらい。
だが、近くで見たところ女性の二人連れのようだ。
果たして生きているのか死んでいるのか。
とりあえず声をかけてみる。
「あのー生きてますかー?」
「う、うぅ……」
「…………」
一人は問いかけに対し、反応が返ってくる。
もう一人は呻き声ですらない小声。
そのせいで、よく声が聞き取れない。
しかし、どうやらまだ生きているらしい。
『そうだ、怪我と健康状態の確認をしとくか。衰弱っぷりを見るに、行き倒れを装った野盗でもなさそうだし』
「よっこらしょーいち」
なんとも気の抜けるような、意味の分からない掛け声。
それとともに、うつ伏せになっている女性をひっくり返す。
その拍子に、頭を覆っていたフードがパサリと落ちた。
「うおっ!? すげー美人だな! ……って、この耳。エルフか?」
どういう旅をしてきたのか、多少、煤けてはいる。
なのだが、それを差し引いてもとんでもない美形。
その耳はエルフと呼ばれる種族固有の特徴──要するに尖っていた。
エルフ自体は滅多に見ないが、初めて見るワケでもない。
とりあえずセージは行き倒れエルフ2人を助けることにした。
そして。
「このご恩! 決して忘れません!」
「あなた様は私たちの命の恩人です!」
「とんだ災難にでも遭ったのかと思ったら腹ペコだっただけかよ……。いやまあ、空腹も十分に脅威だけども。なんにせよ生きてて良かったな」
「なんとお優しいお言葉……」
「あの、かなりの量の食料をいただいてしまったのですが、あなた様の分は大丈夫なのでしょうか……?」
「そんな大げさな。ああ、俺の食料? 実は俺、【エコバッグ】っていうスキル持ってて、こう見えてかなりの荷物持ちなんだよ。まあ、他の冒険者が使ってる【マジックボックス】と性能は一緒なんだけど。なぜか名前が違うんだよな。これがオンリーワンの能力だったら荷物持ちやってたかもなー」
その言葉を聞いた瞬間。
エルフその1(暫定)は驚愕の表情で目を見開いた。
エルフその2(暫定)はスプーンを地面に落とした。
「えっなにその反応」
「まさか……!」
「あなた様は……!」
『あっ──コレ面倒臭い案件かも』
長年の経験から、嫌な予感をヒシヒシと感じるセージだった。