絶望に垂らされる魔女の鎖
何でこんなに書いてんのやろ。
本編書けよ、って声が聞こえる気がする。
気のせいやな!
全身で自由落下の風を受け止めながら、美影は片腕を掲げる。
「来なさい!」
無数の砲撃や爆撃に怯む事なく、進撃を続けていた指定怪獣カタリナは、ピタリと足を止めて、空を見上げた。
敵がやってきた、と、直感したのだ。
その感覚は正しく、今まさに眼前へと落ちてこようとしている美影の小さな影を捉えた。
ガパリ、と、口が開けられる。
乱杭歯の並ぶ口腔の奥、喉の底から光が迸った。
それは、喉から口にかけてを砲塔として駆け上がり、美影に向かって放たれる。
極太のエネルギー光線に消える美影。
だが、これまで生き残り続けてきた怪獣の感覚は、まだ敵がいると主張していた。
それを証明するように、怪獣を掠めるように高速で飛翔する影を、目の端で捉えられた。
『君はいつも無茶をするな』
「うるさいですわね。
それよりも……大物ですわよ」
美影を背に乗せて空を駆けるそれは、ドラゴンだった。
純白の美しい飛竜。
全長は十メートル弱だろう。
頑強な角と鋭い竜眼は、黄金の色をしており、長い尾の先端は三股に別れて硬質化していてまるで槍の穂先のようだ。
逞しい筋肉が見て取れて、内包する力が見掛け倒しの物ではないと示していた。
全身に紫電を纏った彼は、美影、ライトニング・キャリバーの従獣である。
名は、セツナ。
本来は、魔法少女の補助を行う程度の能力しかない従獣であるが、ライトニング・キャリバーのそれは見ての通りに巨大で強大なものとなっており、彼女が世界有数の戦力として名を馳せている理由である。
『ああ、そのようだね』
セツナは、眼下でこちらを睨んでいる怪獣を見て、相棒の言葉に頷いた。
怪獣から放たれる威圧感が、従来の連中とは桁違いだ。
竜の身でありながら、尻尾を巻いて逃げ出したい程である。
だが、彼はそうしない。
主であり相棒である美影が、震えながらも立ち向かう意思を示しているのだ。
ならば、自分はそれに何処までも付き合うだけである。
そうして、意識を研ぎ澄ませる。
すると、奇妙な気配に気付いた。
誰か、いや、何かがこちらを見ている。
目の前の怪獣が問題にならない程、超常の何か。
とても不気味で、有り得てはいけないような、そんな印象を抱かせる視線だ。
思わず、セツナは首を回して、視線の源を探す。
「セツナ?」
戦闘中に、不審な気配を感じるとは、前々から言っていた。
それでも、彼は目の前の戦闘に集中していた。
故に、このような行動をしたセツナに、美影は訝し気に声をかけた。
そして、彼の余所見に反応したのは、彼女だけではなかった。
死闘において、コンマ一秒の隙が命取りとなる事は、よくある事だ。
そんな中での、彼の余所見という行動。
それは、怪獣カタリナの精神を大きく逆撫でした。
巨体とは思えない勢いで瞬発した怪獣は、そのアギトにセツナを捉える。
セツナも大きいが、怪獣はもっと大きい。
一口で噛み砕き、飲み込んでしまえる程にサイズ差がある。
「セツナっ……!」
悲鳴のような相棒の呼び掛けに、我に帰った彼は、ようやく閉じられようとしている顎の存在に気付いた。
そうと気付いた彼は、加速しながら身をよじる。
バレルロールするような機動で、なんとか危険域から脱出する。
直後に、怪獣の顎が閉じられ、牙の隙間から雷光が弾けた。
美影が置き土産に雷撃魔法の塊を置いていたのだ。
それを噛み潰し、弾けたのだろう。
すぐ近くであるが故に、肉が焼け焦げた匂いが漂ってくる。
ダメージは入った……筈だ。
だが、カタリナには痛痒を感じている様子はない。
その厳しい現実に唾を飲み下しながら、美影はセツナに注意する。
「しっかりして下さいな」
『ああ、すまない』
連続で迫ってくる牙を逃げ躱しながら、少しの時間を縫って問いかける。
「……いつもの視線ですの?」
『いや、そっちではない。
そちらも感じられるが、もっと不気味で恐ろしい気配がある』
「……嫌になる話ですわ。
でも、今は集中して下さいまし」
『ああ、分かっている。
行くぞ……!』
それを合図に、彼女たちは反撃に転じる。
美影の周囲に無数の魔方陣が浮かび上がった。同時起動させた砲撃魔法だ。
通常の魔法少女の場合、戦闘中の並列起動は、2~3個が限界である。
なにせ、立ち止まっている訳にはいかない。常に動き続け、戦場を把握しながらでは、訓練してもその辺りがどうしても限界となってしまうのだ。
だが、美影は、足を完全にセツナの翼に任せてしまう事で、その制限を突破していた。
同時展開した魔方陣の数は、全部で12。
その全てが輝き、魔力砲撃を怪獣に叩き込む。
それにより怪獣カタリナの身体が損傷し、血肉が飛び散る。
中々、派手に傷付いているが、やはり痛みを感じていないように動き続けるカタリナ。
「やはり、情報通りのようですわね!」
怪獣カタリナは、集合生命体だという話だ。
あの巨体は、無数の小さな生物が集まって形成しているらしい。
一応、核らしき物は確認されており、それを潰せば統率を失って崩壊する、と予測されているが、潰せた事がないので実際のところは分からない。
確実な処分方法は、圧倒的火力で群体の全てを焼き尽くしてしまう事である。
しかし、それだけの火力は美影には出せない。
だから、物は試しに核を貫く事に集中する。
彼女は、マスケット銃を構える。
その銃口に、16の魔方陣が重なり、砲身を更に伸ばした。
「ライトニングスマッシャー!」
魔法名を叫べば、魔力が集中して銃身が雷光を帯びる。
「シュート……!」
狙いを定めて、引き金を引く。
込められた魔力が、雷光となって銃身を駆け抜ける。
飛び出した雷は、重ねられた魔方陣の砲塔によって、更に威力と速度を倍加され、遂に発射された。
極大の稲光が、世界を白く染め上げる。
太い雷撃は、狙い違わず、先程、抉っていた傷口の一つに着弾。
その勢いを何ら落とす事なく、巨大な怪獣の身体を貫いた。
身体の中心に大穴が開いた怪獣は、堪らず雄叫びを上げた。
それは、痛みの悲鳴というより、怒りの咆哮だった。
「手応え無しですわ!
データ通りの場所に核がありませんわね!」
『位置を変えたか、もしくは体内を流動させているのだろう。
当てるのは至難だな』
咆哮の隙を突いて、セツナもブレスを放つ。
貫通性を上げた収束砲は、同じように怪獣を貫くが、やはりあまり効果的ではないらしい。
怪獣の全身が蠢く。
傷口の肉が盛り上がり、変形、新しい口となって再構成された。
その奥に、光が見えた。
「ッ!?」
『ッ、掴まっていろ!』
危険を察知したセツナが急旋回する。
その行動は正しかった。
傷口の全てが口となって、無数の光線が放たれていた。
あと一瞬でも回避行動が遅ければ、蜂の巣にされていただろう。
「くっ……!
舐めるんじゃありませんわ!」
美影は、セツナの背にしがみつきながら、魔法を起動させて反撃を行う。
不安定な姿勢からの攻撃は、半分ほどは外れ、残りの内のまた半分は怪獣の光線に迎撃されてしまう。
しかし、残った幾本かは怪獣に命中し、傷を付ける。
だが、その穴は即座に修復される。
のみならず、新たな口となって、更に攻撃の密度が上がった。
『なんという奴だ!』
「これではキリがありませんわ!」
一発でも当たれば、速度が落ち、次なる攻撃を躱せなくなるだろう。
あとは滅多打ちにされてゲームオーバーである。
一瞬たりとも気が抜けない空中機動をしながら、セツナは叫ぶ。
『奴のエネルギーの流れを観察するんだ!』
「なんですの!?」
『核があるならば、エネルギーの流れにも出る筈だ!
集中している部分を撃ち抜ければ……!』
「良い考えですわね!」
ダミーである可能性や、そもそもそんな分かりやすい弱点の看破方法がない可能性は、彼女たちは考えない。
それに賭ける以外に、状況を打開する術はないのだ。
美影は、急旋回する視界の中で、必死に目を凝らして怪獣の観察を行う。
何処か、不自然に集まっている箇所がないか、儚い希望を抱きながら探す。
そして、見付けた。
右後ろ足の根本に、光線を吐き出す訳でもないのに、エネルギーが集中している場所を見付ける。
他に、候補はない。
「全力、行きますわよ!」
『可能な限り近付くぞ!』
少しでも狙いやすいように、セツナは意を汲んで無茶な軌道で飛翔する。
翼や尾に光線がかするが、なんとか姿勢を崩さないままに弾幕を切り抜け、怪獣に肉薄する。
「喰らいなさいなッ……!」
美影は、その一瞬に、用意していた魔法を放つ。
あまりにも僅かな隙であり、悠長に留まっている訳にもいかない。
それ故に、放たれた砲撃は、ほんの少しだけ、ズレた。
「なんのッ、これしきッ……!」
それを見て、彼女は砲撃を放ちながら強引に腕を動かす。
筋肉が切れてしまうような、生々しい音が両腕から聞こえたが、構っている時ではない。
強引に動かされた砲撃は、光の大剣となって怪獣を凪ぎ払う。
大剣は、見事に怪獣の右後ろ足の根本を両断し、切り落とした。
「やりましたわ……!」
美影が喝采を上げる。
だが、セツナは否と叫んだ。
『いや! 違う!』
「え!?」
両断した傷口にあったのは、不自然に絡まりあった血管の塊のような、何か。
事前情報にあった核とは、似ても似つかない代物だった。
囮、という言葉が脳裏を過った瞬間、凄まじい衝撃と共に視界が上下に揺れた。
攻撃を受けたのだ。
キリモミして吹き飛びながら、何処から、と視線を向ければ、真下に切り落とした怪獣の足があった。
本体から離れても活動が可能なのかと、初めて知る。
だが、もはや遅い。
動きの止まった彼女たちに向けて、全ての口から光線が放たれる。
『美影……!』
セツナが、主を死なせまいと翼で包み込んで内側に隠す。
「セツナッ!?」
美影が悲鳴のような声で彼の名を呼んだ直後、先程とは比べ物にならない衝撃と熱量が殺到した。
『ぐっ、うぅ……!』
「きゃ、きゃあああああああ……!?」
光線に押され、やがて大地に叩き付けられ、止まる。
美影が翼の中から這い出せば、遠くに怪獣の姿が見える。
彼との間には一直線に破壊された悲惨な光景が広がっていた。
怪獣がにたりと、得意気に笑った気がした。
美影の頭に熱い怒りが沸き上がる。
「まだ……。まだですわ!」
彼女は怒りに突き動かされるように武器を取り、痛む身体に鞭打って立ち上がる。
「セツナ! 行きますわよ!」
相棒に呼び掛ける。
しかし、返答はなかった。
動く気配も。
「セツナ?」
ようやく、彼女は背後の相棒の姿を目に映した。
半身が、消えていた。
美しかった純白の鱗は消し飛び、その下にある肉も大きく削られている。
背中から内臓と血が溢れ出し、赤い水溜まりを作っている。
ぐったりとした全身には力が入っておらず、目からは光が消えていた。
「あ、ああ……」
相棒の惨状に気付いた美影は、銃を取り落としながら、覚束ない足取りで彼の身にすがりついた。
「い、いや、嫌ですわ……。
セツナ、死なないでくださいまし、セツナ……。
私を一人にしないで!
目を開けて! 答えてくださいまし!」
彼女の呼び掛けに、彼は答えない。
もう死んでいる。
心臓は鼓動を止め、命の火は消えていた。
涙を流してすがりつく彼女に、影が差した。
獲物が抵抗を諦めたと見て取った怪獣が、ゆっくりと近付いていたのだ。
がぱり、と大きく顎が開かれる。
乱杭歯の並んだ口が降ってくる。
それに気付いても、美影は反応できない。
ずっと一緒に戦ってきた友の死に、彼女の心は折れていた。
込み上げた恐怖と喪失感に、美影は死を受け入れようとしていた。
だが。
「あー、ごめんなさいね。
その子、友達なんですよ」
無属性魔法《縛鎖》。
漆黒の魔女が、割り込み、巨大な怪獣の全身を光の鎖で縛り上げてしまった。
鍔の広い黒いとんがり帽子に、黒いマント、そしてピンク色の髪を靡かせた彼女は、肩越しに美影へと振り返り、笑みを見せる。
「ご無事ですか? 美影さん」