やる事がない(非情な現実)
という訳で、付近で最も高いビルの屋上に来ております。
だって、私、制服姿ですよ?
そこら辺を歩いていては補導されてしまうではありませんか。
なので、これは仕方ないのです。
ビルに出入りしている方々には秘密です。
こっそりと入りました。
私なら余裕です。
魔術を使うまでもありません。
「…………?」
と、そこで私ははたと気付いて周囲を見回します。
魔力がありませんね。
いえ、あるにはあるのですが、随分と希薄です。
私の認識では、このレベルだとないものと判断します。
携帯端末を取り出します。
中々、レトロ感漂う一品です。
機械式デイスプレイなんて、実物は初めて見ましたよ?
調べていくと、かなり歴史が変わっているようです。
こちらでも三次大戦は起きたようですが、早期に終結し、終末戦争には程遠かったようです。
必要は発明の母と言います。
おかげで、私の知っている技術が生まれなかったりしているようですね。
魔術というか、魔法はあるようです。
あるようなのですが……魔法少女とは何なのでしょうか?
怪獣?
何それ、美味しいのですか?
あっ、血肉には毒素があるのですね。
でも、私なら食べられると思います。
自分で言うのも何なのですが、私、悪食ですから。
さてさて、ここまで考えたところで一つの仮説を立てました。
何らかの理由で、世界が再構築されてしまった。
そして、私は何かの偶然で旧世界の記憶と人格を取り戻してしまった。
というものです。
有り得ない?
いえいえ、世界とは何でも起こりますので。
古い漫画の台詞ではありませんが、有り得ないという事こそが有り得ないのです。
ただ、その可能性は低いでしょう。
何故ならば、化け猫の気配もカミナリ様の気配も、何処にも感じられません。
彼女たちは世界の枠組みから外れた存在ですので、世界が再構築されようとも影響を受ける訳がありません。
ならば、ここは私の世界ではないという事なのでしょう。
そうして行き着く結論は、ここが似て非なる世界、パラレルワールドというものだという結論です。
「……まぁ、そういう事もあります」
あるものあるのだし、来ちゃったものは来ちゃったのだから、諦めの精神で受け入れましょう。
誰かの差し金だったのなら、その者は殴り倒します。
切り刻みます。
跡形もなく燃やし尽くしてやります。
最有力候補は化け猫かカミナリ様ですが、彼女たちがするにはいささか派手さが足りないので、多分別の方でしょう。
困ったものです。
では、次なる疑問です。
ここがパラレルワールドなのだとして、こちらでのオリジナルの私はどうなってしまったのか、という問題です。
考えられる可能性としては、二択。
憑依か入れ替わりか、です。
「むっ、むむむっ……」
意識を内側に向けて、隅々まで検索します。
ですが、私の中に私以外の存在は確認できませんでした。
たとえ、砕け散って私に溶けたのだとしても、その分の変化はある筈なのです。
それがなかったという事は、憑依ではないと結論付けられます。
「ならば、入れ替わりですか……。
大丈夫、ですかね?
初撃を凌げれば、おそらく大丈夫だと思うのですが」
おそらく、いつも通りに美影さんが二日酔いの八つ当たりに、私を八つ裂きにしに来ると思うのです。
向こうも私が粉々にされても平気だと分かっているので、きちんとダメージが入らないように八つ裂きにするのですが、きっと普通人であったっぽいこちらの私では無理ですよね。
流石に八つ裂きだと即死だと思われます。
真っ二つくらいなら、場所によっては大丈夫だと思いますが。
「美影さんが、直前で気付いてとっさに寸止めにしてくれる事を祈っておきましょう」
でないと、死ぬ未来しか見えません。
頑張れ、こちらの私。
生き残れたらちゃんと保護して貰える筈です。
一児の母となったお姉様は、母性駄々洩れで大変に優しいですから。
美影さんも、なんだかんだで面倒見が良いですし。
何はともあれ、おおよその所は把握しました。
何がなんだか分かりませんが、パラレルワールドに転移してしまった。
以上。結論です。
魔法少女と怪獣はあまり分かりませんが、まぁそれは機会があれば観察してみる事にしましょう。
魔術が通用する相手ならば、倒せない事はないと思しますし。
尤も、ノエリアや美影さんクラスだと考えるのも馬鹿馬鹿しいので、そうでない事を祈るのみですが。
「ふぅー……」
深く息を吐き出して、青い空を見上げます。
青い空と白い雲。
もう見る事はできなくなってしまった地球の空です。
火星の空とは、やはり微妙に色合いが異なり、懐かしさが胸中に溢れます。
地球、爆発四散してしまいましたからねー。
跡形もありませんし。
再建しようという意見は出ているらしいのですが、今のところは意見止まりで計画すら思案されておりませんし。
まぁ、当然ですね。
星一個の再生など、精霊の皆さんの協力があっても大変な事業です。
刹那さんがいれば現実的な計画も立てられるのですが、いない今では流石に、無茶を言うな、という言葉しか出てきません。
無念なり。
「……どうしましょうか」
何も、する事がありません。
困った事に。
これならば、娯楽小説にあるような異世界召喚の方がまだマシです。
あちらなら、魔王なり邪神なりを倒してくれというシンプルな目的がありますから。
現状で、私は何らかの使命的なものを授かっておらず、何もしなくても良い状態です。
「……まぁ、良いでしょう。
ならば、久し振りの故郷という事で、暫し観光地巡りでもしていましょう」
その間に、ちまちまと並行世界渡航魔術でも構築していれば良いのです。
二、三世紀もあれば完成するのではないでしょうか。
気の長い話ですね。
寿命が多分なさそうな私だからこその発想です。
「…………おや?」
そうしていると、妙な気配を感じました。
視線を向けますが、別に何も見えません。
遠くに地平線が見えるだけです。
まぁ、当然です。
私が感じた気配の出所は、遥かその先、太平洋沖合いですから。
見透かすようにじっと見詰めていると、町中に突然のサイレンが鳴り響きました。
『怪獣警報を、発令します。
住民の皆様は速やかに最寄りの避難所へ入ってください。
繰り返します……』
「ふむ」
転移初日にして怪獣襲来とは、運命を感じますね?
私になんとかしろと言われている気分です。
どうもしませんが。
だって、怖いではありませんか。
怪獣ですよ? 怪獣。
イギリス弁で言えば、モンスター。
そんな生き物に私のような女の子が挑めと言うのですか。
どんな無茶振りですか。
そんな事を言うのは、理不尽の権化である美影さんだけで充分です。
まぁ、手出しするかどうかは、見学してからにしましょう。
怪獣がどれ程の存在か、しっかりと確認してから判断しても遅くありません。
勝てそうにもないのに無理に挑むのも馬鹿らしいですし。
魔法少女とやらが普通に勝てそうなのに茶々を入れるのも邪魔ですし。
すっくと立ち上がった私は、地平線の向こうへと身体を向けます。
「楽しみですね」
空属性魔力展開。
空魔術《二点移動》。
魔術を発動させれば、この場から私の姿は消えてしまうのでした。




