炙り出し
コンコン、と病室にノックの音が響く。
「どうぞ。お入りくださいませ」
病室の主が、応諾すると、扉がスライドして開く。
「失礼する。
美影君、無事に帰ってきてくれて何よりだ」
入ってきたのは、壮年の男性だ。
白髪交じりの髪をオールバックにしているが、今は少しだけ崩れている。
着用しているジャケットにも皴が寄っており、顔に浮かんだ疲労の色と合わせて、随分とお疲れの様子だ。
彼の名は、支倉凛太朗。
怪獣対策庁の長官である。
急ぎ行わねばならない後始末のみを終えて、帰投した金裂美影のお見舞いにやってきたのだ。
それでも、首都直撃のダメージは大きく、急ぎの物だけに限っても夜中までかかってしまったが。
「頼まれていた物を持ってきたぞ」
そう言って、支倉長官は、タブレット型の端末を掲げて見せる。
それを認めた美影は、笑みを見せて感謝する。
「有難う御座いますわ、長官様」
寝台の隣にやってきた彼から端末を受け取り、美影は早速と起動させる。
中に入っているのは、日本全国の学生制服のカタログだ。
その中でも、女子用で、中学の、そしてブレザー型、と絞っている。
一応、条件に当てはまらない制服データも入っているが、条件に合致した物だけは個別に仕分けられて入力されていた。
「……元気そうだな。
寝なくても良いのか?」
大真面目に生死に関わる戦場にいたのだ。
実働は短時間ではあったが、まだまだ成長期の未熟な身体である美影には、随分と疲労が溜まっている筈である。
だというのに、こんな深夜にまで起きているどころか、見舞い品にアンノウン特定のデータを持ってこいと言うのだから、仕事熱心と言うべきか何と言うか、と支倉長官は考えていた。
それに対して、美影はデータをスクロールしていきながら、答える。
「全身に打ち身程度ですわよ、私が受けたのは。
アンノウンのおかげで、楽をさせて戴きましたもの」
「はははっ、頼もしい限りだ」
強がってはいるが、そんな事はない筈だ。
観測していた限り、彼女の放出した魔力量は、驚くほどである。
支倉長官には分からない感覚であるが、魔力を大きく消費すると、体力と同じように疲労感があるらしい。
限界を超えると、気絶しそうな程の頭痛や眩暈に襲われるらしく、美影の消費量はその域に達していた。
本当だったら、今頃、泥のように眠っている筈である。
そんな彼の内心を見て取ったのだろう。美影は付け足すように言う。
「……それに、眠れないんですの。
気が昂ってしまいまして」
「それ程に、衝撃的だったのか」
「ええ、とても。
あんな領域があるのかと……ふふっ、今思い出しても笑えてしまいますわ」
「私としては、寒気がするようだがな。
あのような恐ろしい力があるなど」
討伐指定怪獣は、抗い難き天災の象徴であった。
実際、世界的エースであった美影であっても、単独ではまるで相手にならなかった。
そんな絶対的存在を相手にして、まるで虫けらを潰すように一方的に圧倒してしまう者など、想像だにしていなかった。
信頼を通り越して恐怖を覚えるレベルである。
「君は、怖くはないのか?
目の前で見たのだろう?」
怪物を超える化け物の力を。
「……そうですわね。
怖くはありますわ」
それは確かな事だ。
彼女がその気になれば、自分など容易く殺されてしまうだろう。
だが、それを言い出せば、怪獣だって似たようなものである。
討伐指定でなくとも、通常の怪獣だって油断していればあっさりと殺されてしまう。
いつも、いつだって、命を懸けている。
それに比べれば、話の出来る彼女の方が、よほどマシである。
ずっとずっとマシだ。
「でも、大丈夫ですわ。きっと」
「何か根拠でもあるのかい?」
「ありませんわ」
「……ないのか」
「ええ、ただの勘ですもの」
彼女は、自分を〝友〟と呼んでいた。
美影には、見覚えはない。
魔法少女に変身すれば、確かに認識阻害の力が働くが、同じ魔力持ちならばかなり抵抗が可能である。
だから、見覚えがないという感覚は、話した事もあった事もない相手だという感覚は、正しい筈だ。
しかし、一方で美影は不思議な感覚も得ていた。
何処か馴染みがある、と。
酷く慣れ親しんだ相手だと、彼女は直感的に悟っていた。
理性では、根拠なき錯覚だと分かっている。
だが、無視するにはあまりにも強過ぎる確信に、いっそ美影は身を委ねてみようと思ったのだ。
(……セツナの事も、助けてくれましたし)
名も知らぬ彼女がいなければ、大切な戦友が死んでいたし、自分もその後を儚く追っていただろう。
分かり易く、命の恩人だ。
そんな人物に心を寄せない訳もない。
「あっ」
と、その時、美影が声を上げた。
「どうした?」
支倉長官が訊ねれば、美影はにんまりとした笑みを見せて、タブレット端末を差し出してみせた。
「見つけましたわ。
この制服に間違いありませんわ」
「何? 本当かッ!?」
あるいはフェイク……とまでは言わないが、学生服型の魔装だったのかもしれない。
そのように考えて、正直に言ってあまり期待してはいなかったのだが、どうやらあっさりと見つかったようである。
「第八北西中学か……。
関東生存圏とは近場だな。
確認するが、本当に間違いないのだな?」
「私が信じられませんの?」
「いや、念押しだ。
……よし! すぐに問い合わせて、生徒名簿を確認しよう。
これで見つかってくれると良いな」
「多分、見つかりますわよ」
「それも、勘か?」
「ええ。ちょっと間抜けそうでしたもの」
国家の御手は、確実に隠者を炙り出し始めていた。
次回は火星サイド?
その予定。




