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奇跡のような家族

「永久ッ! お前、今まで何処にッ!?」

「あなたって子は! こんなに心配させて!」


 家に帰りつくと、既に両親は帰宅しておりました。

 怪獣騒動の影響で、社会も臨時休業モードに入った為でしょう。


 まぁ、それはともかくですね。


 お父様は怒鳴り付けるだけだったのですが、お母様ってば、一発ぶん殴ってから抱き締めてきました。

 平手ではありません。

 鉄拳です。


 バ、バイオレンスですね。

 私じゃなかったら、頬が腫れ上がってる勢いでしたよ?

 どうしたらこんなキャラになるのでしょうか。

 記憶のお母様とかけ離れすぎです。


 お父様はお父様で、心から私の事を心配してくださっているようですし。

 あの、慶事も凶事も、そうか、の一言で流してしまうクール通り越してアイスな感じなお父様は何処に行かれたのでしょうか。

 死にましたか。


 彼らが本人なのか、ますます疑惑は深まります。


「ご心配をおかけして、大変、申し訳ありません。

 心より謝罪します」

「……しっかりと反省しているか?」


 やや私の態度に戸惑いながらも、お父様が確認するように言ってきました。

 私はしっかりと頷きます。


「はい。次からは、もうちょっと真面目に隠蔽工作をしてから行方を眩ませます」

「…………全く反省の色がないようだな」

「困った子ね」


 あっ、ちょっ、お、お母様?

 ベ、ヘアーハグ……。

 中身が出ちゃいそうですぅ。


 ウナギのように身体をくねらせて、お母様の魔手から離脱します。


「えっ? な、なに?」


 まさか脱出されるとは思っていなかったらしいお母様が、目を白黒させています。

 お父様とお姉様は、目を見開いて驚いていますね。


 まぁ、キモい動きでしたもんね。

 分かりますよ、その気持ち。


「色々と言いたい事もありましょう。

 私も、語っておきたい事があります」

「……それは、これからも心配をかけさせるという事に関係しているのか?」


 お父様が怒鳴り付けたい気持ちを圧し殺しながら、絞り出すように確認を取りました。


「はい」

 私は、躊躇うことなく頷きます。


「私の変質に、大きく関わる事です」


 ある種の予感を、感じ取ったような顔をしていました。


 きっと、私が魔法少女として魔力に覚醒した、とでも思っていたのでしょう。


 間違ってはいないのですが、その予想の遥か頭上を飛び去っていく現状なんですけどね、真実の現実は。


「分かった。聞かせてくれ」

「あなた!」

「お前も気になるだろう。

 まずは娘の話を聞こう」

「……聞くだけよ」


 渋々と、お母様も受け入れます。

 その背を追いながら家に入ると、お姉様が隣に並びました。


「……大丈夫、なんだよな?」


 何が、とは言いません。

 色々と分からない事だらけで、お姉様自身も、何を確かめたいのか分かっていない事でしょう。


 ですので、私は自信をもって返します。


「はい。安心してくださいませ」


~~~~~


 そして、リビングにて家族会議が始まります。


「第一回、苑城家家族会議を開催しまーす。

 パチパチパチパチ」


 努めて明るく言いますが、反応が薄いですね。

 ふざけるな、という声が聞こえてきそうな程、冷たい視線が集中しております。

 ふふふっ、私はそんな視線に屈するほど、神経細くありませんよ?


 そうそう、どうでも良い事ですが、我が家の姓は、どうやら〝苑城〟との事です。

 先程、帰宅の際に表札を見て、遅まきながら気が付きました。

 区別が出来て良いですね。


「早く進めろ」

「承知いたしました。

 では、単刀直入に申し上げましょう」


 ここで、一発芸を放ってシリアスを粉砕したい所です。


 が、我慢です。

 私は、あのふざけた一族とは違うのです。

 ちゃんとシリアスくらいできます。

 辛いなんて思っていません。

 本当ですよ?


「私は、あなた方の娘、苑城永久ではありません」

「なっ!? ど、どういう事だッ!」


 あまりに予想外な切り口に、お父様が席を蹴って泡を飛ばしました。

 見れば、お母様もお姉様も絶句している様子です。


「落ち着いてください。

 順に説明します」

「落ち着ける訳が……!

 いや、聞こう。全て言え」


 物分かり良く席に座り直します。

 まぁ、私が幻属性魔術で、精神を穏やかにしたおかげですが。

 普通は、娘が偽物だと言われて落ち着ける訳もありませんからね。

 話を進める為には致し方なし、です。


「突然、話が脱線しますが、皆様は、並列世界、という概念をご存知でしょうか?」

「……SF小説程度にはな。

 そんな話をするという事は、お前はパラレルワールドの永久だと言う事か?」

「イエス。肯定します」


 冷静だからこそ、すぐに導き出された推論に、私は首肯します。

 同時に、体内であちらでの私の名刺を生成して、こっそりと吐き出しました。


「初めまして、こちらの家族の皆様。

 私は、炎城永久と申します」


 名乗りながら、名刺をテーブルの上に載せました。


『人類連合軍 特別大将 炎城永久』


 と、そこには書かれています。

 一応、将官なんですよね、私。

 部隊指揮をする権限なんて、一切ありませんけど。

 命令ガン無視して、単独行動するお墨付きの為だけの立場ですし。

 一人で突っ込んで、一人で死んでこいという、無慈悲な思惑をひしひしと感じる今日この頃です。


「…………真実か、と訊くだけ無駄だな。

 本物、の。

 私の娘は、どうなった?」


 真実なのか、という問いを飲み込んで、核心について質問してきました。

 私は、にこりと笑みを向けて、分かっている事を語ります。


「どうやら、私と入れ替わってしまったようでして。

 あちらに、私の故郷の方にいらっしゃるかと。

 決して、娘様の魂や精神を押し潰している事はないので、ご安心ください」

「娘は、こちらの永久は無事なんだな?」


 人類連合軍、などという不穏な単語に危険を嗅ぎ取ったらしいです。

 冷静にさせているからこそとはいえ、中々に呑み込みが早いですね。


「無論です。

 現在のあちらは、危険の差し迫った状況ではありません。

 また、理解力のあり過ぎるお姉様や友人の皆様もおります。

 きちんと保護されますとも」


 断言しました。

 ここで迷ってはいけません。

 初手で、その友人に八つ裂きにされているかもしれない、なんて事は間違っても悟らせてはならないのです。


 た、頼みますよ~、美影さん~。

 いつもの調子を出す前に、ほんのちょっとの躊躇いを持ってください。


 ……あの方に躊躇いなんて物があった事なんてありませんね。

 やっぱりダメかもしれません。


「わ、私か!?」


 自らの名を出され、お姉様が声を出します。


「ええ。お姉様は私に優しいですから。

 別世界の私だろうと、あっさりと受け入れてくれますとも。

 子供を産んでからというもの、なんか凄く雰囲気も柔らかくなっていますし」

「「「子供っ!?」」」


 家族全員が食い付いてきました。

 女衆は興味津々という感じで、お父様だけは憎しみが宿っている雰囲気です。

 可愛い娘に悪い虫が付いた話をされれば、男親としてはそんな気分にもなるのでしょうね。


「あらあら、そちらの久遠はもう人妻どころか、子供まで作っちゃったのね~。

 いくつで結婚したのかしら? 出産は? お相手はどんな方なのかしら?」

「……あっ、うぅ……」


 お母様がマシンガンのように問うてきました。

 お姉様も、積極的に質問しては来ないものの、興味はあるようでチラチラと視線を向けてきます。


「結婚は24でしたね。

 出産は28の時です。

 可愛い男の子ですよ。

 現在、三歳になりまして、中々のヤンチャぶりです」

「あら~。あと十年で孫が産まれるのね~。

 楽しみだわ~」

「こちらも、同じ歴史を辿るとは限りませんけど」

「良いのよ~。

 だって、この子ったら年頃になっても全然男っ気がないんだもの。

 ちゃんと恋愛感情があるって分かっただけで充分だわ」

「うっ、うぅ、その、相手は、どんな男なんだ?」

「お義兄様ですか?

 んー、表現に困る方ですね」

「な、なんだ、それは?」

「いえ、なんというか、性癖に難ありというか、まぁ雷裂の系譜なので仕方ないのではありますけど……。

 見た目は良いですよ?

 間違いなくイケメンです。

 甲斐性もありますし。

 まぁ、お姉様自身も高給取りなので、その辺りは気にしなかったようですが」


 変人の巣窟である雷裂の血筋に連なる男性です。

 性格があれなのは、もうその時点で決定的ですね。

 私も何度か巻き込まれてついつい蹴り飛ばした事があります。

 幸いにも、直系の姉妹と浅からぬ交流がありますから、奇行にも耐性があったのが運の尽きではあります。


 こっちのお姉様は、どうでしょうか。

 真っ当な交遊関係で、変態への理解が薄い気もしますね。


「せ、性癖に難があるって、そんな、その、変態なのか!?」

「はい、変態です」


 それだけは、はっきりと断言できますね。

 間違いありません。


「そこを除けば、非常に好感の持てる男性なのですけど……困ったものです」

「へ、変態なのか。うぅ……」


 お姉様が頭を抱えて唸っております。

 付き合っていれば、慣れると思いますけど。

 女性のパッケージにしか興味がなく、中身はどうでもいいという方ですから、浮気の心配もありませんし。


「駄目だ、駄目だ!

 そんな奴に娘などやれん!

 何処でどう出会うのかは知らんし興味もないが……久遠!

 悪い虫が付かないように気を付けるんだぞ!?

 ずっと家にいて良いんだーーうっ!?」


「あらあら、そんな事を言っては駄目よ?

 乙女の華は短いんだから。

 永久ちゃん?

 良い方なのよね?」


 お父様を肘打ちで黙らせたお母様が、問いかけてきました。


「性癖を除けば、間違いなく」

「なら、良いじゃないの」


 お母様は結構懐が広いですね。

 変態も良しとは。


「ねぇねぇ、永久ちゃんはどうなの?

 良い人はいないのかしら?」

「残念ながら、特定の誰かはおりませんね。

 28のアラサーになっても、いまだに独身女です」


 どうにもその気になれないんですよねー。

 どうせ子供も生まれませんし、寿命もなさそうですから添い遂げる事も出来ないでしょうし。

「あらー、駄目よ?

 ちゃんと恋をしていかないと」

「というか、お前、28なのか……」


 お姉様が、私の年齢に着目しました。

 一気に十も年上になっているのですから、多少なりともショックを受けますよね。


「はい。こちらに招かれた際に、肉体が引っ張られたらしく、このような年齢の姿となっておりましが、実は28歳なのです」

「へぇ、そうなのねー。

 ねぇねぇ、28の永久ちゃんはどんな感じなのかしら?

 育ってる?

 ほら、私も久遠も背が高い方だし、あなたも育つと思ってるんだけど」

「ビューティーレデイになっておりますよ。

 ふふふっ、成長不良な悪友を煽り倒せるくらいに」


 変身してみせましょうか。

 私の身体は幻現自在ですので、その気になればあちらでの私を再現する事も出来ます。

 まぁ、そんな事をせずとも幻属性による投影でも良いのですけどね。


「いやいや、待て待て」


 と、そこでお母様からの制裁から復活したお父様が割り込んできました。


「なにやら衝撃的な事を口走ってくれたおかげで話が逸れているが、永久の、君の事を色々と聞きたいのだ。

 君は、その、魔法少女なのか?」


 そう問われては、私としましては若干遠い目をせざるを得ません。

 だって、ねぇ?


「……ええ、まぁ、魔力を持っているという意味で、こちらの定義に当てはめれば確かに魔法少女と言って言えなくもありませんが、ですがアラサーの私に対して少女はないのではないでしょうか。

 正直、その様に呼ばれると精神に大変な傷を負う気分なのですが」

「お、おお?

 いや、すまない。

 こちらでは、二十歳を超えて魔力を維持しているという話をほぼ聞かないのでな。

 そちらでは、衰える事はないのか?」

「長く使っていないと多少なりとも衰える、という事はありますが、完全消失するという事例はまず確認されていませんね。

 そちらが一般的な私としましては、こちらでの消失減少が大変に意味不明なのですが」


 何故なんでしょうね。

 まだ芽生え始めた黎明期故の不安定さなのでしょうか。

 あちらでは、魔力はノエリアによって強引に植え付けられた訳ですし。

 元々、人類が手に入れる筈でした超能力は、芽生えなくなってしまう事態に陥っていますから、参考にならないんですよね、残念な事に。


「では、今日、行方が知れなかったのは……」

「ご想像の通りです」


 硬い表情で確認してくるお父様に、私はしっかりと頷いて返します。


「こちらの世界の事を確認すると同時に、丁度良く襲来したので怪獣の威力偵察を行っておりました」

「……っ」


 揃って息を飲みます。

 彼らにとって、怪獣とはそれ程に恐ろしい生物なのでしょう。


 …………廃棄領域の方が、よほど意味の分かんない珍獣が多く生息していた事実故に、私はあれをあまり恐ろしいと感じられないんですけどねー。

 つくづく、あちらの人類の業の深さという物を感じる次第です。


「……見せてくれるか?」


 やはり、言葉だけではにわかに信じがたいのでしょう。

 簡単に確かめられる事故に、お父様が求めて参りました。


 私は、無言で立ち上がり、魔力を発動させます。


 亜麻色だった髪は、火の粉を撒く薄紅色へと変わり、瞳も合わせて赤く染まります。

 せっかくなので、ついでに肩には足元まで届く黒いマントをかけて、頭にはツバの広いとんがり帽子を被りました。

 私のアイデンティティですね。

 意味らしい意味はあまりないのですけど。

 微量、防御力アップくらいです。


 しかし、格好まで変わる魔法少女とやらに似せるには、効果的と言えましょう。


 どうやら、現実を目の当たりにして飲み込めたようです。

 己の家族が、世界を、人類を守る為の使命を授かってしまった事を。


 お父様が、絞り出すように掠れた声を出しました。


「……別世界とはいえ、同じ娘なのだ。

 命をかけて戦って欲しくない、と、私は思っている」

「無用な心配です。

 その気持ちは大変に有り難く思いますが、それは同じ世界に生きる別の魔法少女の為に使ってください」

「……永久ちゃん? 大丈夫なの?

 死んだりしたら、お母さん、泣くわよ?」


 既に泣きそうになっておりますよ、お母様。

 本当にお優しくなりましたね。


 ご安心なさいませ。


「この世で最も大丈夫なのが私です。

 むしろ、私の心配は皆様にあります」

「私たちに?」


 家族をぐるりと見回します。

 誰も彼も、心配げに私を見ております。


 お姉様だけではありません。

 お父様もお母様も、同じように心から心配しております。

 永久であって永久ではない、家族であって家族ではない私に対して、です。


 ……ちょっとだけ、こちらの私が羨ましいですね。

 こんなにも普通の家族がいるなど。


 そうであれば、きっと。

 刹那さんの事だって、私はお兄様と呼んでいられたでしょうに。


 奇跡のように温かい家族たちを、私は守りましょう。

 彼らが生きる世界を、私は救いましょう。


 それが、力ある私の役目です。


「私は、これから世界を救います。

 怪獣を殲滅し、元凶を排除し、再発を防止し、平和と平穏を造り出します」


 大言壮語と、そうとしか言えない事を、しかし私は宣言します。


 私は、人智を越えた超天才なんかではありません。

 私の力など、たかが知れています。


 ですが、私の中には血塗られた歴史と絶望の戦を乗り越えてきた、故郷の人々が築き上げた叡知の結晶が詰まっています。

 彼らが築き上げてきた全てを駆使すれば、外敵の叩き潰す事など、可能に決まっています。


 なにせ、それこそを至上の命題としているのですから。


「その過程で、必ず皆様に危害が及びます。

 私が大切だと思うからこそ、私を押さえ付ける枷として利用されます」


 内も外も、そうするに決まっています。

 争い合う事こそ、人の性なのですから。

 外敵は勿論の事、内側の味方である筈の者たちだって、余裕が出来れば内ゲバになります。


 その時、狙われるのは力なきこの家族たちです。


 させはしません。


「それは、確かに、有り得る話、だな」

「ご理解いただけて、幸いです」


 社会を知っているからこそでしょうか。

 お父様が真っ先に同意してくれました。


「なので、少々、窮屈かもしれませんが、皆様に護衛を付けようと思います。

 申し訳ありません」

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