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尊き日常

 こっそりと路地から出た私は、素知らぬ顔で人の流れに混ざりました。


 いやー、それにしても髪色が戻って良かったです。

 魔力を本格発動した途端、薄桃色になるんですもの。


 私にとっては見慣れた色合いですが、この世界においては奇異なる色です。

 染めているだけと言い張れば良い気もしますが、疑わしきと思われる事、間違いありません。

 せっかくの隠れんぼなのですから、そんな間抜けで終わってしまっては悲しいですからね。

 もっと楽しみませんと。


 まぁ、それはそれとして。


「平和で平穏な日常ですね~」


 避難命令が解除され、人の営みが戻ってきた町中を、私は鼻歌混じりに歩きます。


 平凡な日常とは、実はとても貴重で尊いものです。

 当たり前にあり過ぎて、ほとんどの人々は心から理解してはいないでしょうが。


 私の世界の人々も、徐々に知らない、分からない世代が出始めています。

 平和になって、もう十年以上ですからね。

 まぁ、やむなしです。


 こちらの世界の人々は、どうなのでしょうか。

 怪獣という脅威に晒され、大切な日常が脅かされるという現実。

 それを理解して、しっかりとその価値を噛み締めて生きているのでしょうか。


「どっちでも良いですね~」


 理解していようとしていなかろうと、私のやる事もやり方も、何も変わりません。

 ここまで首を突っ込んでしまったのです。

 もはや、傍観者を気取っていられません。


 やるのならば、徹底的に、です。


 きっちりしっかり、完膚なきまでに世界を救ってみせましょう。

 まぁ、所詮は私なので、途中で力尽きるかもしれませんが。


 やはり、私は戦争屋なのですね。

 戦の匂いに不覚にもワクワクしています。

 救い難い性分ですが、まぁそういう教育を受けてきたと諦めましょう。


 平和な時代にも、程好く適応できていますし。


 繁華街を抜けて、住宅街へと入りました。

 やや喧騒が遠ざかって、寂しげな静けさがあります。

 うん、こういう雰囲気も良いですね。

 逢魔が刻、という感じです。


 あー、不埒漢でも襲ってきませんかねー。

 程好くボコボコにしてやりますのに。


「てけり・り」

「おや?」


 近くの側溝から、聞き慣れた鳴き声が聞こえました。

 どうやら、不埒漢は出なかったようですが、怪物は登場したようです。


 右見てー、左見てー、人影がない事を確認した私は、彼女に声をかけます。


「リリ、出てきて大丈夫ですよ」

「てけり・り」


 言うと、ニュルリと側溝から半透明な粘液が出てきました。

 それは、徐々に人の形となり、最後に色が付きます。


 ホワイトロリータな服装をした幼女の完成です。

 なーんとなく、私の面影がありますね。

 まぁ、私から分化した生き物なので、当たり前かもしれません。


「とわ、とわ。

 リリ、ちゃんとたべてきたー」

「そうですか。

 お残しはしていませんね?」

「うんー、だいじょーぶー」

「はい。偉いです」


 ナデリコナデリコ、と可愛がります。

 どうにも戦場を覗き見している輩がいるようなので、リリを差し向けましたが、無事に食べる事が出来たようです。

 リリは、それ程強くないので、あるいは返り討ちになるかも、とほんのりと心配していたのですが、杞憂だったようで一安心です。


「人間でしたか?」

「うー? うんー、たぶんー」

「んー、多分ですかー。

 お肉は、人間の味をしていましたか?」

「おにくは、おにくだよー?」

「そっかー。

 区別なんて出来ませんよねー」


 一応、確認してみましたが、やはりというか詳しくは分かりませんでした。

 リリの知能は幼児並みですからね。

 具体的に、と言っても無理でしょう。


 味だって分からない子ですし。

 腐ったクズ肉だろうと、最高級のお肉だろうと、両方とも〝おいしい!〟で済ませちゃう子なので。

 好き嫌いしない良い子なのですが、こういう報告には向きませんよね。

 質問した私が馬鹿なだけです。


「少しは残してありますか?」

「あるよー。

 ちゃんとすこしだけとってあるよー。

 えらいー?」

「ええ、大変によろしいです。

 撫でてあげましょう」

「えへへー」


 常人なら脳震盪を起こす勢いで撫で回してあげました。

 リリは嬉しそうに頬を緩ませています。

 常人とは違いますからね。

 本性は粘体の方ですし。


「……永久?」


 そうしてペットと戯れていると、背後から声をかけられました。

 慣れ親しんだ、しかし何処か雰囲気の違う声。


 私は、振り返りながら笑みを向けます。


「お姉様。奇遇ですね。

 今、お帰りですか?」


 道端で一人で佇む私を認めて、久遠お姉様は駆け寄ってきます。


「永久!

 ああ、良かった。

 無事だったんだな」

「むぎゅっ」


 力一杯抱き締められました。

 ハグです、ハグ。


 息は、出来るけど出来ません。

 今の私の場合は、全身の何処からでも呼吸ができますが、普通の人類には口か鼻でしか出来ませんからね。

 もう少し落ち着きましょう。


「し、心配してくださったのですか?」


 なんとか首を伸ばして呼吸路を確保しながら、お姉様に問いかけます。

 はて、何か心配をかけるような事をしましたでしょうか?

 大変にしてはいますが、まだバレてはいないと思うのですが。


「当たり前だ!」


 お姉様は、涙混じりに叫びます。


「学校からは登校していないという連絡が来るし、何処の避難シェルターに問い合わせても永久はいないと返ってくるし!

 全く、私たちがどれだけ心配したと思っているんだ!」

「あ、あら~。

 それは大変に申し訳ありませんでした」


 成程、学校、でしたか。

 そういえば、一般的な学舎では、無断での不登校があれば問い合わせの一つもありますよね。

 私の母校は、その辺りかなりアバウトだったので、完全に失念しておりました。

 あそこ、一ヶ月くらい行方不明でも、誰も気にしてくれませんからね。


 それに、緊急避難が日常であれば、所在確認の方法も確立されていてもおかしくありません。

 きっと、点呼か何かをされて、名簿を作ったりしているのでしょうね。

 避難する側ではなく、最前線で暴れる類いの人種なので、そうした可能性も考えていませんでした。

 ダメダメですね、私。


 この調子では、隠れんぼもすぐに終わってしまいそうです。

 なんか、すんごい見落としがありそう。

 もうちょっと秘密のヒーロームーブを楽しみたいのですけど。


 お姉様は安堵から、徐々に怒りの表情に変わりつつあります。


「まったく、お前という奴は。

 一体、何処にいたというのだ。

 怪獣警報が出たら、すぐに避難しないといけないって分かっているだろうに」


 申し訳ありません。

 私は分かっておりません。


 まぁ、そんな茶化すような事は間違っても口には出しませんけども。

 雷裂の連中ではないのですから。


「はい。非常に申し訳なく思います。

 付きましては、事情説明と釈明の機会を戴ければ、と思います」

「あ、ああ。

 ……どうにも調子が狂うな」


 私の真摯な謝罪に、逆にお姉様が挙動不審な感じになりました。

 昨日まで不良娘をやっていた妹が、ここまで変貌すればさもありなん、という所でしょう。

 慣れてくださいませ。


「合わせて、昨夜から私の身に起きている異常事態についてもお話ししますので、両親と同席した場にて、全て説明しましょう」


 物語の登場人物たちは、何故に秘密ムーブをするのでしょうね?

 カッコつけですか。

 秘密を抱いた私ってばカッコいい~、とでも思ってるんですか。


 面倒なだけだと思うのですが。


 いえ、今まさに、国家に対して秘密かましている私がもう答えを出していますね。


 遊び心です。

 以上、結論。


 無駄な思考をしました。


「異常、事態……?

 な、何かあったのか?

 お姉ちゃんはお前の味方だぞ?」

「ふふっ、はい。

 分かっております。

 大変に頼りにしていますから」


 お姉様が私の事を想って下さっている事は、この身に痛いほどに刻まれておりますとも。

 私が今も私として生きているのは、お姉様の献身あってこそのおかげなのですから。


「さっ、お姉様。

 帰りましょう。

 気になる事もあるでしょうが、繰り返すのも面倒なので家族会議の場で全てお話しします」


 お姉様の手を取って、帰路を急がせます。


「こ、こら、永久!

 今、説明しろ、今っ!」

「後で後で。

 お父様とお母様にもお話した方がよろしいですから♪」


 さーて、どうなる事やら。


 こちらでは、両親と良い関係を築いておきたいものですが、はてさて。

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